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2回打っちゃった^^;

 やってしまいました。ナツはいつも食後打ち、いつかはやるだろうと思う失敗をとうとうやっちゃいました。

「打ち忘れた~」で、測ると300越えは今まで何度かあったのですが、2回打ってしまったのは始めてです^^;

昨日の夕食後のことです。

「ナツ打った?」

「う~~~~~~~ん、わかんない」

「打ってないんじゃない?」

「わかんないけど、打ったような気もする」

「じゃぁ何単位打った?」

そばで聞いていたユウが、「お姉ちゃん打ってないと思うよ」と…。

実はこの日は、いつもなら4時に帰るところが、忌引きで休んでいた日に行なわれた内科検診を学校が終わってから受けたために、帰りが遅くなって、5時前におやつと追加打ちをしたのです。それで5時に打った時の記憶と重なって、わからなくなってしまった(*_*)

エエィ打っちゃえ

予定していた5単位を打たせました。

「打ったような気もするんだけどなぁ」とナツ。

言い訳ですが、最近のわたし、心ここにあらず。そのわけは↓の記事等でお察しのとおり。何かしなければいけないことはしているのですが、頭は違うことを考えたり思ったりしていて、あれしたっけ、これしなきゃということが多いのです。何としようとしていたんだっけ…という感じ>_<

そして1時間半ほどして測ったら185。よかった2回打ったわけじゃないよね。

ところがそれからなんか変と言うので、20分後にはかったら75。なんと20分で110も下がってる。しまった~~。やっぱり打っていたのにまた打っちゃったんだ。

さぁそれからが大変。まずジュースを1本。そしてブドウ糖を1個。でもこんなんじゃもたない。悲しいかな、ナツのおなかはもういっぱいで固形物は入らない。仕方がないので、黒糖をなめさせました。どれぐらいかなぁ、たぶんスプーンに3杯ぐらいはなめたはず。そして20分後、96。ひとまず安心。でもまだ下がるかもしれない。そもそも何時何分に打ったかも覚えていないので、Qが切れる時間も定かじゃない。

ちょうど主人が帰ってきて、「じゃぁコンビニ行って何か食べれそうなもの買ってきたら」ということに。

何も食べたいものもなく、とりあえずポテトチップスだけ買って帰りました。結局このポテチのお世話にはなることはなかったです。(やれやれ)

いつもの倍の勢いで下がる、それをお砂糖であげる。一体からだの中では何が起こっていたのでしょう、想像もできません。そのせいかナツはしんどそうでした。

今回の教訓、打ったか打ってないかわからない時は打たないで様子を見よう(←今思えば当たり前やん)

周りより本人の記憶を信じよう(特にの言葉には惑わされないように)

しかし今回のこと、とてもいい勉強になりました。

余談ですが、母は生前によく言っていました。

「もしもわたしたちが亡くなってお通夜やお葬式になったら、どんなにバタバタしていてもあんたはナツの血糖や注射の事を一番に考えてやらないといけない」と…。

その時はまさかそんな日がこんなに早く来るとも思えず、よくそんなことまで気が回るよねと呆れて聞いていましたが、確かにお通夜、お葬式共に大変でした。ナツの血糖のことなど、頭になかったわたしです。それでも主人が気をつけてくれて、大きな低血糖もなく、無事に終わったことはほっとしています。でも後がこれじゃあ駄目ですね。

明日からまた気持ちを引き締めていこうと思った母でした。

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急性心筋梗塞って?

 急性心筋梗塞これが、母の死亡診断書に書かれた病名です。そしてあの日以来、この病名がわたしの頭の中で渦巻いています。ネットで色々調べてみたり、人に話を聞いてみたりしながら少しずつ、この病気で亡くなったということを受け入れていこうと思います。

なぜなら母は、75歳にしてはたいした持病もなく、少し高血圧、少し高脂血症、少しコレステ値が高いといったぐらいのとっても健康体の人でした。(ただし心は病んでいましたが。)

なのでいまだに母と病名が結びつかない。そして防いでやることはできなかったのだろうかと思ってしまうのです。

5月22日、午後4時5分、わたしの携帯がなりました。

「こちらは○○の××病院です。今○○さん(母の名前)がこちらの病院に救急車で搬送されてきましたので、すぐに来てください」

どんなに状態を聞いても教えてくれません。とにかく「すぐに来てください」としか言ってくれません。少し嫌な予感がしました。後でわかったことですが、このとき既に母は亡くなっていました。

その後母の入居している施設長さんから連絡がありました。

「今、警察の方がこられてお母様が救急車で病院に運ばれたそうです。わたしもすぐに向かいますので、来てください。」

様子を聞くと、「お母様はだいぶ、心臓が弱っておられたようで、運ばれた時には心肺停止の状態だったようです」

後でわかったことですが、このときも既に母が亡くなっていることをご存知だったのです。そして病院で本人確認をされた後、正式に車で向かっているわたしの携帯に連絡がありました。

「今、病院で確認させていただいたのですが、お母様はお亡くなりになりました。」

車で40分、その間にナツとユウに手伝ってもらいながら、わたしの主人、そして姉、叔父、叔母と主な方たちに連絡をとっていきました。父のことがあったので、わたしの携帯にはこういう場合の緊急連絡先が登録されたままです。そして父の時と同じようにそれをしている自分がいる。

病院に着いたら、母は処置室にいました。路上で倒れたこと、ひとりだったことから、事件性を疑われて、色々厄介でした。幸い、目だった外傷もなく、金品も取られていない、何より母が倒れていたのは交番の前だったので、事件性はないと判断され、院長の判断で病死となりました。そして付けられた病名が急性心筋梗塞となったわけです。

頭や心臓、内臓のCT,レントゲンがいっぱい撮られていました。病院はできるだけのことをしてくれたようです。発見も早かったのに間に合わなかった、諦めるしかないのです。

その時交番にいて、救急車を呼んでくれた警察官の方に最後の様子を聞くことができました。

倒れた時には既に心臓が止まっていた、いや心臓が止まったから倒れたのでしょう、でも呼吸はあった、痙攣を起こしていた、呼びかけには全く反応しなかった。なので母の場合も最後の言葉を聞くこともできなかった。

病院で白い布を着せられている母はまるで眠っているかのようでした。わたしはまるでテレビドラマの中にいるようで、ただただ呆然としていました。

父の時に経験しているので、そのあとの段取りが悲しいほどスムーズに進みました。会館やお寺への連絡。そして気がついたのですが、母は父の時とほとんど同じ時間に亡くなっていました。

きっと父が迎えに来てくれたんだね。そう思うようにしています。

さてさて肝心のナツの様子です。

正直ナツの血糖や気持ちを考えてやる余裕など全くありません。おじいちゃんと同じようにおばあちゃんも亡くなったということはすぐに理解できたようです。そのせいか、車の中ではずっと気分が悪いを連発。最後のおばあちゃんの姿は見ようとはしませんでした。そして少し泣いていました。自販機でお水を買って飲ませました。

駆けつけてきてくれたいとこに、

「今度はあんたらがしっかりせなあかんのよ」と言われて、それからの3日間を乗り切ったわたしです。そして今回ほど主人の存在をありがたいと思ったこともなかったです。この続きはまた後ほど…。

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突然の別れ

 5月22日、午後4時わたしの携帯がなりました。実母が星になりました。

今でも信じられません。

落ち着いたらゆっくり思いの丈を書き込んでいきたいと思っています。また読んでください。

そんなわけで↓の記事のコメントくださった皆さん、遅レスになってしまってごめんなさい。

もうしばらく待ってくださいね。

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びっくりさせられました(*_*)

 先週の金曜日のことです。学校から帰ってきたユウのランドセルとあけてちょっとチェック。そしたら、なにやらたいそうな封筒。ぴっちり糊付けされた茶封筒。ビニール張りのところから、中身の部分が見えるようになっていてそこには、

3年 ○○ユウ 保護者殿

という文字が、見えています。

いや~~~~な予感。子どもたち、4月の新学期以来、学校で色々検診を受けています。それが引っ掛かってもらってくる封筒っぽいのです。

なんだろう。耳鼻科検診?眼科?歯科はまだだったような…まさか尿検査?

「ねぇユウ、この封筒もらったのユウだけ?」

「ううん、みんなもらってた」

「えっみんな?」(じゃぁ違うのかな)

ちょうど遊びに来ていた子も、「うん、僕ももらったよ」

何日か前にもらってきた「保健室便り」には、わざわざ手書きで、書かれていました。

「色々な検査や検診が行なわれていますが、異常がある児童にのみ結果の紙をお渡しします。異常がなければ特にお知らせはしません」

今までもずっとそうでした。多分1年生の保護者からでも問い合わせがあったので、わざわざそんなことが書かれていたのでしょう。そう思っていました。

だから持って帰ってくる=何か異常があったということ。

まぁとにかく開けてみました。結構ドキドキします。

『検査結果のお知らせ、あなたの受けられました検査の結果は次の通りです。』

尿検査とぎょうちゅう検査の結果でした。

糖(-)蛋白(-)潜血(-)そしてギョウチュウ卵(-)

でした。ここまで見てホッとしました。よかった。異常ないじゃない。

しかし、

この紙、どこにも「正常」とか「異常なし」とか書かれていない。かといって「再検査」とも、「異常あり」とも書かれていない。もちろん見ればわかると言えばそれまでだけど、ちょっと不親切なんじゃない。しかも異常がある児童にしか渡しませんと書いておいて、矛盾してない?

安心してホッとしたら、なんだかこんなことに振り回されて逆に腹が立ってきました(*_*)

それで学校に電話しました。

そしたら担任の先生、この封筒のこと、全くご存知ない。どうやら担任の先生がいない時に、養護教諭が配ったらしい。それもどうかと思う。

「調べて電話します。」

そして数分後、

「やはり、わたしが教室にいない間に○○先生(養護教諭)が配られたようです。そして○○先生も封筒の中身については全くご存知ないんです。今は個人情報の保護とかがうるさいので…。全部の学年に配られたようで、チラホラ同じような問い合わせも入っています。」

そりゃあそうでしょう。誰だってそう思う。でももしかして、わたしユウの尿検査にはちょっと神経質かもしれない。あけた瞬間、無意識に糖という文字に一番に目が行った気がする。遺伝じゃないし、兄弟で発症というケースは少ないけれど、やっぱり気にしていないといえば嘘になる。だから余計に今回のこと、無性に腹が立ってきて、嫌だった。

そしてそうしている間にナツが帰ってきました。

「ねぇナツ、こんな封筒もらわなかった?」

「うんもらったよ」

やった~~~。ナツも全て(-)でした。

でもよくよく考えたら、尿検査は1次検査で引っ掛かったら2次検査のキットが配られるんでした。それをもらっていないんだから、異常なしのはずなのに、そんなこともすっかり忘れていました^^

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難しい年頃

 3日前の出来事です。ナツのクラスのお友だちで大きな喧嘩がありました。それも男の子(仮にTくん)と女の子(仮にRちゃん)で…。

何でも、Rちゃんが他の女の子のことでTくんをからかったらしい。

「やっぱりTは、○○ちゃんのことが好きなんや~~~」という乗りで.。それだけが原因なのか、他にもいろいろ嫌なことを言われていたからか、ただ単にTくんがむしゃくしゃしていたのかわかりませんが、この一言に切れたTくんが、いきなりRちゃんの顔面を4回ほど殴打、そして逃げるRちゃんを靴箱のところまで追い詰めて、お腹に膝蹴りをしたらしいのです。

泣き叫ぶRちゃん、、顔は腫れたそうです。そしてその日のうちに両方の家庭には先生からことの詳細が連絡されたようです。

ナツから聞いた話なので詳しくはわからないけれど、聞いていて背筋が寒くなりました。しかも周りで見ていた子たち、誰も止めようとせず、中には「もっとやれ~~~」ってはやし立てる子もいたとか…。

次の日はふたりとも普通に登校し何もなかったかのように授業を受けていたようです。

そして面白いのはふたりのお母さんの反応。

「ねぇTくん、昨日お母さんに怒られたん?」

「家に入れてもらわれへんかった」(ええ~~~どこで寝たの?)

そして

「ねぇRちゃん、お母さんになんか言われた?」

「『あんたは口が悪いからや』って言われた」だそうです。

それを聞いてふたりのお母さんの顔が目に浮かびました。

わたしなら、どう対応するだろう。もしユウが誰かに怪我するほど暴力を振るったら…。もしナツが誰かに顔が腫れるぐらい殴られたら…。5年生ぐらいから難しい年頃になってきます。男の子はますます力が強くなるし、女の子はますます口が達者になってくるし、でも理性は利かないし。

そして学校では授業時間を使ってその事についての話し合いもあったようです。その中で、人を傷つけたり嫌な思いをさせる言葉はやめようということを勉強したようです。

先生が、「わたしは口が悪いと思う人」って言ったら、ほとんど全員が手を挙げたようです。そんな中で、クラスでも特に口が悪い女の子ふたりは手を挙げなかったらしい^^;

「みんなでじ~~~~~っと見たんだよ、でもその子たちは手を挙げないの、自分で悪いこと言ってないつもりなのかな」って言っていました。

クラスの中でも段々嫌われている子が決まってきて、女の子の仲良しグループができてきました。自分の自慢ばかりする子、わがままな子が疎まれてきました。ナツは毎日のように、○○ちゃんがこんなことを言ったとかこんなことをしたとか…。そして3人でまわしている交換ノートにも大体いつも同じ子の悪口が書かれています。

難しい年頃になってきたなぁと思います。

そんな中、ナツの最大の関心事は今度の自然学校のグループ分け。嫌いな○○ちゃんと一緒になりたくない。中のいい○○ちゃんと同じ班になりたい。でもみんな考えることは同じ。

親としての勝手な思い。ナツにとって注射や測定が自然にできる、そんなお友だちと一緒に自然学校に行けたらいいな、な~んて思っています^^;

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受診間隔あけたいなぁ

 今週の月曜日はナツの外来受診日でした。ナツのかかっている病院では、1回の受診で測定用チップを5箱(125枚)もらえます。そしてこれは4、5週間でなくなる量なので、どうしても受診間隔を1ヶ月以上あけることができません。

先生は次回の受診日を強制することもなく、こちらの希望する日で予約を入れてくれるのですが、さすがに2ヶ月、3ヶ月先を希望することができないのです。1度、2ヶ月先にすればチップを倍量もらえるか交渉してみようか、それともチップを自費で買おうかとも思っていたのですが、4月からナツの小慢の医療費が返してもらえるようになり、それなら自費で買うより、まめに受診する方がまだいいかなと考えたのです。。

でもナツには1ヶ月に1回でも病院に行くのは面倒。それに行ったからといって何かが変わるわけでも、状態がよくなるわけでもないのなら、インスリンやチップを出してもらうだけで十分なのに…。もちろんコントロールが難しい時や相談したいことがあるときは、その時点で診察を受ければいいのだし、血液検査も尿検査も毎月必要だとは思えない。

そんなわけで初めてわたしがひとりで行きました。当然いつも持っていく血糖測定器も持たずに。ナツの主治医の先生は、血糖測定器からデータをとって、診察材料にされます。なので測定器もなければ、特にコントロールについて話すこともない。

実際中学生の子は、ほとんど受診に来ません。お母さんだけがこられています。それでいいんじゃないかなと思っていたのですが、変な宿題をもらってしまいました

「お母さん、パソコンは触られますか?」

「はい、少しなら」

「じゃぁ、血糖のデータをパソコンでみられたことはありますか?」

「いえ、ないです。あっそんなことができるんですか?」

「ええできますよ、一度やってみてください」

(はて?そういえば一番最初にもらった時、測定器の使用方法のところにそんなことが書いてあったけど、確か専用のソフトがいるんじゃなかったっけ…。もう2年以上前のことなので、忘れちゃった)

その後、急に先生、

「ソフトは渡していますよね」

「は?ソフトですか?いいえ、もらっていませんけど…。それがないとできないんですか?確か、そんなことが書いてあったようなのは覚えています。」

「えっ渡していませんか?おかしいなぁ、みんなに最初に渡すんですけど…。また見ておいて下さい。なかったらまたお渡ししますから…。」

で、診察終わって帰ろうとしたら、先生急に、

「もしかしたら、1個残っているかもしれないんで見てきます。ちょっと待っていてください」と医局に帰っていかれたので、じっと待つこと15分

ありました。

「じゃぁ今度から測定器は持ってこれない時は、これでデータを出して持ってこないといけないんですか?」

「そうですね。そうしてもらえたらいいんですけど、こっちでもデータを残しているんで、やはり時々は測定器を持ってきてもらいたいんです。」

というわけで、変な宿題をもらってしまった。主人にやらそう^^;

まだ何もしていない不精な母です。

最初の頃はそういうのができると便利と思っていたのですが、最近のわたしたち親子、それほど血糖値には関心がない。いい意味で振り回されていない。それに血糖値の一覧表を見ても、そこに打ったインスリンの単位や食べたものとか体育があったとかそういうことが書かれていなければ意味がないし、後々の参考になるわけでもない。

結局は先生にとっての診察材料を作るだけの事。そのためにナツは測定のたびに、いつも食後マークを付ける、付けないを考えないといけないし、1時間ほど時間を空けて、2回測ったら、最初のデータは上書きされて消えている。なので、やっぱり手書きの自分でつけている測定表を見るほうが多い。

そんなこんなで、後にマロンの病院も控えているというのに、ナツの受診、変に手間取ってしまった。しかも会計、他に2人しか待っていないのに、15分も待たされるし…。

若い医療事務の女の子たち。

「こういう場合は、『小慢』よりも先に『特定』を先に入れておくほうが、後々いいみたいよ。レセのこととか考えたら~」なんて5人も集まってうざうざ言ってるし。

(ちょっと~お勉強会なら後にしてよ~。こっちは5750円さえ払えばいいんだから)

そしてやっと会計して処方箋もらって、院外薬局へ。

ここも他に誰もいないのに、延々25分待たされる。今回はたまたまナツの花粉症のお薬を一緒にもらったせいもあるけど、薬剤師さん、4人ぐらいボーっとしているんなら、手分けしてもっと早くやってくれないのって言いたくなる。

今回の受診、マロンのことがあって余計にイライラしていました。受診は余裕のある日に行こう。そして時間をつぶせる本でも持って行こう(いつも忘れちゃう)。でもできれば受診間隔あけたいなぁ。チップをなるべく使わないようにしてでも、2ヶ月に1回ぐらいにしたい、としみじみ思いながら帰りました^^;

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マ、マロンが~>_<

 「マ、マロンが犬に噛まれた~~」とナツが叫んで帰ってきました。日曜の夕方のことです。主人とナツがマロンを連れてお散歩に行った帰りの出来事。たまたま犬を2匹飼っているおうちの前を通ったら、いつものようにマロンを見て2匹が吠えまわっている、それはいいのですが、そのうちの1匹のリードがはずれてマロンに飛び掛ってきたそうです。

マロンくん、下腹に3㎝の傷が、できていました。でも出血は全くなく、擦り傷程度に見えました。ただそんなところを噛まれるという事は、押し倒して上から乗っかったということ?

ナツの話だけでは様子がイマイチわかりませんが、例によって主人は何にも教えてくれないし。

わたしがさっとマロンを抱きかかえていたらこんなことにならなかったのに」とナツ。

実は、最初に飼った「チワワの飼い方」という本の中に、『大きな犬に吠えられたりしたときに飼い主がさっと抱いてその場を去ろうとするのは犬のためにはよくない』というようなことが書かれていて、子どもたち、本に書いてあることが100%正しいと思ってそれを守っているようなところがあります。

わたしはキャンキャン吠えられるぐらいなら、抱きかかえて走ってでもその場を早く去りたいという考え。まして今回みたいなことになることもあるのだし、逃げることも必要だと思うのです。どんなにマロンが頑張ったところで、身体の大きさが5倍近くもあるような犬にかなうわけもなく、結局傷つくのは弱いほうなのです。

そういう意味で今回のことは子どもたちにとってはいい勉強になったかな、な~~んていまは笑い話ですが、昨日は大変でした^^;

まず正義感の強い子どもたちは今回のことにカンカン。先方さんもご主人がその場にいらして、一応謝ってはくれたのですが、それでは気がすまない子どもたち。でも、田舎のこと、あまり治療費だ弁償だという話にはしたくないのが本音です。

そしてマロンは…というと、怖かったショックで、ケージに入ってしまって、(いつもなら誰かの周りをうろうろするのに)顎をついて寝ています。

月曜日、朝からご飯を全く食べようとしない。いつもは飛びつくささみも、治療食のレトルトフードも骨ガムにも目もくれず、それでも朝はまだ走って散歩ができたのに、午後には散歩にも行きたがらず行っても座り込んで動かない。獣医さんに連れていかなきゃあ(*_*)

運悪くナツの外来予約の日でした。3時、子どもたちが帰ってくるのを待って、ナツの病院へ。今回は初めてわたしがひとりで行くことにしました。ナツの病院、1回の受診で測定用のチップを5箱しかくれません。それで、受診の間隔を1ヶ月以上あけることができないのです。でもこれはナツにはとても負担。なのでナツを連れて行くのは2ヶ月か3ヶ月に1回にしようと思っていたのです。

ナツを友だちの家に送っておいてそのまま病院へ。

5時過ぎ、帰宅。そのままマロンを連れてマロンの病院へ。

先生の診断では、怖かったことのショックと痛みで食欲がないのでしょうということでした。あまり痛いのはかわいそうなので、痛み止めを2日分だけいただいて帰りました。しきりに傷口やお尻を気にいていたマロン、もしやばい菌が入って膿みかけていたら…と心配したのですが、お尻が気になるのは肛門腺が溜まっていたせいでした。ついでに絞ってもらいました。そういえば2ヶ月ほど絞っていなかった。

夕方から少しずつフードやささみも食べだして、まずは一安心。そうそう気になるお会計の方は、わずか100円でした。もっと高かったら相手の犬の飼い主さんに請求することも考えたのですが、まぁいいかと思いながら帰ってみると…

ユウが、「昨日の叔母ちゃんがケーキ持ってきてくれてん」と言って冷蔵庫から出してきました。

「えっ昨日の叔母ちゃんって」

「マロンを噛んだ犬の家の叔母ちゃん」

そしてその後、電話までかかってきました。病院に行ったことを話したら、治療費は払うとおっしゃったのですが、わずかな金額だし、結果、何もなかったわけなので、丁寧にお断りしました。それにケーキいただいちゃったし^^;

マロンの怪我のせいで食べられたケーキは親子3人でおいしくおいしくいただきました。

子どもたちもそれで一応納得して一件落着です^^

ナツの外来の事などは、また次回ということで…119_1923

【写真】噛まれた日の夜のマロン。今見てもやっぱり痛そう。

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ナツの冒険

 金曜日に友だちと約束をして帰ってきたナツ。土曜日の午後、その子たちと校区内をサイクリングするそうです。しかもお小遣い持ちで…。

ナツたちの学校は自転車で子どもだけで行き来できる範囲を「学校の決まり」の中で定めています。3年生になったユウは、今までは来れなかった友だちが来てくれるようになりました。そして5年生になったナツはこれで校区内はどこでも自由に行き来できるようになりました。

ナツたちの校区はとても広くて端から端までは電車で2駅。いくら自転車とはいえ、かなりの距離です。そしてもうひとつの目的。お小遣いを持って好きなものを買うこと。

最初にその話を聞いた時、正直心配でした。自転車に長い時間乗って運動量が増すと低血糖を起こさないかな、自転車に乗っている時に下がってこけたら怖いだろうなということ。高めにコントロールしたらいいんだけど、お小遣いで何を買って何を食べるかわからない。その時のインスリンをどうするか。高めすぎてトイレに行きたくなっても困る。

でも、そんな事を言っていても仕方がないので、とにかくOKしました。

お小遣いは300円と決めていたので、そんなに血糖が上がるほども食べられないだろうし、所詮校区内、しかも半日。どうにかなるでしょう。測定器具もインスリンも持たせずに行かせました。

1時半、お友だち2人が迎えに来てくれました。その子たちは、うちまで来るのに既に20分は自転車をこいでいます。

そして最初の目的地、「焼き鳥屋さん」。でも休みでした。そして校区内を走り回って、昔からある小さなお店で、お菓子を買ったそうです。その時、ひとりの子はジュースを買って飲みたかったそうですが、100円のジュースを買うとお小遣いがすぐに減ってしまうので諦めたとか…。

小さなお菓子を色々買って、2時半ごろ戻ってきました。それからうちで4時半ごろまで遊んでいました。そして最後に「お好み焼きやさん」に行って、9個で300円のたこ焼きを3人で頼んで分けて食べたそうです。そこで解散してナツだけ帰ってきました。

高そうなので、とりあえず、3単位追加うち。たこ焼きは2個だけ食べて1個は友だちにあげたとか…。

7時夕食前には血糖値80でした。まずまずです。

「すごくすごく楽しかったよ。また行こうねって約束したの」

この言葉に行かせてやってよかったと思ったのでした^^

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体操教室

 昨日の関西地方は急に気温が下がり、大荒れの天気になりました。そんな中、家庭訪問がありました。ユウの先生が、2時半。ナツの先生が4時過ぎ。そしてその間の時間を利用してナツの体操教室で使う上靴を買いに走りました。

ナツは、発症時の2年生、そして3年生と市主催の体操教室に通っていました。昨年だけは、抽選で漏れて1年間お休み。そして今年も、募集45名に対して68名の応募。激戦です。でも抽選の結果、通りました。

7時から8時の1時間、体育館で、鉄棒、跳び箱、マット運動をします。1年間のお休みですっかり血糖コントロールも忘れてしまい、しかも上靴がいることも忘れていて、買いに走ったというわけです。

抽選の結果が届いて、手続きに行くと、毎回ですが申込書に健康チェックを書かされます。既往症、現在かかっている病気。当然ナツはそこに「1型糖尿病」と書かなくてはいけません。発症時には、その時の責任者の先生に簡単に病気の事、低血糖の事を説明しました。体育会系の先生たちは学校の先生よりも低血糖という言葉になじみがあり、すぐに理解してもらえました。

補食用のジュースをペットボトルクーラーに入れてお茶のように見せて持ち込みさせてもらいます。いつもみんながお茶や荷物を置いている一番端っこにそれを置きます。そしてわたしは保護者用の観覧席(といっても2階です)で見学しています。

その時の先生も去年異動されてもういらっしゃいませんでした。でも受付していただいた先生が、

あぁ~○○ちゃんですか?聞いていますよ。今年は抽選とおったんですね。えぇ大丈夫ですよ」と快く引き受けてくださり、本当に嬉しかったです。

おかげで昨日も安心して参加できました。

と言いたいところですが、補食用のジュース、買い置きがなくて、行く前にコンビニで買おうと出かけたら、ペットボトルクーラーを持っていくのを忘れた>_<

仕方なく、お茶に見える林檎ジュースにして、ラベルをはがして持って行かせました^^;

体操中にこのジュースのお世話になることは、今までもほとんどなかったのですが、終わるなり、「低いかも~」と言いながら帰りの車の中で飲むことはよくあります。終わって測ったら、50台ということもしばしば。運動効果を甘く見てはいけません。

先生方も入れ替わりがあり、半分以上は知らない先生。それでもナツの事を知ってくれている先生がおふたり、安心しました。

久しぶりの体操、前回よりもワンサイズ大きな体操服になったナツ。みんなと並んでいる姿は細い。背は随分伸びたけど、余計細く見えました。それでも元気にひさしぶりの体操教室、楽しんでいました。同じ班の子とすぐに親しくなり、跳び箱も1年間のブランクも何のその(←単なる親ばか)開脚、閉脚、台上前転とすんなりクリアー、頑張っていました。

帰りの車の中で、新製品のビスコ(はちみつ林檎味)を、行くときに寄ったコンビニで買っていたので、それを食べたけれど、寝る前の血糖値は190とまずまずのコントロールです。

が、…

運動効果を甘く見てはいけません。ランタスが10単位だと下がりが悪くなってきていたので、190もあるし、追加で打ちたくないしということで、ランタスを増やして11単位打って寝ました。

そして今朝は…

45でした。

ね、だから運動効果はあなどれないのです。1年のブランクに負けたのはわたしでした。

来週から体操教室の日の夜間の低血糖には十分、注意しなければ^^;

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ナツ家のGW~PART2

 もう1週間も前の話になってしまいますが、ナツ家のGW、5月3日は三田にてバーべキューをしました。といっても、主人のテニス仲間の方たちに誘っていただいて急遽参加しました。

三田までは車で1時間、わたしにとってはほとんど初対面の方たちばかり、しかも主人たちがテニスをしている4時間ほど、わたしは子どもたちとマロンで公園で遊ばないといけないし、正直気乗りのしないわたしでしたが、子どもたちの「行く行く!」という嬉しそうな声に誘われて、しぶしぶ。

でも三田とはいえ、山の中の閑静な静かな公園、うぐいすが鳴いていました。そんな中で子どもたちとマロンと過ごした半日、そして三田牛を思いっきり食べた昼食。久しぶりにリフレッシュできました。118_1884

帰りは近くの鹿の子温泉にゆっくりつかって、夕食まで食べて帰りました。

マロンが来てから、出かけてもなるべく早く帰ってやるようにしていましたが、今回は一緒なので久しぶりに時間も気にせずのんびりしました。

118_1893 2日は1日中ケージでお留守番だったマロン、3日は逆に1日中、外で過ごしみんなに遊んでもらって少し疲れたようです。

そして気になるナツの血糖。バーベキューは炭水化物全くなしのお肉と野菜だけだったので、お昼は打たなかったのに、3時で280とそれほど上がっていません。この時点で2単位だけ打っておきました。

全般的に高め安定?のGW、測定は寝る前の1回だけで強気強気で打っていくのに、ほとんど低血糖になることもなく、そして寝る前の値がいつも100~150の間に入るという神業のような日々でした。

思えば昨年のGWはランタスに変更するために、毎日学校生活の時間帯で生活し、ひどい時は一日10回も測定。それに比べると1年経つとえらい違いです。今年はBSに振り回されず、自然体で過ごせて本当によかったです。

さてGWもあけて今日で3日。学校モードに身体が慣れるまでちょっと大変みたいですが、明日は家庭訪問、そして自然学校の準備に向けてまた頑張っていきましょう^^

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ナツ家のGW~PART1

 我が家のGWは5月2日から始まります。毎年4月の最後の土曜日が、参観&懇談会&PTA総会でその代休を4連休にくっつけてくれる学校の配慮。そんなわけで、2日は意外とどこも空いているのをいいことに、この日にお出掛けをします。

その前に、新1年生歓迎遠足が5月の1日の予定でしたが、これは雨天で中止、学校内でおやつを食べお弁当を食べ、遊んで帰ってきました。遠足がGWのど真ん中の登校日にあるので、前半はどこにも行けません。でもそのおかげで2日は思いっきり楽しめました。

行った先は「王子動物園」。実はエキスポも候補としては考えていたのですが、最近毎年GWには遊園地に行く我が家、ジェットコースターもちょっと飽いてきて、久しぶりに動物園もいいかな…と。それにナツももう5年生。おそらく動物園を楽しめる最後の年代になってきました。118_1869

前に行ったときは駐車場が満車で入れませんでした。でも今回は、10時過ぎに着いたにもかかわらず、余裕で入れます。だって世間はお休みじゃないんですもの。園内も結構空いていました。何よりも適当な曇り空で暑くもなく、寒くもなく本当に快適な一日を過ごせました。

ナツが発症してから、遊園地、テーマパークetc 何回か行って、最初の頃はBSと測定と注射に振り回されていたような。

駐車場が遠くて入園するなり、低血糖。お昼ごはんを食べるにも列待ちなんていう失敗も数知れず。少なめに打ったらジュースを飲みすぎて高血糖。ジェットコースターを待っているうちに下がりすぎて乗るなり低血糖になったらどうしようなんて心配もしたり。

おかげで経験値もアップして、今回はとても自然に過ごすことができて、やっと非日常でもインスリンが生活の一部になったんだなぁって思いました。

入園前にコンビニでお弁当やおにぎりをしっかり仕込んで、打つ単位も「歩く、でも食べる」で普段どおり。ほとんど測定もせず体感だけでとってもいい感じ。

動物園って小さな子どもがすごく多かったけれど、考えようによっては大人のほうが楽しめるかも。面白いのは、わたしや主人にとってはパンダコアラがすごく興味あるんだけど、だって昔の動物園にはいなかったから。でもナツやユウにはパンダよりもゾウライオンの方が興味深いようです。

コアラ、見たっけ?」っていう感じ。118_1844

毎日1匹のチワワに振り回されているナツ家にとっては、こんなにたくさんの動物、餌やお世話はさぞ大変だろうなぁ、餌代なんていくらかかるんだろうって変なところに感心したりして。

久しぶりの外で食べるお弁当は本当においしかったし(コンビニのお弁当だけど)、とっても楽しいGWの一日でした。118_1874

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それってどう?

 ちょっと古い話ですが、先日の学級懇談会の時の話です。この日は参観からPTA総会までを午前中に終わらせないといけないので、過密スケジュールです。懇談会もわずか30分です。

そんな中でなぜか自己紹介という時間、もちろん親同士はみんな5年以上のお付き合いですから知っています。先生が「わたしがお母さんたちのお顔と子どもさんとが結びつかないので…」ということで、15名程度の保護者の自己紹介が始まりました。

こういう場ではわたしはナツのIDDMのことは何も話しません。こんな短い時間でこちらの思いが伝わるとは思えないし、全員が出席していない場で何か話すと、うわさのようになって変に広がるだけだからです。先生のための自己紹介なら、なおさら何も言うことなんてありません。名前と町名と「よろしくお願いします」だけの一言です。

そんな中でちょっと「それってどう?」っていうお話。

ある男の子のお母さん。

うちの子は朝起きられないんです。」

わたし内心、えっ何か病気、体調が悪いから…?って思ったのですが、その後

去年はなかなかみんなと一緒に並んで登校することができなくて、わたしが後からよく車で送りました。今年になって何とか一緒に行くことができる日が多くなりました。」

そしてその後、

身体はいたって健康で丈夫なんですけどね、朝に弱いんです。」

思わずどてっとこけました^^;

何それ?それってどう?要は親が甘やかしているだけじゃないの?

そのお母さんは確か1年生の時にはこうおっしゃっていましたっけ

うちの子は野菜が食べられないんです。」

その時もわたし一瞬食べられない=アレルギーって思っちゃった。

そしたらその後こう続く

とにかく好き嫌いが激しくて野菜がどうしても食べられなかったんですが、給食が始まってみんなと食べるようになって少しずつ食べられるようになりました。」

つまりそれまで親が甘やかしていたってことなんじゃないの?

もうひとりの女の子のお母さん。

うちの子は先生が変わると学校に行けなくなるんです。」

今年も始業式の日は元気に行きました。担任の先生が誰か楽しみで行きました。でも取っ付きが悪い子で新しい先生に慣れるまで学校に行けないんです。案の定、2日目から行きたがらなくて、『新1年生の子を連れて行ってあげないと駄目じゃない』って言ったら、じゃぁ行くって言って何とか行ってくれました。」

それってつまり、自分の子が不登校になるかどうかは担任の先生、あなた次第よって言っているようなもんじゃないの?って聞いていて思ったのはわたしだけだろうか?

はぁ~~いろんなお母さんがいます。でも懇談会のこういう場で言うより、個人的に先生と相談したらどう?って思ってしまう。しかももう5年生、ちょっと次元が…って思ってしまう。

こんな調子なので、30分の懇談会はあっという間に終わってしまい、肝心の自然学校についてのことは何の話もなく、また説明会がありますからということと日程の報告があっただけでした。

最近の学校、ちょっと何かあったら、いじめ?自殺?子どもの人権は?って変な風に子どもが守られすぎているような感じ。あくまでも集団行動で、先生はひとりで33人のクラスをもつ、そんな中で親の要求はちょっとエスカレートしすぎていない?

以前に校長先生から言われた言葉、「学校というところは『プチ社会』です。いずれお子さんは大きくなって社会に出て行きます。そのための準備をしていると思ってください。学校では先生や親御さんに守られているけれど、社会ではもう誰も守ってくれません。いきなり社会に出て戸惑わないようにその練習をする場が学校です。」

こんな風に親が守りすぎている子どもたち、ちゃんと巣立つことができるんだろうか?

わたしもナツのこと、守りすぎて過保護にならない程度に見守っていってやろう、そう思いました。

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素敵なお父さん^^

本題に入る前に少し前置き…

ナツたちの学校にはダウン症の男の子が通っていました(Mくんとします)。この春に卒業して中学生になりました。Mくんののお母さんは、学校のお隣の保育所の栄養士さんでおばあちゃんは園長先生。それまで障害児、病気のある子の受け入れを拒否してきたその保育所で最初に受け入れたダウン症の子どもさんでした。もちろん園長がおばあちゃんだから…、その保育所、以前に1型の子が発症した時は転園させたらしいです。

話がそれましたが、保育所当時からMくんのエピソードは色々ありました。そして学校では6年間、特別学級に在籍しつつ、可能な限り普通のクラスの子たちとも過ごしていたようです。病気の特徴でMくんははすごく大柄、だから運動会、マラソン大会は苦手でした。でも学校側の配慮でいつもMくんが、ビリでゴールする時、テープがもう一度張られました。マラソン大会では先生が伴走し、みんなの拍手喝さいの中、最後にゴールする彼の姿が毎年見られました。そして観客席では涙するお母さんの姿がありました。

そんなMくんもこの春から中学生。そして入れ替わりのように、この春、違う小学校から異動してこられたH先生、なんとMくんのお父さんです。

「今度来たH先生ってMくんのお父さんなんやって。でもすごく怖いの。4年生の担任なんやけど、あの○○(問題児くん)が怒られてしょんぼりしてた。」

○○くん、去年は担任の若い女の先生を泣かして、一躍学校中で有名になったのになぁ。

そして先週の土曜日には、初めての参観&懇談会&PTA総会があって、学校に行ってきました。ナツたちの学校では毎年総会の時に、生活指導の先生から「学校のきまり」についての説明があります。そして今年はそのH先生が説明をされました。

H先生は、いきなりこう切り出されました。

「説明の前に、わたくしごとで大変恐縮なんですが、Mがこの6年間本当に皆さんにお世話になりました。マラソン大会等、親として感謝の思いでいっぱいです。」

もちろんH先生がMくんのお父さんだということを知らない保護者の方もおられるはず。新1年生の親御さんからしたら、何のこと?って思うかも。それ以上にわたしはH先生がその事をこんな場で公にされるとは思っていなかったのでびっくりしました。

ナツからは怖い先生とは聞いていたけれど、何の何の、素敵なお父さんです。この家族がMくんの病気とともに歩んできた12年間の思いが一瞬にして感じられてちょっと胸が熱くなりました。

「おかげさまでMは中学に行って、なんと卓球部に入って頑張っています。これからは親子でダイエットに励もうかと話しています。」と話されました。

H先生がナツの学校に来てくれたことがとても嬉しかったです。H先生にはそれなりの思いがあって、敢えて息子さんの卒業された学校を希望されたのでしょう。こんな先生がどんどん増えてくれるといいな。昨年は色々あったナツの学校ですが、なかなか捨てたもんじゃないななんて思いながら帰りました^^

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