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8月2日のこと

 前夜からわたしはナツとユウと一緒に病院に泊まりこんでいました。心電モニターは、音が気になって眠れないだろうと画面を切ってくれました。もちろんナースステーションではずっとチェックしてもらっています。こうして病院の簡易ベッドに横になっていると、2年前の秋、ナツがIDDMを発症して入院した時のことがよみがえってきます。この時もわたしはこうして病室のナツのベッドの横で2週間泊り込みました。だから不思議と緊張感がなくて、むしろ自宅で携帯を枕元において眠ったこの1週間(父はちょうど1週間前に入院しました)よりも安心して眠ることができました。もちろん何度も目が覚めては父の様子を覗き込みながら…ですが。夜間はこれといった変化もなく無事に夜が明けました。

5時になってカーテンを開けると空がもう白んでいたので、母を呼ぶことにしました。病室で母にも十分に父と話す時間がとれて、やっとわたしは自分の役目を無事に終えたかなと思いました。6時過ぎ、特に異変もないので、近くのコンビニでおにぎりやサンドイッチを買って病室で食べました。起きてきたふたりもここで朝食です。こんなときでもナツは普通に血糖を測り、きちんと朝食をとり、そしてインスリンを打つ。もちろんナツがほとんどの事をひとりでできるから、いいのです。一体血糖がどれぐらいだったのか、何単位打たせたのか全く覚えていません。この日から3日間、血糖測定表もブランクです。でもとにかくこういう時だから、高めにコントロールさせないと…それだけは考えていました。

7時ごろ、父の呼吸が苦しそうになりました。肩で息をするようになりました。10時ごろ、痛そうに顔をしかめることがあったので、看護師さんに痛み止めのモルヒネを入れてもらえないかと尋ねました。前夜の7時でモルヒネの点滴は切られました。もちろん体内に残っているのですぐに痛み出すことはないにしても既に12時間がたっています。痛がらないのがかえって不思議なのです。病棟リーダーの看護師さんが来られました。

「もうすぐ心臓が止まるんです。もうモルヒネは必要ないんですよ」と言って、心電モニターをつけてくれました。そこには前夜の心拍の動きとは全く違う不規則な心拍の波、鳴りっぱなしのアラーム。素人のわたしたちがみても、これから起こることは想像がつきます。この波形が一直線になる、そしたら父はこの苦しみや今までの痛みから解放される。正直ホッとしたのです。少しでも早く楽にしてあげたい…心の底からそう思いました。

でも看護師さんの予想をはるかに上回って、父は頑張りました。お陰で11時に着いた姉も、午後に着いた主人も間に合うことができました。午前中外来だった主治医の先生も午後には病室に顔を出してくれました。看護長さん、内科部長さん、それぞれの方が病室を覗いてくださいました。そして午後3時44分、父は息を引き取りました。

「よく頑張られました。」主治医の先生が言われました。

部屋を出されたわたしたちは、階段の踊り場で会館やお寺、親戚の人たちに連絡をとりました。そして1時間後、会館の車に迎えに来てもらい、病院を後にしました。1週間前には、少しでも元気になってもう一度帰ってくることを望んで入院しましたが、とうとう父は自分の足で病院を出ることはありませんでした。父が病院で亡くなった場合に父の遺体を一度施設の部屋に連れて帰るかどうか、随分悩みましたが、父は自分の家と違い、施設には愛着を持っていませんでした。なのでそのまま会館に運んでそこの部屋でお悔やみを受けることにしました。

前夜からずっと狭い病室でこもりきりだったナツとユウはやっと出ることができてはしゃいでいます。わかっているのか、わかっていないのか、それとも十分すぎるぐらい覚悟ができていたからか、子どもたちには動揺はありませんでした。次々と親戚の方が駆けつけてこられます。それと平行して葬儀の打ち合わせが山ほどあります。気がつけば8時を過ぎていました。とりあえず主人と子どもたちだけ近くのファミレスで夕食をとりました。

そして気がつけば9時過ぎ、親戚の方はまだいましたが、わたしたちは帰ることにしました。今夜は母と姉がこの会館の部屋に泊まることになっています。思えばわたしと子どもたちは、昨日からお風呂にも入らず、歯も磨かず食事はコンビニのおにぎりばかりでした。しかもランタス、今日は忘れるところでした。

「ナツ、ランタス打つ時間やん、ここで打ってから帰ろうか」

こんな時、ナツがどこでも注射ができるということは本当に助かります。5、6名の親戚の人たちを前に涼しい顔で足にランタスを打ちます。いつかはこの日がくることを考えて、親戚のおばやおじにも、ナツのIDDMのことは少しずつ機会があれば話しています。みんな黙って見守ってくれます。

「これが最新式のインスリンなのよ」と、わたしも自然に言います。

この日、自宅に帰ったのは10時過ぎでした。長い長い1日が終わりました。

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コメント

こんばんは。
お父様はきっとみんなの顔を見てから天国へ行きたかったんだと思います。
本当に誰にとっても悔いのない最期でよかった。

なっちゃんもユウくんも貴重な経験しましたね。(人の最期に付き添える…そんな経験、人生の中でそんなには経験しないから)

なっちゃんママさん…
関西は毎日溶けそうなほどの猛暑です。
ただでさえバテちゃう。
本当に体もそうだけど精神的にも休めるときに休んでくださいね。

投稿: honohono | 2006年8月 6日 (日) 21時03分

しばらくぶりに来て、まとめて記事をよませていただきました。
お父さま、本当にがんばられたのですね。
家族に囲まれて。
ナツちゃん、ユウくんもえらかったですね。
なっちゃんママさん、まだまだお忙しいでしょうけれどどうか少しでも休んでくださいね。

ご冥福をお祈りいたします。

投稿: じゃこちゃん | 2006年8月 7日 (月) 22時24分

honohonoさんへ☆本当に暑いです。でもクーラーのきいている中で過ごしているので、この3日間は、逆にいつもより身体は楽です。
わたしもナツもほんとに貴重な体験をしました。命の終わる瞬間、うまくいえないけれど、どんな苦しみにも必ず終わるときが来る。その日まで、一生懸命に生きなきゃ…父の闘病で教えられたことはいっぱいあります。ナツに命の大切さが伝わって、間違ってもインスリン打たないなんていうことだけは、ないように自分の命を大事にして欲しい。そんな気がします。

投稿: なっちゃんママ | 2006年8月 8日 (火) 09時39分

じゃこちゃん☆ありがとうございます。どんなに疲れていてもパソコンたたくと元気になったわたしですが、今度ばかりはその元気も出ません。
自分のブログの更新で精一杯です。またみんなのところに遊びに行ったり、コメント残したりできるといいな。
子どもたちのためにも、普通の日常生活を取り戻したいなと思いながら、1日1日が過ぎて生きます。
ナツは11日からサマキャンに出発します。ナツが帰るまでには家の中も片付けないと…
掃除もず~~~~~と手抜きで埃だらけです^^;

投稿: なっちゃんママ | 2006年8月 8日 (火) 09時43分

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