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家族の選択

 今日は、ナツたちが登校した後、わたしは実家の父の外来に付き合っていました。実は、父は、末期がんで闘病中です。去年の7月に体調を崩し、8月に直腸ガンと診断され、手術を受けたのですが、手がつけられず閉じられたのです。

退院後は、飲み薬の抗がん剤で化学療法をしていましたが、全く効果がなくて先週には初めて点滴の抗がん剤というのを使ったのです。この点滴が本当に時間のかかるもので朝食を食べないで9時に家をでて、病院へ。病院では採血してその結果を待つ事、30分から1時間。結果が出て診察。問題なければ点滴の指示が出ますが、ここからこの抗がん剤を調合して点滴を準備する事、さらに1時間。そして点滴が始まり約2時間かけて、ゆっくりと落としていくようです。

これが終わって会計を済ませ家に帰ると3時。このときはわたしは付き合わなかったのですが正直聞いているだけで疲れます。幸い副作用もなく…と喜んだのも3日間。4日目から激しい下痢に苦しみ、食欲もなく食べられなくなり、とうとう月曜日から自宅でブドウ糖の点滴を受けることに…

今までも思っていたのですが、化学療法を続けたからといって手がつけられなかったガンが小さくなるとは到底思えないのです。なんとか大きくなるのが防げたら、少しでも残された日々が長くなったら、少しでも今の痛みが軽減されたら…

でもこんなに副作用が出てくると、逆に命を縮めているようにさえ思ってしまうのです。かと言って、それをやめてしまって余命を好きなように、というのはあまりに残酷です。いつもこんなジレンマを感じていました。

で、今日はわたしも受診に付き合う事になりました。診察室に入り今日までの経過を説明しました。今日は抗がん剤はやめてブドウ糖の点滴だけを受けることになりました。父が点滴をしている間に、わたしと母だけがもう一度診察室に呼ばれました。こんなに副作用が強く出るともうこれ以上、投与はできないと言われました。抗がん剤は色々種類があるけれどベースは先週使った薬剤なので、他の抗がん剤も使えない、つまりもう治療の方法がないということです。でもそれを本人に告げる事は、もう死を待つしかないという事実を告げるのも同じです。いよいよこの選択を迫られることになってしまいました。

確かにそういう生き方もあるし、無駄な治療に時間や体力や費用を掛けるより、その分残された時間を有意義に生きる事を考えてあげる事もいいのかも知れません。でもそこには希望が全くないのです。父だってまさかガンが治るとは思っていないでしょう。でも少しの可能性に希望をつないで今の治療を続けています。

わたしは、仮に効果がないことがわかっていても副作用さえないのなら、本人に希望をもたせるためだけでもいいから、化学療法を続けて欲しいとお願いしました。年老いた母とわたし、今ここで決断しないといけないのならわたしが決めるしかないのです。効果が薄いのはわかっていても飲み薬のほうが副作用は少ないでしょう。以前に飲んでいた薬も副作用は全くでなかったのですが、もう効果がないといってしまったので、使うわけにもいきません。結局、違う飲み薬の抗がん剤を来週から出してもらう事で話は決まりました。父にはわたしたちが決めたとは言わず、先生が考えられた最善の方法として説明してもらう事になりました。

点滴を終え、両親を送ってからの車の中で、この選択でよかったのかと考えてしまいます。もしかして少しの希望でもつないでいないと、生きていけないのは父よりもわたしたち周りの者かもしれません。絶望する父を支えきれる自信がないだけかもしれません。

今日は予期せず重い選択をしてしまいました。これでよかったのか悪かったのか答えは出ないのでしょう。でも、来週からの抗がん剤に一縷の望みをつないでなんとか普通に暮らしていけるわたしたち家族です。子どもたちには元気なお母さんでいないといけない母です。

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コメント

選択・・・選択・・・重い言葉です。。。
副作用、本人の苦痛は計り知れないものだと聞きます。それをどうする事も出来ない家族の苦しさ・・読んでいて胸が苦しくなります。
私もなっちゃんママと同じ立場ならママと同じ様に少しでも本人の苦痛が少ない治療を希望すると思います。

なっちゃんママ、一人で抱えこまないでね!!
なっちゃんママにはたくさんの仲間がいるからね。
私、希望の神様って信じてるんです。神様ってその人が負えない荷物は絶対負わせないって言うでしょう。
ごめんなさい。こんなエールしか送れない。

投稿: なつき | 2006年3月 8日 (水) 19時59分

ありがとうなつきさん。人間はみんないつかは死ぬって当たり前のことなのに、そんなの頭ではわかっているのに、いざ身内の死を意識すると、ほんとに辛い。覚悟はできているんですけどね。わたしには、姉がひとりいて、「今日こういうふうに決断してきたよ」って電話したら「それでいいよ」って言ってくれました。ホッとしています。わたしも希望の神様っていると思う。だからナツの発症も乗り越えてきたんだもんね。

投稿: なっちゃんママ | 2006年3月 8日 (水) 21時51分

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