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医師からの「最後の話」

 昨日はナツとユウが町水泳を終わる10時に学校まで迎えにいってそのまま実家へ車を飛ばしました。父が入院してしまい、ひとりになった母がとても心配です。予想通り、母はベッドに座ってぼんやりしていました。

今、父は直腸ガンですが、このガンになる前に膀胱ガンにもかかっています。5年前の春に膀胱ガンを告知されました。ガンと聞いて確かにびっくりはしましたが、膀胱ガンはそれが直接命をとることはなく、再発を繰り返すのが厄介なガンでした。それ以来1年に1度ぐらいのペースで再発、入院、手術と5回繰り返してきました。思えばこの膀胱ガンに対するイメージが父の中では根強くて、今のガンに対してもそれほど命が亡くなるとは思えないようです。

その頃、母はいつも父に付き合って病院へ行っていました。手術の後は2晩ぐらい泊まり込み、入院中はバスで毎日病院通い。わたしや姉にはいつも「ふたりで何とかするから大丈夫。こなくてもいいから」と言っていました。それに甘えて、わたしは手術の日も入院の日も付き添ったことはないのです。しかし母にとってこの生活、やはりストレスだったようで、昨年父が今回のガンで入院した60日間、病院には1度しか行けませんでした。その頃、母はうつ病にかかっていました。今でも精神薬が手放せません。その事がきっかけで、施設への入居も決めました。

父の発病は誰のせいでもないけれど、母がうつ病になってしまった事、気づいてやれなかった事に対しては、自分を責めました。もう少し手伝ってやっていればこんなことにはならなかった。「大丈夫」という言葉の裏にはいつもSOSが隠れていたのです。

そんなわけで、今回こうして父が入院しても母は病院には行けません、付き添うこともできません。わたしたちが迎えに行ってやれば一緒に病院へ行きます。帰りは一人でタクシーで帰ります(方向が正反対なので)

それで昨日も午後から母を乗せて、わたしと子供たちと母で父の病院へ向かいました。少し元気になったかな、また家に帰りたいって言うかな…でも今回は事情が違っていました。かなり辛そうです。点滴を入れることは、身体に栄養を与えてくれますが、がん細胞も元気にしてしまうのです。そのせいで、痛みが強くなり、出血があり、トイレが近くなり、夜も眠れません。あまりにも辛そうな様子にわたしたちもいたたまれなくなり、帰ろうとすると、担当の看護師さん、

「今日は何時までいらっしゃいますか?主治医の先生とは話をされました?最後のお話を聞かれました?」

「今では駄目ですか?」   「今は手術中ですから無理です。5時には終わりますよ」

「じゃあ7時ごろならもう一度出てきます」   「7時にはもう先生は帰られてます」

「土、日は駄目ですか?」   「土、日は先生は来られません」   (まるでサラリーマンじゃない)

「ちょっと時間を調整しますけど、とにかく今日は無理なので…」といって帰ろうとしたのですが、婦長さんらしき人からも「えっ先生の最後のお話聞かれないの?」と言われ、

「じゃあ今日の5時に来ます」といって帰りました。当然母は来れません。わたしが聞くしかないのです。そして5時、夕食の支度をしておいてまた子どもたちを連れて、病院へ。

「手術が長引いているのでしばらく病室の方でお待ちください」   父は昼間ほどは苦しんではいませんが、時々襲う痛み、吐き気にうとうとしても眠れません。

5時半、「今終わったところなので、ひと段落着けば来られます。」  主人と連絡がとれて近くの駅まで迎えに行きました。戻ると6時。

「まだですか?」    「先生には伝えていますからもう来られると思いますよ」

6時半、廊下で立っていると見るに見かねて別の看護師さんが声を掛けてくれました。

「もし何でしたら、他の日で都合のつく時間を聞いておきますよ」

「だってこっちが7時がいいって言っても駄目でしょう。夏休みなので昼間は動けないし、先生も昼間は手術ですよね。電話では駄目なんですか?」

「電話ではねぇ。あれからまた手術が入ってしまったので、まだもう少しかかりそうです」

ええ~~っ。わたし少し切れかかりました。そもそもこっちがどうしても会いたいって言ったわけではないし、そりゃぁ父の命をあずけているわけだし、しかも前回のいきさつもあるので、わがままばかりは言えないけど、2時間近く時間過ぎてるよ。

ついついその看護師さんに愚痴ってしまいました。

「大人はいくらでも待ちます。8時でも9時でもいい。でも子どもたちは、お腹がすいてくる。しかも、娘はインスリンを打っているので、食事時間が予定より大幅に狂うことは避けたい。せめてはっきり時間を決めてくれたら、食事に行ってまた戻ってこれるのに」

その看護師さん、電話をしてくれました。そしたら10分後に先生は来られました。

最後の話」…ナースステーションの前で10分の立ち話で終わりました^^;

要はこうなのです。父の場合、急変の可能性がとても高い、つまり「危険な状態です」と連絡できるより、「もう亡くなりました。」の連絡の可能性が高い。看護師は24時間ずっと付きっ切りでいることができないのでやむをえない。免責事項を伝えたかっただけなのです。それが困るなら、家族がずっと付き添えばいい…そういうふうにもとれました。

わたしたちの希望は、できることなら最期の時には間に合って、父の最期の言葉を聞きたい。10分でもいい、15分でもいい。母に一言でいい。父の口から、「ありがとう」という言葉を最期に掛けてやって欲しい。その言葉を支えに母は生きていける。今までの長い長い闘病生活を思うとそれだけでいいから、聞かせてやって欲しい。

もし急変がなく、少しずつ症状が進んだ場合なら。最期の日は予測がつくそうです。その日がきたら、母は病院に泊まると言いました。最期は看取ってやりたい、ひとりで病院で死なせたくはない。そう思っているようです。いつの日かはわかりませんが、もうそう遠くないんだなと思いながら、病院をあとにしました。

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コメント

投稿を読んで言葉を失っています。

読んでいて私自身も親が元気である事に感謝しなければいけないと思いました。
病院の態度ってある意味すごく冷たい所ありますよね。一方的に事務的な言葉で切られまくったり
いくら雇われる側だと言っても心ってないの?って思う事もあったり・・・・

夕食の支度したらお姑さんが子供のご飯見てくれるだけでも子供連れて行かなくてもいいのにねー
今までのカキコ見ててもそれは無理みたいだねー
なっちゃんママの体も心配です。病院の往復だけでもすごく疲れるでしょう!
睡眠をとって体休めて下さいね。
ごめんなさい うまい言葉が見つからなくて・・

投稿: なつき | 2006年7月29日 (土) 12時27分

なつきさん、ありがとう。ナツが発症した頃には、まだ両親共に元気で、片道1時間も運転して病院にお見舞いに来てくれたのにね。
何だかずっとずっと前のことのように思えます。
姑…わたしたちが2時ごろに帰ったときに、ちょうど義妹が来ていて、ふたりで出かけていきました。
外で食べてきて、帰ったのはわたしたちと同じ時間。いつもそうだけど、一言がないのです。
「夕食は食べてくるからいらないわ」とか「ごめん、外で済ませてきちゃったの」とか。こんな普通の会話さえできない…いい歳してかわいそうな人。そう思うようにしています。(ああ、また愚痴ってしまった^^;)
今は気が張っていて、しゃきっとしています。逆にこれだけ長くなると、父が亡くなった後、喪失感というより、充足感が残るかなと思っているんだけど、こればかりはね、何とも。それに若くない(?)から、身体にはこたえます。

投稿: なっちゃんママ | 2006年7月29日 (土) 13時50分

こんばんは。お父様のご様子いかがですか?
なっちゃんママも疲れていることでしょう。
まだ夏休みも始まったばかりというのに、子供達の毎日のことだけじゃなく、ご両親、お姑さんのことまで考えなきゃならないなんて・・・
ナツちゃんたちのことは預かったりしてくださらないのですか? かわりに食事の準備とかしてくださらないのですか?
お父様のことは実際そうなってみないとわからないこともあると思いますが、うちの場合は、看病もなかったので今でも帰ればそこにいるような気がしてなりません。段々と日常に交えて考えなくなってきました。
お父様も幸せな人生だったと感謝してるのではないでしょうか。
どうぞ、あまり無理をしないで体に気をつけてくださいね!

投稿: nao | 2006年7月29日 (土) 22時57分

naoさんへ☆姑はナツの血糖コントロールのことが全然わかっていないから、どんなことがあっても一番頼りたくない人。
しかも料理は下手、とんかつをミディアムにしてくれるから(半生)こわくて、こわくて…
このメニューを作ってって指図されるのも嫌みたいで、なんでわたしが嫁の言いなりにならないといけないのって思うんでしょうね。一番扱いにくい>_<
自分の親も主人の親もいつかは看取らないといけないとは思っていたけれど、こんなに長期になるとすごく辛いのです。
去年の夏休みの間もずっと入院していたので、子どもたちの夏の思い出は病院通いばかりです。
一日でも長く生きて欲しいって願うけど、すごく苦しんでいる姿を見ていると、逆に早く楽にしてあげられたらとも思ってしまう。
naoさんは看病の思い出がないから逆に淋しいって思われますよね。でも父親らしさの威厳のままの思い出があるほうがいいかもですよ。
車椅子の姿の父、あまり娘としては見たいものではないです(*_*)

投稿: なっちゃんママ | 2006年7月30日 (日) 06時45分

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