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「プレキャン」

 昨日はサマキャンの団結式が三宮で行なわれました。毎年サマキャンの10日ほど前の日曜日の午後、こうして団結式(顔合わせ)がありますが、今回は第25回ということで、「記念講演会」もありました。某大学の教授の講演で「1型糖尿病の新しい治療戦略」というタイトル。そして体験談。IDDMで母親になった方と父親になった方の話です。

本当なら、今日その内容をアップするはずでした…が、結局昨日のプレキャンにはわたしは参加できず>_<代わりに主人がナツとユウを連れて、初参加してくれました。でも体験談…聞きたかったなぁ。主人からは、少ししか昨日の様子を聞くことができませんでした。

開始は1時からだったのでナツたちは、電車で三宮についてまず昼食ととったそうです。。高架下の喫茶店で食べたそうですが、なんとそこでインスリンを打っている子どもがいたとか、おそらくプレキャンに参加される親子だったのでしょうね。でも偶然!

プレキャンは毎回、キャンパーの自己紹介、そして親の自己紹介、それからスタッフ、ボランティアの紹介と続いて、そのあとキャンパーたちは別室でスタッフといろいろ遊んだりします。いきなり初対面でキャンプが始まるより、こうして少し打ち解けておいてもらおうということだと思います。その間に親たちは体験談や講演を聞きます。

ちなみになんと今年はナツと同じ4年生の女の子が何人かいたようです。昨年は女の子は一つ年上の子、2つ年下の子しかいなくて、同級生はいないのかなと思っていました。1年の間に発症した子なのか、たまたま4年生になったからじゃあキャンプに参加しようというので来られたのかわかりません。でもナツに友だちが増えるのは嬉しい。

最後に「カロリーコントロールアイス」(80kcal)を試食にもらって、会場を出てから近くの公園で食べたそうです。そのあとふたりのお気に入りの「ユザワヤ」によって帰ってきました。

2回目ということで、今年はキャンプに対してそれほど緊張感がないのです。しかも同じ歳のお友だちも増えるし、去年からの顔見知りのお友だちもいる。スタッフにも何人か去年に引き続いての参加者もいる。ナツも今年は去年以上に楽しみにしています。少し余裕が出てきたのかな。肝試しやキャンプファイヤー、運動会、写生大会。いっぱいいっぱい楽しんできて欲しい。そうそう去年は貴重品は駄目と書かれていてもたさなかったカメラも今年は持って行くようです。写真見るのが今から楽しみです。

しかし、体験談、ちょっと楽しみにしていたので残念でした。ひとつだけ講演の内容で主人から聞いたこと、

「インスリンはなるべくこまめに打つほうがいい。高血糖でいっぱい打って、今度は下げすぎて低血糖。そして補食とりすぎて高血糖。これが一番よくない。こまめに測って打って、極端に高い値や低い値が出ないようにすることが大事。30台、20台を頻繁に出せば、平均値が下がり、結果A1cも下がるけど、それは決していいことではない」

そういう内容だったと思います。頭ではわかっています。でも打って痛い思いをするのはナツです。親はなるべく打つ回数は少なく、でもA1cは低く…とむしのいいことばかり考えています。少しずつナツにもわかっていって欲しい。それにしても参加したかったなぁ。でも主人が少しでもナツの血糖コントロールにかかわっていくのには、いい勉強になったようです。

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「夕涼み会」

 昨日は、ナツたちが卒園した保育所の「夕涼み会」の日でした。しかし…その事を知ったのはなんと昨日の5時でした>_<   毎年、7月の最後の土曜日(雨なら次の日)というパターンになっているので、ちょっと考えたら前からわかっていたはずなのに。今年は忙しくてすっかり忘れていたのです。しかも午前中、わたしは父の付き添いで病院へ、子どもたちは主人のテニスに付き合って、お出掛け。ちょっとバテバテでした。夕食は餃子にしようと材料だけ買って、何も準備もしていないのに。いきなり5時に、

「お母さん、今日保育所の夕涼み会なんだって、行っていい?」

そこからが大変。保育所に行っている子どものいるママ友にメール、時間を聞いて、夕食の準備。キャベツとにらを刻んで…と、急にバタバタ。おまけに浴衣を着るなんて言い出すし。(例の浴衣、昨日の午後に届きました。)餃子を包んで、食べて6時。さぁ浴衣、どうやって着せよう。単位はどれだけ打とう。補食は…もう頭の中はパニック寸前。

たいしたことではないのですが、今のわたしに、気持ちも体力も余裕がないのです。だからこういう時、てきぱきやろうとしてもできなくてイライラだけが募る。せめて前もってわかっていたら、夕食のメニューも浴衣の着せ方も、持って行く物の用意もきちんをするのに…この前もって用意しておく、ということができないとすごく落ち着かないわたし。結局、むこうでジュースもアイスも売っているから、普通に6単位打って、補食をしっかりもたせて出かけました。お小遣いはふたりで1000円だけよ。(1000円の夜店券というのを買わされて、11枚の100円券がついているのです)と納得させて…(これに一番時間をとってしまった)

出かけた後、もちろん心配です、心配で心配で仕方がないのです。遊んでいると下がっても気がつかないナツ、しかも夕飯はイレギュラーだし、よく歩くし、逆に、もしジュース、アイス、綿菓子って食べ過ぎたら…これも頭ではわかっていても友だちに誘われたら、ついつい…食べてしまうでしょう。親は子どもの性格わかりすぎるほどわかっているから、だから心配なんです。いっそ昔のように小さくて、母親がどこにでも付いて行かないといけないっていう時期のほうが、ある意味では安心でした。これから何年か、自立に向かう時期が親は一番辛いのかも…

でも、終わってしまえばどうということはないのです。ユウは300円の券を使って「カブトムシの抽選」というのをして、飼育セット1式があたって、ご満悦!ナツは何も食べ物は口にしていませんでした。友だちにもいっぱい会えたようです。ふたりでスーパーボール救い(毎年恒例)と抽選をしていました。お金は予定の金額はすっかり使い切ってい111_1170ました。心配していた血糖、9時に54でした。おかげさまでよく下がっていました。

何だか急な飛び入り行事のせいで、忙しい1日でした。でもこれでひとつ夏の思い出ができてよかった、よかった。

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医師からの「最後の話」

 昨日はナツとユウが町水泳を終わる10時に学校まで迎えにいってそのまま実家へ車を飛ばしました。父が入院してしまい、ひとりになった母がとても心配です。予想通り、母はベッドに座ってぼんやりしていました。

今、父は直腸ガンですが、このガンになる前に膀胱ガンにもかかっています。5年前の春に膀胱ガンを告知されました。ガンと聞いて確かにびっくりはしましたが、膀胱ガンはそれが直接命をとることはなく、再発を繰り返すのが厄介なガンでした。それ以来1年に1度ぐらいのペースで再発、入院、手術と5回繰り返してきました。思えばこの膀胱ガンに対するイメージが父の中では根強くて、今のガンに対してもそれほど命が亡くなるとは思えないようです。

その頃、母はいつも父に付き合って病院へ行っていました。手術の後は2晩ぐらい泊まり込み、入院中はバスで毎日病院通い。わたしや姉にはいつも「ふたりで何とかするから大丈夫。こなくてもいいから」と言っていました。それに甘えて、わたしは手術の日も入院の日も付き添ったことはないのです。しかし母にとってこの生活、やはりストレスだったようで、昨年父が今回のガンで入院した60日間、病院には1度しか行けませんでした。その頃、母はうつ病にかかっていました。今でも精神薬が手放せません。その事がきっかけで、施設への入居も決めました。

父の発病は誰のせいでもないけれど、母がうつ病になってしまった事、気づいてやれなかった事に対しては、自分を責めました。もう少し手伝ってやっていればこんなことにはならなかった。「大丈夫」という言葉の裏にはいつもSOSが隠れていたのです。

そんなわけで、今回こうして父が入院しても母は病院には行けません、付き添うこともできません。わたしたちが迎えに行ってやれば一緒に病院へ行きます。帰りは一人でタクシーで帰ります(方向が正反対なので)

それで昨日も午後から母を乗せて、わたしと子供たちと母で父の病院へ向かいました。少し元気になったかな、また家に帰りたいって言うかな…でも今回は事情が違っていました。かなり辛そうです。点滴を入れることは、身体に栄養を与えてくれますが、がん細胞も元気にしてしまうのです。そのせいで、痛みが強くなり、出血があり、トイレが近くなり、夜も眠れません。あまりにも辛そうな様子にわたしたちもいたたまれなくなり、帰ろうとすると、担当の看護師さん、

「今日は何時までいらっしゃいますか?主治医の先生とは話をされました?最後のお話を聞かれました?」

「今では駄目ですか?」   「今は手術中ですから無理です。5時には終わりますよ」

「じゃあ7時ごろならもう一度出てきます」   「7時にはもう先生は帰られてます」

「土、日は駄目ですか?」   「土、日は先生は来られません」   (まるでサラリーマンじゃない)

「ちょっと時間を調整しますけど、とにかく今日は無理なので…」といって帰ろうとしたのですが、婦長さんらしき人からも「えっ先生の最後のお話聞かれないの?」と言われ、

「じゃあ今日の5時に来ます」といって帰りました。当然母は来れません。わたしが聞くしかないのです。そして5時、夕食の支度をしておいてまた子どもたちを連れて、病院へ。

「手術が長引いているのでしばらく病室の方でお待ちください」   父は昼間ほどは苦しんではいませんが、時々襲う痛み、吐き気にうとうとしても眠れません。

5時半、「今終わったところなので、ひと段落着けば来られます。」  主人と連絡がとれて近くの駅まで迎えに行きました。戻ると6時。

「まだですか?」    「先生には伝えていますからもう来られると思いますよ」

6時半、廊下で立っていると見るに見かねて別の看護師さんが声を掛けてくれました。

「もし何でしたら、他の日で都合のつく時間を聞いておきますよ」

「だってこっちが7時がいいって言っても駄目でしょう。夏休みなので昼間は動けないし、先生も昼間は手術ですよね。電話では駄目なんですか?」

「電話ではねぇ。あれからまた手術が入ってしまったので、まだもう少しかかりそうです」

ええ~~っ。わたし少し切れかかりました。そもそもこっちがどうしても会いたいって言ったわけではないし、そりゃぁ父の命をあずけているわけだし、しかも前回のいきさつもあるので、わがままばかりは言えないけど、2時間近く時間過ぎてるよ。

ついついその看護師さんに愚痴ってしまいました。

「大人はいくらでも待ちます。8時でも9時でもいい。でも子どもたちは、お腹がすいてくる。しかも、娘はインスリンを打っているので、食事時間が予定より大幅に狂うことは避けたい。せめてはっきり時間を決めてくれたら、食事に行ってまた戻ってこれるのに」

その看護師さん、電話をしてくれました。そしたら10分後に先生は来られました。

最後の話」…ナースステーションの前で10分の立ち話で終わりました^^;

要はこうなのです。父の場合、急変の可能性がとても高い、つまり「危険な状態です」と連絡できるより、「もう亡くなりました。」の連絡の可能性が高い。看護師は24時間ずっと付きっ切りでいることができないのでやむをえない。免責事項を伝えたかっただけなのです。それが困るなら、家族がずっと付き添えばいい…そういうふうにもとれました。

わたしたちの希望は、できることなら最期の時には間に合って、父の最期の言葉を聞きたい。10分でもいい、15分でもいい。母に一言でいい。父の口から、「ありがとう」という言葉を最期に掛けてやって欲しい。その言葉を支えに母は生きていける。今までの長い長い闘病生活を思うとそれだけでいいから、聞かせてやって欲しい。

もし急変がなく、少しずつ症状が進んだ場合なら。最期の日は予測がつくそうです。その日がきたら、母は病院に泊まると言いました。最期は看取ってやりたい、ひとりで病院で死なせたくはない。そう思っているようです。いつの日かはわかりませんが、もうそう遠くないんだなと思いながら、病院をあとにしました。

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「戦っている。。。」の?

 ナツは毎年夏になると…いや、ともすれば1年中「浴衣が欲しい、浴衣買って~~」を連呼しています。そして今年も夏の声を聞きだすとまた始まりました。「浴衣買って~」

でもわたしたちの地域には浴衣を着ていくようなイベントもお祭りもありません。お祭りは丸2日間続く大きなお祭りがあるのですが、浴衣なんて着ていったら、汗でべたべた、思うように動けずばててしまうでしょう。そんなわけでわたしは浴衣を買ってやろうとはどうしても思えないのです。

そして今年、あまりしつこいので「じゃあおばあちゃんに作ってもらったら」ってつい言ってしまったのです。というのも、同居している義母は姪っ子の浴衣作りの宿題のために、娘の家に通っていたのですから(姪っ子は高校の被服科に通っています。)

そしたらおばあちゃん「わたしが買ってあげる」と…。でもそれはわたしはいやなのです。欲しいものを何でも買い与える、願えば何でも手に入る。これを繰り返していたら子どもの経済観念なんて育ちません。それに義母はすごく恩着せがましいタイプ。毎年夏になるたびに、「おばあちゃんが買ってあげた浴衣」を連発されたらたまりません。そして名案。そうだ。オークションがあった。オークションなら安く手に入る、仮に1回しか袖を通さなくてもまたオークションに出せばいいから、レンタルの感覚で買ってあげてもいいかも。ナツも納得しました。そしておばあちゃんにも、「オークションで買うからもういいよ」と言ったのですが…

「そんな人のお下がりなんて…おばあちゃんが買ってあげるから」と一歩も譲ろうとしない。ナツには「もう浴衣のことはおばあちゃんには話さないで」と言いました。そしたら昨日夕食前になってなにやら封筒に入れて義母がナツに渡しました。中にはお金(1万円)とメモ書き。メモにはこんなことが書いてありました。

「…ナツは毎日病気と戦いながら、勉強に運動に頑張っているので、これはごほうびです…」といった内容のことでした。戦いながら…かぁ。一緒に住んでいてもわたしたちの様子をこんなふうに感じていたのかな。まぁ別にいいけど…用は不憫に思うので好きなものぐらい買ってあげるとうことでしょうか。どっちにしてもこういうことをわたしたち親の感情を抜きにして自分の気持ちだけ満足させるために行動に移す。そこがいやなのです。

わたしはナツには、「病気と付き合いながら生きていこう」そういうふうに感じて欲しいといつも思っています。ちなみに義母は70歳を過ぎていますが、今のところ付き合っている病気のない人です。元気すぎる、もちろんいいことなのですが、病気の人の気持ちはわからない、わかろうとしない。無神経な物言いに腹を立てることの多いわたしです。先日、あるサイトの掲示板で我が家の「嫁姑事情」を暴露したので、もうこのあたりのことはご存知の方も多いと思います。

ところで浴衣、そうそう昨日オークションで2500円で帯、下駄までセットで落としました。1万円との差額は…おそらくわたしたち家族の生活費に消えていくことでしょう。そしてこのことに一番面白くないのはわたしよりもユウです。病気があるからごほうび。ふ~~~んといった感じです。

「ねぇユウ。ユウも浴衣買ってあげようか?」「いらない」憮然としていましたが、この子はこの子なりにナツの病気を理解しています。それ以上は何もいいませんでした。そう、今回のことはいい勉強になりました。これからは浴衣は黙って買おうね。

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最期の入院

 昨日の午後のことです。父の所に行っている姉から電話が掛かってきました。父が入院したいと言っているんだけど。ええ~っ、その前の日にわたしが行った時にはそんな気はなかったのに。今の状況がかなり辛いようです。でも…でもね。父は医師の許可もでていないのに、半ば強引に退院して帰ってきたいきさつがあります。あれから2週間しかたっていません。なのでわたしも母も姉も父の入院には賛成しかねます。だってまたしばらくしたら、帰りたいって言い出す。それどころかまた強引に点滴はずして帰ろうとする。そのたびにお呼び出しではこちらもたまったものではありません。

でも不思議なことに父は自分が入院していたことも帰ってきたいきさつもほとんど覚えていません。そして何より、今の状況はあのときよりもはるかに悪く、在宅でケアできる限界にきています。そしてとにかく父が入院を望んでいる。母の介護にも無理が来ています。夜中に頻回に起きなければいけないことや精神的なことから、母が最近食事もまともに採れません。わたしも夏休みに入って今までのようには時間を割くことができない。ここでもまた苦渋の選択です。

悲しいことに父はこれが最期の入院とは思っていません。1週間か2週間したら少し元気になって帰ってくることができる。そう信じているのです。かといって、治らない、今よりはよくならないということを言うこともできません。

今日は外来予約の日でわたしはまた薬をもらいに行くことになっていました。なので、主治医に今の父の状況と本人の希望を伝え、入院させてもらえることを確認した上で、父を迎えに行きました。9日に退院した時はまだ自分で歩いて車に乗ることもできたのに。今では車椅子へ自分の身体を移動させる事が精一杯。入院準備は体調の悪い母に代ってわたしが全部しました。そしてベッドサイドまで車椅子を持っていって乗せて、わたしの車に乗せる。施設の方も手伝ってくれました。父はおそらくここに帰ってくることはない。そう思うだけでわたしも母も涙が溢れてきます。

しかし1時ごろとはいえ、ものすごい暑さ。この2週間、建物の外に1歩も出たことのない父にはこの移動だけでもかなりの負担です。車で約20分。思えば父がこの病院に入院するのは9回目か10回目になるでしょう。でもわたしが車で送っていったのは今日が最初で最後です。いつもたいてい母と一緒にタクシーで行ったり、救急車で緊急入院したりでしたから。。。

病室は前回と同じ部屋でした。少しロッカーの配置が換わっているだけで広く感じます。そして父は同じ部屋であることも覚えていません。主治医の先生は午前の外来を終えられて、ナースステーションにおられました。少し話ができました。まず一番最初に言われたことは、

「できるだけのことはやりますが、もうあまり長くはありません。もしかしたら今夜にでも、『心臓が止まりました』というご連絡を差し上げることになるかもしれません」という言葉でした。

「もう覚悟はしていますので、よろしくお願いします。」とだけ答えました。荷物を部屋に片付けてわたしたちはすぐに病院をあとにしました。母もわたしもそろそろ体力的に限界にきています。

そんなわけで、今日の町水泳。本当はわたしがプール当番に当たっていました。が主人に代ってもらいました。おそらく主人がプール当番に行くのも今日が最初で最後でしょう(よそのお父さんたちはよく行かれていますが…^^;)

ちなみに今日の血糖。朝少なめに打ったにもかかわらず、9時に低血糖を感じて菓子パンとポカリを補食。集合が10時半。(プールは11時から12時)10時20分に念のため電話を入れると、今測ったら80だそう。なのでチーズを1個食べておいてって言いました。

プールが終わって12時半に帰宅して測ると140だったそうです。やったぁ~~ナイスコントロール!お昼ごはんは早起きしてつくっておいたおにぎり&玉子焼き&ささみの磯辺焼きetcをしっかり食べてくれました。そうなんです。プールに入ると昼食はよく食べてくれます。ついでに血糖値もいい感じ。でも毎日ドキドキで困ります。

そしてこれから、1日に1回は病室に顔を出しながら、携帯電話の手放せないドキドキの毎日が始まります。あとどれぐらいこういう日が続くのか…またまた強制退院して帰るのか、主治医の先生の言葉を借りれば「神様にしかわかりません」

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「町水泳」

 夏休みに入って約2週間ほど、「町水泳」がおこわなれます。町ごとに当番を決めて親が引率して子どもたちを学校のプールに連れて行って泳がせます。これはPTAが主催ということで先生方の指導も監督も一切なし。その時の当番のお母さんたちで、怪我も病気も対応しないといけない…とはいっても、強制でもないので、行かない子はほとんど行かなかったり、旅行とかで行けない子もいたりと様々です。

実はこの「町水泳」がわたしには悩みの種。学校のプール授業で担任の先生にお願いしている事を、当番のお母さんにどこまでお願いしていいものなのか。そのためには町内の全ての保護者にナツの病気について知ってもらわないといけなくなる。それも抵抗があります。逆に全て理解してもらえたとして…そんな恐いこと責任持てませんといわれても仕方がない。もし逆の立場なら、わたしそう思うかもしれません。

発症から初めての去年の夏は、悩みに悩んだ末、なんとわたし毎日当番でない日も町水泳についていきました。最初にその当番を決めるための町別懇談会というのが、学校で行なわれます。その時に当番表を振り分けられて、当番の日を決めていきます。その集まりの場で、簡単にナツが病気を持っていること、プール授業には注意が必要なこと、そのために当番に関係なく同伴する事を言いました。

大半のお母さんはうすうすナツの病気の事を知っています。。何事もなく話は進み、去年は暑い中、無事に10回ほどの町水泳が終わりました。しかしこの町水泳ってとにかく暑い。炎天下のプールサイドで1時間、いくらパラソルがあるとはいえ、じっと監視しているのは疲れます。行き、帰りは徒歩で7分ぐらいですが、1回当番が回ってくるだけでも、すごく苦痛です。そんな中いくらナツのためとはいえ、正直わたしもくたくたで(去年のこの時期、既に両親の介護もしていました)、結局いつも前半の30分は当番のお母さんにお願いしてちょっと注意してもらうことにしました。測って食べてから行くので、いきなり下がりきることもありません。でも後半の特に最期の10分ぐらいが目が離せません。その頃は30ミックスを打っていたし、学校のプール授業よりも、町水泳のほうがよく泳ぎます。行き帰りに炎天下を歩くことでカロリーの消費も激しい。

プールから上がるやいなや、ポカリを飲ませる、そんな毎日でした。でも家に帰って測ると、毎回低い値、40とか50ばかりです。水泳はほんとによく血糖を下げてくれます。そして今年、2年目ということとナツが自分でわかるということもあって、去年のように毎日ついて行こうとは考えていません。学校の授業でも一度も低血糖は出していない(単に本人が感じていないだけかも)ランタスに変えてそれほど下がらないのかなと思っていました。

まず初日の昨日は、いきなり雨で中止。そして今日。やっぱり朝起きるとどんよりの空で今にも降りそう。天気予報でもお昼までは雨、降水確率40%。安心しきっていつもの単位を注射。そしたら急に9時ごろから晴れ間が出てきたのです。集合は9時半、結局プールは行なわれました。もちろん休ませてもよかったのです。でもナツはプールが大好き。今日の当番のお母さんとは親しくて、ナツの病気のこともよく話をしています。前半30分は例のポカリを預けて、任せてみました。そして最後の20分に間に合うように覗きにいってみました。ちなみに集合前に測った血糖259。Qは切れている時間です。高いので補食は採らしていません。様子を見に行くと元気に泳いでいます。まずは安心。

「いくら飲んだらって言っても飲まないよ」とそのお母さん。

やっぱりそんなには下がらないのかも…そして帰宅。11時半、測定。67でした^^;

恐るべしプール効果。やっぱり油断は禁物。でもこの程度の値なら自覚症状はなし。ナツはQが切れた後も。午前中はよく下がっています。逆に午後はQが切れると、ほとんど下がらない。だからおやつを食べようと思うといつもしっかり追加打ち。今まではお昼前によく下がるのは、Nの効果だと思っていました。でもランタスに変えてからも、よく下がります。そこに運動効果が入るとこんな感じです。朝のQが少し多かったせいかもしれません。明日から雨さえ降らなければまだ8回プールに入る予定です。やっぱり今年も気をつけないと…ああ~でもいつになったらナツの体感だけを頼りに安心してプールに入れるようになるのやら。

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夏の楽しみ

 働いていた頃は夏が大好きだったわたしですが、ここ何年か…そう子どもたちが大きくなってからは、夏が嫌いです。そんな中でも夏の楽しみを見つけて、夏を楽しみたい、だって夏は短いですもの。わたしなりの夏の楽しみは、アイスクリーム(冬は食べないので)、アイスオーレ、花火、旅行、冷たいビール、ソーメン、冷麺などなど。

そして子どもたちの夏の楽しみは、もちろん夏休み、プール、お祭り、旅行、そして夏の生き物たち…この時期、我が家の玄関周りには、夏の生き物がいっぱい飼われています。特にユウのお気に入りたちですが、ナツも女の子にしてはこういうものが大好きです。(普通の女の子は嫌がるみたい)

去年の111_1145秋から飼っている金魚。1匹亡くなったけれど、後の2匹はすごく大きくなりました。そして同じ水槽の中に、「どんこ」という変な魚。これは近くの川で取ってきたものです。いつもは底の方に寝そべってほとんど動きません。何かに自分のお腹や背中をくっつけていると安心するようです。そして時々猛ダッシュをします。なんとこの魚、水槽から飛んで出ることがあるそうです。

それから、昨日ホームセンターで見つけて衝動買いをしてしまった「ミドリがめ」。まぁ普通は亀なんて衝動買いしないでしょうが…。水槽がこれ以上置けないので、ペットボトルで飼っています。そして今までから飼っていた「くさがめ」。これはほんとにくさいのです>_<111_1146

なぜか生きている(ほとんど忘れられている)ザリガニが2匹。そういえば去年は2回ぐらい、子持ちザリガニを見つけてしばらく飼いました。結局暑さで子どもも親も長くはもちませんでした。やっぱり弱っていたのかも。家で赤ちゃんザリガニを大きくするのはなかなか難しいようです。でも逃がしてやっても、結果は同じでしょう。ほとんどが死んでしまうのでしょうね。そう、生き物の世界は残酷です。

そして近くの山で簡単に捕まえられる「カブトムシ」。一体何匹いるのだろう。昼間はみんなもぐってしまうので数も把握できません。そしてみんなが寝静まった頃に、バタバタ(羽音です)とうるさいったらないのです。夜中の間に昆虫ゼリーが、一晩に10個消えていきます。なのにまた今日2匹もとってきました。多分今が成虫になるピーク時なのでしょう。こんなに取れるのならホームセンターにお願いして買い取ってもらったらよかったかも。一度、ゲージの扉が少し開いていて、カブトムシがそれを押し開けて、夜中に2階まで飛んできたことがあるのです。2階でドアを開けっ放しで寝ているわたしたち(だって暑いから)、もしも顔の上にカブトムシが止まったらどうしようって恐怖で目が覚めました。主人を起こして、無事にしまってもらいました^^;111_1154

後は小さなめだかが1匹とクワガタムシが数匹、ちょっと存在感が薄いです。これだけいると臭いもするし、お世話も大変。今まではうっとうしい存在だったのですが、最近こういうものたちに癒されているのかもと感じています。

とうとう今年も夏に突入、一体今年はどんな夏になるのだろう。決して喜んでばかりはいられない状況の中でそれでも精一杯わたしたちは111_1149、今の生活を送っていかなければなりません。どんなことが起きてもその状況に対応しながら、そんな中でも夏の思い出をいっぱい作って、楽しめる日は心の底から笑っていたい。多分今年の夏はわたしにとっては、忘れられない夏になる、そんな気がします。

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針のはなし

 実父が強制退院して帰ってきてから、丸2週間か過ぎます。少しの間はおかゆやお味噌汁が食べられていたのに、3日前ぐらいから液体以外は何も受け付けなくなりました。

そんな父の命の元は…1日1,2回の点滴と、○塚製薬が出している経腸栄養剤のラコールを1日3回飲む事。この栄養剤、もともとは胃ろうとかの患者さんが直接胃や腸に流し込むために作られた栄養剤だと思うのですが、最近では経口用にも開発されていて、味に工夫がされているのでとても飲みやすいのです。コーヒー味、ミルク味などいろいろあります。その中のミルク味にはいろいろなフレーバーが添付されていて、それを溶かすと味に変化がつきます。ちなみにわたしもいろいろ味見をしてみて、今のお気に入りはレモンスカッシュのフレーバー。凍らせてシャーベットのようにして食べてもいいのです。

こういうものが開発されたお陰で今までなら病院で点滴のために入院するしかなかった患者さんたちも在宅で過ごすことができるようになってきているのでしょうね。この1パック(200ml)で食事1回分の栄養が採れる。何だか不思議…わたしも夏バテした時のために2パックいただいてきました(ホントは駄目ですね)

そして点滴の方は、今までなら看護師さんが最後まで見てくれて、針を抜いて帰られていたのですが、こうすると時間が長くなり、延長料金が出てしまいます。それで毎日のことなので、わたしと母が針の抜き方を教わって、抜けるようになりました。ナツの針をいつも見慣れているわたし、その事がなかったら絶対にこんなことできなかったと思う。でも何でも慣れ…点滴の針は確かに太いけれど、何度かやっているうちに平気になりました。母も手馴れたもので、今では平気で針の処理もできます。

そしてこの間から、ナツと行っている間に何度か点滴の終わる時間にぶつかって、ナツに

「おじいちゃんの点滴の針を抜いてみない」って聞いてみたら、意外にも恐いからできないと。これにはちょっとわたしのほうがびっくり。だってナツは測定も注射も針なんて毎日見て、自分に刺しているので平気かなと思っていたのです。今日は、ちょっとやってみると言って、わたしが手伝って抜いてくれました。抜くときに押さえ方が弱かったのか、血管に当たったのか血がぴゅーーーと出ました。うわぁ~~~~~と言って恐がるナツ。おじいちゃんは全然気がついていません。あわてて血をふき取って何事もなかったかのように。こういうことができるのもIDDMママならではでしょうね。ふと見ると、たまたま看護師さんが前回の針を持って帰るのを忘れたのか、針が1本テーブルに残っていました。見てみると、23Gの表示。確かに太いはずだ。裁縫で使う縫い針よりも太く見えます。確か入院中に主治医の先生から聞いた説明によると、直径○○(数字は忘れた)の円の中にその針が何本入るかというのが、このGという単位のことなので、この数字が多くなればなるほど、1本あたりの針は細くなるということ。ナツの針は31G,32Gあたりですものねぇ。

しかし、この太い針を細い血管に刺す…どう見ても神業。しかも何度も何度も刺しているのでもう刺せる所がなくなりつつある。ほんとに看護師さんには頭が下がります。こんな生活が今からどれぐらい続くのか、主治医の先生によると「神様にしかわからない」そうですが、何とか最期まで支えていくしかないのです。そしていつ何があっても…と覚悟だけはしています。

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ラジオ体操

 まずは昨夜の血糖から…寝る直前になって低いかもといったナツ。53でした。Qはとっくに切れているはずなのに、それからも少しずつ下がったのかな。この日は、昼食も夕食もおかずだけでお腹がいっぱいになってしまってご飯はほとんど食べていません。炭水化物をまったく食べていない。もちろん単位に困ります。インスリンの単位はカロリーだけでは決められない、炭水化物の量が重要なのです。いつもの半分ぐらいしか打っていないのに低血糖です。

冷蔵庫を開けると、そうそうちょうど今日で賞味期限の切れるゼリーがありました。3連のブドウゼリーで、カロリーはたしか40kcalぐらいかな。わたしの変なくせで、3連のゼリーとかプリンって最後の1個になるとパッケージが邪魔、なので1個だけ取り出してパッケージはほかしてしまうのです。こうすると当然カロリー表示もわからない。何とか覚えている時もあるけど、わからないときもあってこの癖、やめないといけないのですが。

もう少し補食しないともたないかも…とは思いながら、何も食べたくないというので、寝ました。そして12時半、ナツが「全然眠れない」といって起きてきました。やっぱり下がったんだ。でもこのときのわたしは爆睡していて、どうしても目が覚めない。隣に寝ていた主人を起こしました。

「おとうさ~~ん、ポカリを下からとってきて~」でも主人も爆睡中。「ナツが低血糖なの」

「えっ、低血糖」ばかっとおきました^^;   さすがIDDMパパです。低血糖という言葉には反応します。最初からこう言えばよかった。

でもあんまり遅いので、ナツが「降りて飲んでくる」って言っています。(夢うつつです)駄目よ、ナツ、低血糖で階段から落ちたら危ないから…お父さんが持ってきてくれるから…

さては冷蔵庫になくて在庫をおいている箱を捜すのに手間取っていたようです。なぜか全然測定する気もなく、(だってどうせ低血糖だし)、まったく自分で起きる気もないわたし。とにかく眠くて眠くて…やっともってきてもらって、どれぐらい飲むの?って聞くので「全部飲んで」とだけ言って、わたしはそのまま寝てしまいました。

「でも、まだ12時半。これで朝までもつかな。ちょっと心配」とは思ったのです。

そして朝、6時。今日から夏休みでラジオ体操が始まります。6時半に近くの(といっても歩いて5分はかかる)公民館で約20分ほどです。2年前までなら何も考えることもなく、とにかく起こして行かせたらよかったのですが、去年の夏からは、朝起きてまず血糖を測らないと行かせることができません。そしていきなり初日ですが、朝の血糖43でした。やっぱり朝までポカリだけではもたなかったんだ>_<     まだ朝ごはんの用意はできていないので、ロールパンを半分食べさせて行かせました。

「車で送ろうか?」って言ったら「自転車で行く」といって出かけましたが、43…ちょっときついだろうな。ふらふらしてこけないかな。

7時前には帰宅。頭が痛いといって帰ってきました。血糖は115まで上がっていました。多分夜通し低めだったせいかも。

今後の教訓。夜中の低血糖はやっぱり測ろう。ラジオ体操の間(今から2週間)は朝の血糖が100以上になるようにコントロールしよう。さぁいよいよ夏休みに入ってしまいました。

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話し合い

 今日は朝から大雨警報が発令されて学校は臨時休業でした。しぶしぶふたりを連れて父の薬をもらうため、予約時間に病院へ行きました。2週間前の診察の時には、タクシーにのって何とか病院まで母と一緒に来た父ですが、先週からそれができなくなりました。仕方がないのでわたしが代りに診察室に入り、病状を説明して処方箋をもらいます。

今日もそのために病院へ行きました。しかし、ふたりを連れていると何かと動きにくく、ストレスがたまります。

「お母さん、まだ~~」「あと何分?」「これが終わったら帰るの~~?」などなど…ふたりが交互に聞いてきます。そうでなくても今日の午後からの話し合いのことで頭がいっぱいのわたし。ちょっと切れそうです。でもこんな日は神様が味方をしてくれるものです。予約時間より20分も早くよばれました。こんなの初めて~もしかしてこんな天候なので来れない人もいたのかもしれません。なんせここに来る患者さんたち、ほとんどガンを持って生きている方たちばかりですから。

無事お薬ももらい、実家に届けて昼食(といってもコンビニおにぎりと唐揚げ棒)を食べました。自宅に戻ったのは2時です。約束の時間には間がありますが、一応学校に電話を入れました。わたしは学校で話をしたかったのですが、どういうわけかナツは家がいいと言います。仕方がないので、家に来ていただくことにしました。ちなみにこのときのナツの血糖…昼食時には、思いっきり打ったのに下がりません、423ありました。子どもなりにも緊張しているのでしょう。

3時少し前先生方が到着。校長、養護教諭、担任の3人でした。今回の話し合いの目的は、「わたしが言いたい事をいってすっきりすること」ではないのです。あくまでもナツの事を第一に考えて、ナツが低血糖を感じた時、調子が悪い時、気軽に保健室へ行けるようになること」なのです。何度も何度もその事を自分の中で確認しました。頭ごなしに怒っても謝罪させてもそれが解決の糸口にならなければ意味が無いのです。

言いたいことは全て言いました。肝心の養護教諭、最小限の事しか言いません。ただじっとわたしの顔だけをずっと見ていました。うつむくでもなく、申し訳ない様子でもなく…どちらかというと、人を馬鹿にしたような目で、何の表情もなく…そんなふうに感じました。だから正直、どう思っているのかはわたしにはわかりませんでした。本当に反省しているのか、仕方がないからその場にいるだけなのか、反論したいけど校長先生の手前黙っているのか…一応、ほんとに一応誤りました。わたしにではなくナツに対してだけ…

どこかでもつれて絡まった糸、それを解こうとしないで、ますます固く結んでいった。この糸を解いていくのには、やはり時間が必要だと…とにかく時間をかけてナツが、気軽に保健室に行けるように考えてもらうしかないのです。その反面、わたしはこうも言いました。これがきっかけになって自分で何とかするしかない、自分で測ろう、補食しよう、そういう気持ちになってくれたら、こんな経験も決して無駄にはならない。でもまだまだ子どもです。下がりきってしまったとき、自分でどうしていいかわからなくなってしまったとき、周りの手助けはやはり必要です。それがないと安心して思い切った単位を打つことができなくなってしまうのです。これで少しは前に進めたのでしょうか。どっちにしても無事1学期が終わりました。明日は終業式です。そして夏休みです。

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憂鬱な週明け

 3連休明けの火曜日、朝から雨。昨夜は久しぶりに涼しい夜で熟睡できました。わたしたちの住んでいる地域は朝と夜の気温の差が激しいのです。朝起きると、ちょっと肌寒い。でも布団は薄い夏用のままです。しまった、寝冷えしたかも…起きてきたふたりは、「寒いよ~~」まったく7月の半ばだというのに、変な話です。そして朝ごはんを食べても今ひとつ元気の出ないナツ。あんまり寒いっていうので熱を測らせました。36度9分…風邪ひいたのかな。こういう時は学校に行かせるのがとても不安なわたしです。もちろんわたしは今日も実父の看病のため、実家に行きます。この分だと午前中にお呼び出しになるかもしれません。9時ごろまで様子をみようか…とりあえず学校には遅れていくと連絡しましたが、お腹が痛いと言い出すし。結局休ませました。

そしていつもどおりナツを連れて実家へ。喜んだのは父だけです。(父はナツが大好きなので)母は、わたしが父のためにナツの事を犠牲にしていることをよく知っています。でもどうすることもできない。明日とあさってで1学期は終わりです。悲しい判断ですが2学期に入った頃には、おそらく父はもうここにはいないでしょう。だから今日だけ…もうこれで最後だから、それにナツには学校で勉強する以上のことが、きっと何か学べると…これはわたしの勝手な慰めです。

こうして1日ごろごろしていると、ナツは復活します。みんなが帰る3時ごろにはすっかり元気です。、朝、無理して行かせていてもよかったのかも…と後悔します。今日も相変わらず友だちが何人か来て、夕方までわいわいがやがやと遊んでいました。「そういえば、なっちゃん今日休んでいたよね、何で?」   こういうのりなんです^^;

そしてみんなが帰って夕食にしようかと思ったら、電話。担任の先生でした。

びっくりしました。「今から、わたしと校長、教頭、養護教諭の4人でお宅に伺います。」

はぁ~~~今からですか?(わたしたち今から夕食なんですけど…)

今は気持ちの余裕がないのでそういう機会を持ちたくないと断ったのですが、じゃあいつ頃ならいいのですか?何とか今学期のうちに何らかの形で話し合いをもちたい、養護教諭の話によると、学校ではナツさんとは普通に接している、怒っているのはお母さんだけではないのかと…そういうことを言われました。

そりゃぁそうでしょう、幼稚園の子ではあるまいし、いくら嫌いだからといって学校で養護教諭を無視しているわけではないでしょう。挨拶もするし話しかけられたら答えもするでしょう。「ナツはクラスの嫌いなお友だちとでもそういう気持ちを殺して普通に接していますよ。もう4年生ですから、それぐらいはできると思います。」と答えました。わたしだって前向きに解決に向けてきちんと話し合いを持ちたい。でもそれで謝ってもらったからといって、わたしの気持ちが落ち着いてもナツが養護教諭に対して持っているわだかまりや恐怖感がなくなるとは思えない。つまり市教委に対して、学校側はこれだけしましたという何かを残しておきたいだけ。わかっているけど、これ以上先延ばしすることで、わたしの個人的な感情だと思われるのはいやなので明日、3時から話し合いを持つことにしました。

何でこんなややこしい時期に…そうです、わたしが市教委に電話したからです。自分からアクション起こしてしまったのだから、仕方がないのです。しかし憂鬱な週明けになってしまいました。まだちょっとトンネルの出口は見えそうにないのですが…

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「親子バドミントン教室」

 昨日は午後から「親子バドミントン教室」に参加しました。市内の公立高校のバドミントン部の高校生がコーチになって小学生親子にバドミントンを教えてくれるという単発のイベントです。募集は10組(20名)のはずが、なんと20組(40名)ほど応募があって、全員参加させてもらえました。が、しかし…そこの高校の体育館のしかも半分でこの人数。もう熱気で暑いこと、暑いこと。(あと半分はバスケ部が使っているので)

まずは1時に始まって、開校式。そこの高校の教頭先生の話を聞いているだけで、汗がたら~~。そして全員でランニング、体育館の半分をぐるぐる走る、それから準備体操。そのあと柔軟体操とかバドミントンの動きにあわせたステップみたいなものをいろいろしました。そしてやっとラケットを握らせてもらえたのは、…2時前でした@-@

6名ずつのグループに分かれて、まずグリップの握り方、シャトルの拾い方などを教えてもらいます。やっとシャトルを打てたのは2時半ぐらい。(予定は3時終了です)シャトルって、ラケットですくい上げられるものなんです。これは実は初めて知りました。実はわたしたち、バドミントン大好きで家でよくしているのに基本的なことは何にも知らなかったのですから。

ところがここにきてナツの様子が変。コーチ(といっても高校生です)がほったシャトルをラケットで打つ、簡単です。ところがシャトルがナツのラケットに当たらない。目がすわっている。そして足元がもたついている。初めて…本当に発症以来はじめて、ナツの様子を見て「これは低血糖だ」って確信しました。そして気持ちもマイナー思考で、何だかぐずぐずいじけています。これも典型的なナツの低血糖症状です。わたしのポケットとナツのポケットに入れているブドウ糖を4、5個回りに気づかれないようにナツの口に放り込んで食べさせました。

グッドタイミングでここで休憩になりました。すわってポカリを飲ませます。実はこの日の昼食はソーメンでした。しかも具は青じそだけ…最近のわたし、ちょっとお疲れなので、休日のランチは手抜きなんです。しかも今日は主人もいないので、究極の手抜き昼食でした。これじゃあ、インスリン打てないよ~。なのでプリンを食べさせました。そして3.5単位。果たしてこの単位、多いのか少ないのかさっぱりわかりません。ただ油分がないので、やっぱり下がりますよね。もっと血糖のもちのいいものを食べさせておくんだった(*_*)

休憩後は、コート半分で試合をさせてもらいました。親子ペアーのダブルスで時間は2分ずつ。ナツにどうする、もうやめておくって聞いたら、どうしてもやりたいっていうので、不安ながらみんなと同じように頑張りました。実はこの時間が一番楽しかった。だってナツは2年前からラケット握ってるから、同じぐらいの歳の子たち相手なら強い、強い。バンバンスマッシュ決めちゃいます。飛び跳ねて喜んでいました。さっきまでと目の光が全然違う。わたしも嬉しかったです。やっぱりスポーツはいいなぁ、別にバドミントンでなくてもいいけど、中学、高校と何か打ち込めるものを見つけられたらいいのにな…そう思っているうちに終了です。最後は、高校生のコーチたちの模擬試合を見せてもらいました。迫力があってびっくりしました。もうとにかくシャトルを打つ音からして違うんですよね。

そして閉校式。記念写真入りの終了証とかわいい手作りのマスコットをもらって帰りました。あっという間の2時間でした。久しぶりにいい汗かきました。

車に乗って念のために測定。ピッ!なんと318です。ええ~~~~~~~~~何これ?

低血糖じゃなかったの~~?

わたしが思うのには、Qが切れる最後に低血糖になって、どうやら補食を取らせ過ぎた?後は上がるだけ、で上がりすぎた。それとも低血糖じゃなく単なる疲れていただけ?

よくわかりませんが、家に帰って4.5打って、大好物のチョコミントのアイスを食べていました。わかることは…運動して汗をかいた後のアイスの味は最高!!

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いつまで続くの~~?

 学校の行事表によると、7月14日(金)プール授業終了となっていました。ところが水曜日に帰ってきたナツによると、明日(木曜日)でプールは終わるので、最後だから遊びにしようということになったとか…やった~無事今年も終わったようなものねとひそかに胸をなでおろしたわたし。とにかくプールがあると親は忙しい。毎日帰ってくるのを待って水着を洗って干しておかないと次の日までに乾かない。夜には半乾きの水着を取り込んで家の中で干して、朝にはそれをプールバックに入れる。

朝は朝でしっかり朝ごはんを食べさせ、インスリン量に頭を悩ませ、ブドウ糖やジュースを持って行かせて、プールの紙に判を押して…それが今週は特にずっと続いていました。そもそも1週間に4回ぐらいという予定だったのに、結局毎日プールがあります。

天気予報は完璧に雨という日でも、不思議と4時間目ごろにはカンカン照りでプールに入っているのです。ああ、この苦労も明日で終わるのね。しかも最後は遊び…ということはそんなに運動量もないわね。

ところが木曜日、帰ってくるなり、今日は100メートル泳げたよと嬉しそう。そうなんです。結局いつもどおりのプール授業で遊びではなかったのです。そして明日もプールあるんだって…なに~~?話が違うじゃない。もう終わりじゃないの?でも学校の予定では確かに金曜日までとあったので、まぁ予定通りってことね。

金曜日の朝、いつもほどご飯が食べられなかったナツ。打つ単位に本当に悩まされます。でも今日が最後、今日が最後。おまじないのようにつぶやいて、ナツを送り出し、わたしは実家へ走ります。実家にはこの日でちょうど丸1週間、毎日通っています。実のところ、携帯が鳴らないかと毎日がドキドキです。でもこれも今日で終わり!やった~~~^^

金曜日、無事帰ってきました。今日は珍しく給食前の血糖値を測っていました。4時間目の予定だったプールが、急に3時間目に変更になりそうになってあわてたけど、結局4時間目に入ったと。そして血糖値は180。思ったほども低血糖ではないみたい…ホッとしました。ところが…

来週も火曜日(土、日、月はお休み)にプールあるんだって。ええ~~~~>_<   今日で最後って書いていたやん。しかも何時間目に入るかわからないんだって。ええええ~~~~~。  3時間目か5時間目かどっちかだって。   でもわたしには大きな違いです。3時間目なら朝のインスリンで調整。5時間目ならお昼のインスリンで調整しているってあんなに言っていたのに。さては先生、今まで何事もなくプール授業が進んできているので、すっかり安心しきっているんだなぁ。

ナツの担任ってこういう先生なんです。この前の学級通信にも書いてありました。

プールの指導は面白いって。陸上競技なら、タイムを縮めるのにすごく時間がかかる。でもプールは泳ぐ距離もタイムもほんとに目に見えてよくなっていく。つまり教える者にとってはすごく面白い授業なんだって。そうか、毎年この先生がプールに力を入れるのはこういう理由なんだ。実際、最初は25メートルがやっとのナツでも最後には100メートル泳げるようになりました。デモね、だからといって予定を延ばしてまでしなくても…多分こんなことを思う保護者はわたしぐらいのものでしょう。クレーム付けて折角のプールを終わりにしてしまったら子どもたちはがっかりでしょう。それがナツの病気のためになんてわかったら、それこそ大変。だから…ハイ、頑張って火曜日もプールの用意、ちゃんとやります。

「親の心、子知らず」。いえいえ「親の心、担任知らず」でした。

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市教委に直訴

 以前からひそかに計画していたことを、発作的に実行に移しました。親しくしているママ友のご主人は中学校の先生で、例の保健の先生とは去年まで同じ職場(養護学校)でした。いろいろ相談していると、やはり教育委員会に言うほうがいいんじゃない、泣き寝入りすることないし、命がかかっていることなのにと言われていました。

でもわたし、今の状況で少し余裕がない、もちろん父のことで時間もとれないし、精神的にも不安定だとよくわかっているので、もう少し落ち着いてから考えようと思っていたのですが、最近のナツの帰宅後の血糖値がとにかく高い。3時に帰るのが週に2回、4時に帰るのは3回。待ちかねて測るといつも250以上300以下。ナツは後から上がるということがほとんどないので、お昼に打ったQが切れて上がっているとは思えない。要するにお昼のQが少ない。それでこの前から、せめてあと0.5増やしてみてっていっているのに、やはり今日も3しか打っていない。朝食前に4か4.5打つんだから給食で3は絶対に少ないのに。

「どうしてもっと打たないの?」   「だって下がると恐いから…4打ってもし給食があんまり食べられなかったら、下がりすぎるでしょう」確かにそうなのです。つまりそうなった時に、今までのように保健室で補食ができるのなら、家に電話をして迎えに来て帰れるのなら打てるのです。ナツなりに考えて、そうなることを予防している、それは確かにいいことなんだけど、たまに高めのコントロールというのならわかるけど、これを毎日していると、高い時間が長すぎてしまう。結局またここで行き詰るのです。保健室に十分補食が置けるのなら、そして抵抗なく保健室にいけるのならこんなことにはならないはず。これが今から3年間卒業するまで続いたら、どうなるの?

そして市教委に電話しました。何とか保健の先生の異動を考えてもらいたい。でも今まで踏み切れなかったのは、わたしたちにその権利があるのかな、ナツがこのことをどう受け止めるかな、後味の悪い思いをしてこれから生きていくのはいや…そんな気持ちがあったのです。

電話口の方の対応は思いのほかよかったです。きちんと話を聞いてくれ、対処しますと言ってくれました。当の養護教諭の名前を言うと、「ああ~~あの先生ね」という言い方にやはり市教委のほうでも、あまりよい先生とは思っていないのではと感じました。くれぐれも校長先生や担任の先生にはご迷惑のかからないように、そしてこのことでまた子どもに対しての嫌がらせが増えることのないようにとお願いしました。わたしたちの名前は聞かれもしなかったのであえて言いませんでした。(病名を出すのでわかってしまいますが)

そしてそれから2時間後、校長先生から電話。えっ偶然、それとも市教委から連絡があったのかな?どちらにしろ、どうせわかることなので、市教委に電話をしたいきさつを話しました。校長先生の提案はこうです。担任と養護教諭と3人でお宅にきちんと謝罪に行くので、何とか和解する方法を探して欲しいと。わたしは言いました。養護教諭の顔を見たら言いたいことは山ほどある、どんなに謝ってもらっても気持ちは治まらない、そして何よりそうすることでナツがまた養護教諭から嫌がらせを受けるのが恐いから学校に行きたくないと言い出すので、今はそれがベストだとは思えない。

校長先生がおっしゃるには、おそらく1年で異動はありえない、どんなに早くても2年後になるのでは…と。これは意外でした。相談したママ友の話ではそんなにもめているのならおそらく来年は異動になると思うと聞いていたので。教委に言ったことでうまくいいくと2学期から異動になったらと思っていたのに、ちょっとあてが外れました。どっちにしても今は父のことで頭がいっぱいなので落ち着いたらもう一度考えますと答えて電話を切りました。

なかなか解決の糸口にはたどり着けません。校長先生のおっしゃるように、きちんと謝ってもらうことでわたしの気持ちが少しは治まるのだろうか。いっそその時に、直接本人に退職してもらえるよう言ってみようか(ちょっと恐い)。55歳の人間の性格がこんなことぐらいで変わるとは思えないのです。そうしたからといって、ナツが保健室に去年までみたいに気軽に行けるとは思えないのです。

今朝、ナツとユウから「校長先生がうちにくるの?」って聞かれて、おじいちゃんのことが落ち着かないとね…って言ったら、ユウが、「お母さんはおじいちゃんとお姉ちゃんのどっちが大事なの?」って聞いてきました。2年生のくせに、こいつ時々鋭いところをついてくるやつです。

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過保護?

 先週の木曜日は参観&親子町別児童会&心肺蘇生講習会でした。毎年、夏休み前の恒例行事です。ナツのクラスは1学年に1クラスです。そしてその中に同じ町の女の子が3人。いわゆる三角関係で1年生の頃から、ごちゃごちゃしていました。というのもその中の一人Sちゃんが、「自分が中心でないといや」というタイプだから…かといってリーダーシップを取るわけでもない。ちやほやされたい、一番厄介なタイプです。

Sちゃん抜きで、ナツともうひとりの子(仮にKちゃん)が話をするのもだめ、ふたりで遊ぶのもダメ。わたしはナツに違う町の子たちと仲良くしたらいいやん、他にも友だちはいっぱいいるんだからといってたしなめていました。いつもナツが一歩ひいていました。そうするとSちゃんはご機嫌。ところがそのSちゃんとKちゃんが最近うまくいっていません。Sちゃんのお母さんはKちゃんのお母さんに「SがKちゃんに意地悪されている」ということをメールまでしたようで、実はわたし、Sちゃんのお母さんから愚痴を聞かされ、Kちゃんのお母さんからは相談を受けました。

そしてこの町別児童会の時に、わたしたちの町だけ特に問題もなく20分も早く終わってしまったので、先生は「町遊び」の時間にしますから運動場で遊んでいていいよということになりました。その後は一斉下校なので、子どもたち(男の子)は運動場に飛び出していきました。ここの町は男の子たち、とにかく仲がいいし、よくまとまっているのです。サッカーボール1個あれば1時間でも遊ぶでしょう。ところが女の子はというと、まとまりがない^^;

6年生はいないし、5年生の4人はおとなしい子たちばかりで、結局みんなばらばらにどこかへ消えていきました。気がつくと昇降口にはお母さんたちとSちゃんだけが残っています。Sちゃん、なにやらお母さんに耳打ち…お母さん、急に血相を変えて怒り出しました。

「ほらね。いつもこうしてSだけを仲間はずれにするのよね。一体みんな黙ってどこにいったん。そりゃあSが怒るのも無理ないわ」わたしそばにいて何とも嫌な気分。

「ホントやね。ナツたちどこにいったんやろ~~」と言って笑ってごまかしましたが…いくら先生が町ごとに遊びなさいと言っても、まさか保育園の子じゃあるまいし、みんな思い思いに行動するんじゃないの。もしわたしならナツがそう言っても、そのうちみんな帰ってくるわよとか、みんなについていかないからよとか、ナツを諭すと思う。

一事が万事です。Sちゃんは被害者意識が強い、みんなが自分を一番に考えてくれて当たり前、そういう考え方なのかな。わたしはSちゃんのお母さん個人的には好きだったんだけど、こういう考え方にはついていけない。Kちゃんのお母さん、やれやれという感じです。

Sちゃんはデリケートな子で4年生になって担任の先生と合わないようで、朝になるとお腹が痛くなり、学校に行けない日が続きました。とうとうもどすようになって、お母さんは何度も何度も先生に連絡帳でいろいろお願いしたようです。

Sちゃんのお母さんの主張はこう、「先生は気に入った子しかあてないし、誉めない。うちの子は10回手を上げても1回しかあててもらえない。他の子は10回手を上げて10回あててもらっているのに…」何でもSちゃんママによると、「先生に気に入られている子リスト」というのが、あってその中にナツも入っているとか…そしてSちゃんママはその中にSちゃんを入れるためにあらゆる手をとられたようで、最近では連絡帳に、「休みの日にSはこんなに勉強しました。だから月曜日にその事をみんなの前でほめてやってください」と具体的に書かれているようです。そして先生、ほんとにわざとらしくみんなの前でSちゃんを誉めること、誉めること…Sちゃんのお母さん、実は教員免許を持っているし、今は市の臨時職員をされています。まぁそれが理由でもないと思うのですが…参観日の時も先生がSちゃんを腫れ物に触るかのように扱っているのがよくわかりました。

ナツがそんなのずるい~~って言うから、「じゃあ、お母さんもナツを誉めてやってくださいって連絡帳に書いてあげようか」って言ったら、そんなことまでして欲しくないって言っていましたが、ここまでしないと子どもって学校に行けないの?ちょっといきすぎじゃないのかな。親が手を尽してできる間はいいけど、いずれ中学生になる、高校に行く、そして社会に出て行く、その時、親がここまでできるだろうか、何かが間違っている、そんな気がして仕方がないのです。早くその事に気づいて欲しい、そう思うのですが。。。難しい。

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いろいろ思う…

 父の退院手続きのため、昨日は一人で病院へ戻りました。外泊ということでベッドを置いておきたかったのですが、そうすると訪問看護が実費になってしまうとので、やはり退院手続きをとりました。父のベッドがそのままにされている病室に入ると、ここで父は最期を迎えるはずだった…胸が詰まります。。

昨日の一部始終を知っておられる看護師さんと話しました。

「昨日の判断はすごかったですね。偉いな~~~ってみんなで話していたんですよ」っておっしゃってくれました。そうなんだ。普通は患者を説得してでも病院に置こうとするものらしい、家族って。わたしのようにじゃあすぐに連れて帰る、これってすごいことらしい。どうしてだろう、わたしは父の姿を見た瞬間、連れて帰ろうって思った。母にも主人にも相談しないでとっさにそう判断した。ある意味、これは母にとって負担をかける結果になってしまったことになる。連れて帰るといってもわたしは面倒をずっと見てあげられるわけじゃないんだから。でも何とかなる、そう判断した。

よくわからないけど、ナツの発症、そしてこの病気との付き合いでわたしはそういう考え方ができるようになった気がする。確かに不安はあるけど、いざとなれば受け入れてくれる病院がある、救急車を呼べばいいじゃない、そして在宅で最大限に使える薬さえあるなら、病院でなくても医師がすぐに飛んでこれなくてもなんとかやっていけるんじゃないかな、いけるとことまで行こう。最後には助けてもらえる。何より治療の主体は患者本人で支えることができるのは家族。今までわたしたちはこうしてやってきたから。思えばナツの発症時の入院の時も、最終的に退院を1週間も早めて外泊ということで帰ってきちゃったなぁ。あの時の押しつぶされそうな不安に比べると(比べるものじゃないのはわかるけど)今回のほうがまだ楽に思えてしまう。

実際に帰ってみると、なかなか在宅で24時間点滴を打つことは不可能なんだという壁に早速ぶつかった。できれば1日に1リットルの点滴をしてくださいと言われていたけれど、250mlを2回入れるのがやっとでした。それさえ途中で漏れたりして入りきらない。でも、点滴をたくさん入れるとガン細胞にも栄養を与えることになるので最近のホスピスではそんなにいれないらしいと主治医の先生は言われた。何が本人のためになるかは本当にわからない。それに病院と違って、在宅で使っている針は、太くて痛い。これをずっと入れておくことはかなりの苦痛になるらしい。後は経口で可能な限り栄養剤と電解質がどこまで採れるかにかかってくる。今までは点滴の間、訪問看護師さんにはずっとついてもらっていたけれど、今回からは針の抜き方を教わって、わたしか母がどちらかが抜くことにしました。これで少しでもたくさん点滴を入れてやることができれば…

入院中の疲れが出たのか、帰ってきたときの興奮が収まると、父は目に見えて弱ってきているのがわかります。ベッドから身体を起こすのがやっとになってしまいました。本人も漠然と自分のおかれている状況がわかってきているようです。だけど入院していたことも無理矢理帰ってきたことも全く覚えていません。困ったものです。1週間前には、外来を受診することもできたのに、明日の外来はとうとうわたしがひとりで行くことになりました。こうして一つ一つできていたことができなくなる、車の運転も買い物もそうです。

ユウが学校から帰ってくる3時までには家に戻ります。正直家に帰るとホッとします。そしてこういう時なぜかナツの血糖の事もプールのことも忘れています。あと3日でプール授業も終わります。どうか、どうか何事もありませんように…

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緊急退院

昨日の夕方、いつもより早く夕食を食べていると、実母より電話。病院から電話がかかって来て、父が点滴をはずしてしまって、家に帰るといってきかないから家族の方にきてもらいたいという内容。あわてて、食事を終えてみんなで病院へ飛んでいきました。

母が先に到着していました。手がつけられないという状態ではないけど、言っても聞きそうにありません。わたしと母は、父が入院した金曜、そして土曜それから日曜と毎日様子を見に行っています。その時は普通だったのです。ただ主治医の先生とはなかなか話もできず、一体入院期間がどれぐらいかかるのか、元の状態に戻って退院できるのか、今回が最期の入院ということになるのは…何も聞かされていないのです。だから父が病院に対して不信感を持つのもうなずける。きつい薬のせいもあるのですが…錯乱状態でした。

「主治医の先生はどうおっしゃっているのですか?」

「先生は今日は外泊ということにして、明日の午前中には病院に戻ってもらったらいいとおっしゃっています。」    が、父はもうもどる気もなくそれどころか外来に来る気もありません。果たして今の状態が病院を離れたら命にかかわるのか、少しはよくなっているのかさえ判断することができません。強く看護師さんに言ってとにかく先生と電話で話をさせてもらいました。

やはり今回の症状は腸閉塞でした。ただ健康な人がかかる腸閉塞と違い、腸にガンを持っている父の場合、よくなることはなく、今のままの状態でいかに生きるか、つまり点滴を打ち続けるしか方法はありません。敗血症になるかもしれないし、大出血を起こす可能性もある。脱水も心配。つまり主治医の先生は今回の入院をターミナルケアと考えておられました。だったら、なおさら連れて帰ってやりたいと思いました。最期を病院で迎えることは父の本意ではありません。在宅で点滴さえ受けることができるのなら病院にいるのと同じです。ただ急変した場合の処置が遅れる、その結果本人に苦痛を強いること、命の長さが病院にいるよりは短くなることを覚悟しなくてはなりません。

退院後の食事のこと、点滴の量、痛みを抑える薬について、簡単に指示を聞いて緊急退院となりました。先生は明日落ち着いたらもう一度本人、家族も一緒に話をしましょう。部屋はしばらく外泊ということで置いておかれたら…といわれました。どうせ退院してもまたすぐに戻ってくるしか仕方のない状況になる。そういうことかもしれません。でもとにかく父の今を一番優先に考えるしかありません。苦渋の選択でした。

施設に戻ってもしばらくは意味不明の事を言ったり、興奮していて夜中も大変だったようです。母にとってはまた介護の日が続きます。しばらくはわたしも昼間は通わなければなりません。

病院に迎えに行く時はナツもユウも連れて行きました。普段の穏やかなおじいちゃんしか知らないナツはおじいちゃんにはふたつの顔があるのねって言っています。ユウは、おじいちゃんが帰りたいんだったら帰らせてあげたらいいじゃないとのん気です。主人はあの状態ではやむをえない選択だったんじゃない…とだけ。今はこの家族に助けられているわたしがいます。いつか大人になったときにナツやユウは今日の事をどんなふうに覚えているのだろう。家に帰ったらもう9時前、そうそうランタス打たなきゃ、こういう時でも注射と測定、これだけは忘れません。

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父の入院

 昨日の朝の出来事です。1週間で最後の日、金曜日。やれやれです。いつものようにナツとユウが起きてちょうど朝食を食べようとした時、わたしの携帯がなりました。とっさにいやな予感。思ったとおり母からでした。でも電波の状態が悪く切れました。こちらからかけてもつながりません。両親は今、介護付の施設で生活しています。だからこういう時は助かります。そこに電話をしたら何が起こったのかすぐにわかります。

早速電話をして確認したら、夜間に父の吐き気がひどくて朝、7時にタクシーで病院に向かったと…わたしもあわてて朝の片付けや洗濯をしました。そしたらまた母から電話、今度は話ができました。結局入院することになったから…

もうこうなるとしばらくわたしの頭からナツの血糖コントロールのことが離れてくれます。今日はまたプールがあるので朝は少なめに4単位打ってね。入る前にはブドウ糖食べてね。最低限の指示しかできません。もうそれどころではないから。そしてふたりが登校したら、すぐにわたしも病院へ向かいました。最小限の用意は持ってきていましたが、まだまだとりに帰らないといけないものがいっぱいあります。「必要なものリスト」を作って、母と帰宅。そして早速持っていくものの準備。とってもいやな時間です。部屋に一歩足を踏み入れた瞬間、父はもう一度この部屋に戻って生活できるのだろうかという思いが込み上げてくるから…2年前にナツが急に入院した時の事を思い出してしまうから。それでも最近は自分のこういう気持ちをうまく切り替えていくコツを少しずつですが身に着けてきたわたしです。

準備が整ったらまた母を連れて病院へ向かいます。不運にも父の主治医は学会のため出張で、違う先生に診ていただいたのですが、やっとレントゲン検査を受けたのはもうお昼をまわっていました。もちろんこれだけでは原因も治療方針もたちません。「腸閉塞の疑い」ということだけを聞いてわたしたちも帰りました。入院期間も予測はつきません。詳しい検査は症状が落ち着いて来週に入ってからなりました。わかっているのはひとつ、またわたしたちの生活がこれで少し変わっていくということ。今回は第一連絡先にわたしの携帯を書いておきました。ますます携帯の手放せない生活が始まります。

たいして何もハードな仕事もしていないのに、家に帰るとドッと疲れました。今日は不思議とナツのプールの血糖のこともすっかり忘れていました。いつかはこうなることは十分に予測していてもいざそうなると、気持ちは何とも複雑です。退院して帰ってきても以前のように生活ができるのだろうか、また少しでも元気を取り戻せるのだろうか、病院で最大限に苦痛を取り除いてもらうほうが本人にとってもいいんじゃないのかなと考えても仕方のないことを考えてしまいます。全ては検査の結果が出てから…そしてついつい今年の夏休みはどうなるんだろう、ナツのサマーキャンプだけは参加させてやらないと…

子どもたちの前ではつとめて明るく普通に接していたいのに、どうしても持って行き場のない憤りをぶつけてしまいそうになる。そう、いつもより些細なことで怒ったりイライラしてしまうのです。誰もが乗り越えていかなければならない道、頭ではわかっているのに、どうして私たちの道だけこんなにもトンネルが長いんだろう、出口にたどり着かないんだろう。でも進んでいくしかないんだな。。。

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使用期限切れのノボラピッド

 先々日は、受診日でした。ホントは1週間前の6月の最後の月曜日だったのですが、遅らせて7月の1週目に変更しちゃいました。そうすると、6月は5750円払わないで済んだ。やった~~。しかも次回を4週間後にして7月の最後にもってくると、その日は無料になるのです。やった~~。ちょっと得した気分。これを夏の旅行費に当てよう^^

だって診察といっても、特に問題なく、検査してインスリン出してもらうだけだもん。今回は久しぶりに採血。これによって、ランタスに変えた後のA1cが出ます。何だか楽しみ。でもわかるのは4週間後だけどね。そしてインスリンもらって帰りました。いつものことですが、冷蔵後に何本、在庫が眠っているかをチェックしないで行くもんだからついつい多めにもらってしまう。ランタスは1本あったから、2本もらって、ノボラピッドは?ええぃとりあえず4本もらっておこう。夏休みになると打つ量増えるし、ノボラピッドは2本が1箱なので、2本が少なかったら4本もらうことにしています。

そして家にかえって冷蔵後をあけてびっくり。まだ4本ありました。トホホ…今は、使っていないミックスもぱっと見が同じ箱なので、余計にややこしい。ところがさらにびっくり。4本、つまり2箱あったのですが、そのうちの1箱の使用期限が2006.5となっています。え~~ってことは、2ヶ月前に期限切れている!もうひとつの箱は、2007.2です。ついでにもういらない30ミックスも2箱残っていて、こっちも2007.2です。

確かにナツはランタスに変える前はノボラピッドは、昼食時とおやつのときにしか打たないから、1日に5,6単位しか使わない。しかしそれにしても期限切れちゃうなんて、もらいすぎ。で、ちょうど、ナツの今使っているノボラピッドが朝食前に打ったら終わりになったので、とりあえず、2ヶ月前に期限の切れたカートリッジをセットしました。給食前に打たないといけないから、最初の空打ちをしっかりしておいて、出始めたのを確かめて、かばんに入れました。

ナツは5時間目がプール授業、その後6時間目も授業があって帰宅したのが4時。即、測定。正直こんな日は、帰ってくるのが待ち遠しい。でも元気に帰宅。やれやれです。しかし、血糖値は298でした。300近い、なぜ?ちなみに給食のパンは半分残して持って帰ってきていました。3打ったけどあんまり食べられなかったから、ブドウ糖1個食べてからプールに入ったとは言っていましたが、どう考えても低血糖になるような状態でどうしてこんなに高いんだろう。お昼に打ったインスリンがちゃんと入っていなかったのかな。それぐらいしか、思いつきません。その時は…

即、2単位打って、友だちの家に行きました。いつものようにお菓子を持って。帰ってきたのは6時。お菓子は持っていったけど、ガムを1枚食べただけ…

そこのうちのお母さんが、「もうお菓子は持ってきてくれなくてもいいのに…」っておっしゃったとか。あのね。お菓子を持たせるのにはわけがあるんだけどなぁ。ナツが下がったって思ったときに、自分で持っていったお菓子なら、みんなで食べようって出せるやん。もし何も持っていかないで、ジュースください。お菓子くださいって言えないでしょう。ほとんどのクラスメイトのおかあさんは、その辺の事情をよくわかってくれていますが、中にはこういう人もいます。仕方がないことです。

で、ガム1個なら、低血糖すれすれぐらいかなって思って、夕食前に測定。ところが212…

ここで初めて気がつきました。(遅いよ)インスリン劣化してるんだ。ほとんど効いてない。しかたなく同じ箱の中のもう1本のインスリンも一緒に、処分しました。やっぱり使用期限って守らないといけないのね。牛乳やヨーグルトなら使用期限2日切れるとほかしてしまうわたしですが、なぜだか医薬品の使用期限のほうが、もともと厳しすぎるぐらいのものだから、少しぐらいは平気って思ってしまう。別にお腹をこわすわけじゃないしって思ってしまう。ついつい主婦のさがで、もったいないじゃないって思ってしまう。いくらもらっても医療費は同じなのにね。

それに我が家の冷蔵庫は開け閉めの回数がとにかく激しい。しかももうこの夏で11年目だから、少し冷えが悪いのかも知れません。おそらく普通の家庭以上に保存環境がよくなかったせいかもしれません。でも、ふと思う。もし普通にインスリン効いていたら、絶対に低血糖だったよ。だってパンを半分も残してプール入るんだもん、しかも6時間までの日だし。帰るまでもたなかったと思う。こんなふうに、ちょっとした偶然とかちょっとしたアクシデントに守られているって感じることがよくあります。今日もこうして無事に何ごとのなく1日が終わるんだから…でもこれからは使用期限、気をつけよう。ついでに、もらい過ぎにも気をつけよう。

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うまくいかない。。。

 月曜日の朝、、、ってだるい>_<   それでも何とか、起きた以上はリズムに乗って朝の日課をこなしていく。いつものように、朝食の準備して、いつものように洗濯して。

そして起きてきたナツも、だるそう。朝から頭が痛いと言って食欲もない。血糖は53。もしかしたら夜中に低すぎたのかも。今日のプールは4時間目、プールは見学させようかな。もしプールに入るのなら、何とか朝食は食べさせたい。そして2時間目に測って補食をする量も決めないと、ジュースも持たせないと…正直、プールが始まってからの朝が嫌い。余裕がない。そして今日は月曜日。わたしは実家のほうへ行きたい。

ナツに、「今日はお母さんはおじいちゃんのところに行くから、もし具合が悪くなってもすぐに迎えに行けないよ」と言ってしまった。そしたらやっぱり「学校行きたくない…」

ああっ言わなきゃよかった。でも今の学校に、ちょっと不安なナツを行かせるのには勇気がいる。もしわたしが今日1日、家で待機できるのなら行かせてもいいと思う。でもできることなら、実家に顔を出してやりたい。最近、特にプールが始まってからいつもこれ。身体がふたつ欲しい。ナツがこの病気でなかったら…去年のように先生に任せて安心していられるのなら…こんな思いをしなくてもいいのに。また答えの出ない堂々巡り。

でも…今日行かなかったら、後で後悔するのはいや!2学期になったら、もうこんな思いしなくてもいいんだから、今日だけだから。結局ナツを休ませてしまいました。そしてふたりでまた車を飛ばして実家に向かいます。

今日は絶対に行かないといけないという用事はありません。でも実父は足のむくみがひどくて車に乗ることができません。だからわたしが代わりに買い物に行ってあげないと、「今どうしても食べたいもの」が食べられないのです。もしかしたらそれが父にとって口から取れる最後の食事になるかもしれない。もし無理を押して、車の運転でもしたら…その思いだけがわたしをそうさせています。

頭痛が治ってきたナツにじゃあ、午後からでも学校に行ったらとは言いましたが、気が乗らない様子。お昼前に担任の先生から携帯に電話がかかってきました。なんと連絡帳をことづけた男の子が担任の先生に渡していなかったのです。でもついでにいろいろ話もできました。去年までならこれぐらいだと登校させることができたのに。わたしがすぐに学校に行けるのなら…保健室がもう少しナツにとって居心地がいいのなら…普通に登校させて、案外普通に過ごせていたのかもしれない。担任の先生はわかってくれましたが、でも解決策もありません。ただ、この病気の子どもってよく休むんだって思われるのもいや。

結局帰りの車の中で眠ってしまって(やはり疲れていたのかな)、結局午後からも休ませました。まぁこれでしっかり充電してまた元気が戻ればよしとしましょう。

夏休みまでの何日かをまたこの思いを繰り返しながら過ごしていくんだろうな。でも来年になったら、きっときっと思い出になっているから、って自分に言い聞かすしかない。母として娘として今わたしにできることを、確かめながら過ごしていくしかないんだろうな。そんなことを思いながら、ハンドル握ります。しかし…よく事故にもあわないで運転しているなぁ、走行距離がどんどん伸びて、荒っぽい運転に車が悲鳴を上げています。お気に入りのムーヴもあちこちこすられてひどい有様です。

ひとつ歯車が狂うと、何もかもうまくいかない、今日はそんな一日でした。

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Let’s キャンプ!

 ナツが発症してから、まだわたしたちは家族旅行に行っていません。ナツの発症は2年前の10月、その2ヶ月前の夏休みの最後の週末にわたしたちは「伊勢志摩スペイン村」に行きました。今思うとその時、既にナツの身体の中では異変が起きていたのかもしれません。そして今思うと、ナツがインスリンを持たずに旅行したのはこれが最後というわけです。

去年の夏休み、ナツはサマキャンには行きました。でも家族での旅行は行けませんでした。というのも、1学期の終業式の前日、実父が入院したからです。それまでも、いろいろ入退院を繰り返していた父との生活にストレスを感じていた母は、その事が引き金になって軽いうつになっていました。結局わたしたち家族の夏休みは、実家と病院との行き来の毎日でした。映画を1本見た以外に海にもプールにも行かない夏でした。ナツとユウはいつも車の後部座席でゲームをしながら疲れて寝ていました。

今年こそ、夏は家族で旅行に行くぞ~~と気合が入っています。しかし…です。まだ父の具合は楽観できる状況ではなく、いつお呼び出しがかかってもおかしくない状況。しかも母からは1日1回は薬のことやら、父の状態のことで電話がかかってきます。だから…車で3時間ぐらいまでの距離で、携帯がつながるところを捜さなければなりません。

もうひとつ問題が、実はわたしと主人の旅行に対しての価値観には違いがありすぎるのです。結婚するまで、旅行会社のカウンターにいたわたし。旅行に関しては少しうるさいのです。ついつい仕事柄、高級志向になって、どうせ泊まるのなら、いい旅館、いいリゾートホテルに泊まりたい、ゆっくりのんびりしたい。おいしいものを食べたい。日常生活から離れた生活をしたい。

逆に主人は、結婚まで登山が趣味の人でした。当然アウトドア派。車の中で寝たり、テントを張ったりして山に登っていたようです。そんなわたしたちですから、なかなか旅行については意見が一致しません。そして今年の主人の提案は、キャンプをしよう!その後どこかホテルか旅館に1泊しようということになりました。これには子どもたちは大賛成。わたしは…言い出したらきかないから、しぶしぶですが賛成しました。でも、旅行中ぐらい食事の支度をしないで食べたいな。まぁ、後1泊はのんびりできるからいいとしましょう。

ナツが発症して入院している時にわたしはこんなことを考えていました。この病気になってナツには「食べる」という楽しみがなくなってしまったかもしれないけれど、(もちろん後から、それもなくなっていないことはわかったのですが…)でも、「旅行」っていう楽しみを教えてやりたいって。幸い、わたしの父は旅行の好きな人だったので、わたしは子どもの時からいろいろなところに連れて行ってもらいました。それがもとで旅行にかかわる仕事にもついたぐらいです。だから食べる楽しみがなくても注射の痛みと付き合いながらでも、絶対絶対に人生って捨てたものじゃない、だって旅行っていう楽しみがあるから。その楽しみがわかったらきっとつらいことも乗り越えていける。そう信じています。そしてそれがわたしたち親にしてやれることだよねって。もちろんちょっと大きくなったら友だちと旅行に行くのがいいに決まっていますが、一緒に行ってくれる間は、いろいろなところに連れて行ってあげる。思い出をいっぱいいっぱい作ってあげる。そう誓ったのです。そしてそれを今年こそは実現しないと…

早速「関西からのオートキャンプ場」という本まで買ってきて行き先を捜しています。しかし、わたし、やっぱりテントで寝るのは苦手かも…一体何を持って行ったらいいのか、何を準備したらいいのかさっぱりです。もしかして、来年からもこのパターンかな。

プール付きの高級リゾートホテルなんて、しばらくおあずけです。いつの日か、ナツが大きくなったら、ふたりで行くのも悪くないかな…その時まで辛抱、辛抱^^

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