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プレキャンプに行ってきました^^

 昨日はわたしたちの住む兵庫県のIDDMサマーキャンプのプレキャン(団結式)が神戸で行なわれました。去年はサマキャンから帰ってくるなり、「もうキャンプなんか行かない」と言っていたナツですが、結局今回も参加することになりました^^;

午後1時から行なわれ、まずキャンパーの自己紹介、そして保護者の自己紹介、ボランティア、医療スタッフ、製薬会社、食品会社など協賛会社の紹介などで1時間かかります。今回思ったのは、保護者の自己紹介で数名の方が、このキャンプに参加する目的のひとつとして「同じ病気を持つ友だちを作って欲しい」「周りに同じ病気を持つ人が誰もいない」ということを言われました。中3の男の子のお母さん、「折角同じ病気を持つ友だちができればと思ったのに、男の子の参加者が少なくて残念、OBの人たちと色々話ができたら」と言われていました。

兵庫県では高校生以上はOB、OGになります。それに発症率からして男の子のほうが少ないのは仕方がないかな。

そして先生の挨拶の中でも、同じ病気を持つ仲間と接することの大切さということが取り上げられ、ある調査でも将来合併症が出る確率が、同じ病気を持つ人と接しているかいないかで違ってくるというデータが証明されているという話がありました。おそらく仲間がいるということで、情報交換しながら病気とうまく付き合える…そういうことが、はっきり合併症を遅らせることにつながっているということでしょうといわれていました。

その後、子どもたちは目の検査、団結式、担当ボランティアとのコミュニケーションを図ります。保護者は、場所をうつして体験談、勉強会となります。

いつも思うのですが、そこまで仲間作りの大切さをうたわれるのなら、保護者にも座談会のような場を設けてくれたらなぁ~と。お互いに情報交換したり体験や思いを話し合う時間をとってもらえたら嬉しいのになと。

いつも講演を聴くという形で、2時間じっと座っています。確かに良い話や最新の情報を得ることもできるのですが。

今回は、9歳で発症、歴16年の女性の体験談でした。

とても笑顔のチャーミングな素敵な女性でした。大学卒業後、中学での英語の非常勤講師をされ、現在は『日本慢性疾患セルフマネジメント協会』でボランティアとして活動されています。穏やかな雰囲気と笑顔からは想像できない辛い時期を乗り越えてこられた方であっという間の30分間でした。簡単ですがその方のお話から…。

9歳で発症され、すんなりと病気を受け入れてこられたのですが、思春期、食べたい盛りの高校生ぐらいから精神的にもコントロールの方も乱れてきます。当時のインスリン事情と今とではやはり格段の差があったんでしょうが、食事前のBSが、250を越えていたら食事の量を半分にされてしまう、そのために測らないで嘘の値を親にいう。病院に提出するBS表にも嘘のデータを書いて出す。A1cはどんどん悪くなり、10%を越えてしまう。身体もしんどい、でも食べたい、やがて隠れ食い、過食、食べ吐きへと進んでしまう。

検診はとても苦痛だったそうです。黙って何もいえない彼女の横でお母さんはまるで告げ口するように主治医に、「お菓子を食べる」とか「測定しない」とか言うそうです。当然親子の関係も悪くなる。大学に入って、一人暮らしをしたかったけれど、親に反対され3時間かけて通った1年目、何とか友だちをふたりで暮らすことを許可してもらった2年目。

卒業後は無事に就職できたにもかかわらず、大きな低血糖発作を起こし、周りの人に迷惑をかけたことが原因で、高めにコントロールしようと結局は13%を越えてしまったそうです。2年めで、「一度人生のレールを降りよう」と退職、教育入院をして、同じ病気を持つ仲間に出会えたことで大きな転機を迎えます。

例えば、「朝起きて血糖が50しかなかった、そして補食したら300を越えてしまった」というような話を、病気を知らない人に話すととても大げさになってしまう。でも同じ病気を持つ仲間となら、気軽に話せて「そうなんだぁ、今はもう大丈夫?わたしもあるよ~そういうの」で終わる。そういう会話をできる相手がいるということがとても大切だということ。何だかブログをしているIDDMママたちにも当てはまるような気がする。

「今はとても幸せです」といえる彼女はポンプでコントロールされています。「両親にもとても感謝しています」と言われていました。辛い時期を乗り越えてこられたから、今の笑顔があるのでしょうね。どうか、このまま合併症が出ないで素敵な人生を送れますようにと願わずにはいられませんでした。

そんな彼女からの素敵な言葉♪

「人との出会いで人は変われる」

「糖尿病をもつことで、視点がひとつ増えた」

そして

IDDMの子どもたちにもメッセージ

「あなただからこそできることがある!」

その後、キャンプの主催医師のT先生から、「1型糖尿病とは」に始まって最新の情報まで盛り込んだ勉強会、そんな中で気になる話、やはり思春期からのコントロールが一番難しいこと、インスリンは倍量に増えてもかまわないこと、25歳ごろから自然にまた減ってきてコントロールも楽になるからその時期を何とか乗り越え、そして将来もっと良い方法が出てくるまで合併症を起こさせることのないようコントロールを続けること。

T先生の患者さんでひとり、腎不全、透析になった方は、ある日親御さんから電話があり、「うちの娘知りませんか?家を出て、3ヶ月も連絡が取れません。先生のところにはインスリンがなくなると絶対に行くはずだから」との問い合わせ。それから1ヶ月半後に現れた時には、網膜症、腎不全、心不全の状態、今は市民病院に入院して腹膜透析を行なっているとか…。ため息の出そうな話です。改めてこの病気の大変さ、難しさを思い知らされます。何かがひとつ間違えば、こうなってもおかしくない。

また逆に低年齢で発症したほうが、受け入れがスムーズで自然と受け入れている子どもが多いけれど、逆に23歳で発症された成人の患者さん。どうしても「どうして自分だけがこんな病気に…」というところから前へ進めない、受け入れるのに1年も1年半もかかる。心理カウンセラーの方もついているけれど、うまくいかないという状況。

その後、栄養の話などがあり、4時過ぎに終わりました。

そうそう最後にもうひとつ気になる話、親の会の代表の方から。

とある団体から、親の会として会員に障害者認定を勧めないかという打診があり、会としては断ったという話です。こうしてキャンプなどで普通の子どもと変わらない、注射さえ打てばなんでもできると言っているのに、その一方で障害者認定を取ることを勧める、それは矛盾しているからおそらく、顧問医師の先生方も認定が降りるような診断書の作成には積極的にはなれない。でもそれはもちろん特児とは別の話で、特児に関しては知らない人が多いので会としては、入会する方全員に情報として伝え、会としても勧めている。

そういった内容でした。ただしあくまでも障害者認定は成人してから患者自身が申請するものなので、その時になって申請する、しないは個人の自由だし、実際、病気を持っていることがハンディとなり就職が難しいのも事実。認定を取って障害者として就職するほうが、門が広いというメリットを求めたい人がいるのも事実。

これもちょっと悲しい話です。でも事実です。まだナツには先の話だけどいつかはぶつかる現実です。

子どもたちを迎えに行ったら、ちょうどハンカチ落としをして遊んでいました。

今回のボランティアさんとは直接会っていませんが、もうナツも5年生。それなりに自分でできているので、何とかなるでしょう。

今年初めて参加の5年生の女の子も入れて、同じ歳の子、近い子が増えてきました。友だちができるといいな、でも去年の苦い思い出もあるのであまり期待しないで、楽しみにしていたいなと思います。

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町水泳が始まりました。

 夏休みになって、月曜日からラジオ体操、町水泳など、夏休みメニューが始まりました。町水泳は各町ごとに当番のお母さん2人で子どもたちを学校のプールに連れて行って監視して1時間泳がせてつれて帰ってきてくれます。

日数は10日間、そのうちわたしが当番をするのは1日だけ、後の9日間は正直不安です。学校のプールとはいえ、先生はノータッチ。ちょっと水質検査にでてこられるぐらいで、主催はPTAですから…。

 ナツの発症は小2の秋なので、最初の町水泳は小3の夏でした。この時は、なんと10日間全て付き添いました。と言っても最後の20分ぐらいですが…。だってとにかく暑い。まともに毎日1時間付き添っていたらこっちがばててしまいます。かといって、自分で低血糖が完全に自覚できないナツを他の保護者の方に任せておくわけにもいかず、まさかナツだけプールに行くなとも言えず…。苦肉の策です^^;

去年は父の葬儀やなんやで、7回しか参加できませんでした。それにランタスに変えてから、プールに入っても急激に下がることはなくなりました。気がついたら町水泳終わっていたなあっていう感じでした。

そして今年…。

更衣室においているプールバッグの中には補食用のブドウ糖&ポカリ。でもそれを勝手に取りに行くわけには行かず、

「当番のお母さんに声を掛けてからいくのよ。それとも当番のお母さんに持っておいてもらう?」

それはイヤだそうで…。でも少しずつ成長しています。

「自分でわかるから下がったら更衣室に行って補食する。」

「自分の命は自分で守らなきゃ」

と言って出発しました。

「初日から失敗したらイヤ」と言って行く前に測定。食後1時間だと言うのに、158しかありません。プチおまんじゅう1個とチーズを補食してから行きました。

集合場所は家からすぐ近く。そして当番のお母さんはお向かいの家の方、当然ナツの病気の事も少しはご存知です。集合場所まで行って、ナツの具合が悪かったら電話をしてねということと、途中で下がったら更衣室に行かせてやってということだけ伝えたのですが…。

「自分でわかるの?もし意識がなくなったらどうしたらいい?」って聞かれて、

さりげなく

「その時はもう救急車呼んで~」って言ったのですが、却ってプレッシャーになったのか、泳いでいる間中、ナツの方を目で追っていてくれたようです。

「なんかさぁわたしの方ばっかり見ているのがわかるの~。で、わざともぐって上がってこなかったり、ぷか~って浮かんで死んだフリした~」

オイオイ^^;

ちなみに無事帰宅後のBSは186でした。こんなことなら言わないほうが良かったかな、心配させちゃって悪かったかなぁと反省。もし逆の立場でわたしがそう言われたらどうなんだろう、負担かな、イヤかな、ちょっと想像できません。

でも言えるお母さんばかりではないのです。今年から新1年生がぐんと増えて、全く話をしたこともないお母さんたちが、数名。2名の当番さんのうち、ひとりに言えたらそれでいいんだけど、言える人ではなかったら…。当然ナツも話もしたことのないお母さんにいきなり具合が悪いとは言えないでしょう。その日は休ませようか、高めで行かせようか。

いつになってもプールだけは試行錯誤の毎夏です。

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七夕会

 7月21日、夏休み初日の土曜日、地区の子ども会の恒例行事「七夕会」が行なわれました。

そして今年は主人が子ども会の会長をしているので、この「七夕会」は我が家にとっては一大行事です^^;

わたしたちの地区の子ども会は、保育所3歳児から中学3年生までの大所帯です。なぜかというと子どもの人数が少なくてそういうことに決められたらしいのですが、どんどん増えて、今年は50名になりました。そのうち欠席は、中学2年生、3年生の女の子4人だけ、総勢46名プラス保護者で、ざっと70名が参加します。それをお世話するのが、9名の役員さんたち。

もちろん総指揮は会長である主人、裏方(台所)の総指揮がわたしというわけで、かなりプレッシャーものでした。

当日は4時に集合、まず七夕の飾り付けをします。笹(竹)は竹やぶに入って主人たちが切ってきます。かなり大きい^^;   笹を切るときになんと会計役のおとうさん、怪我をしてしまいました>_<

そして笹を飾って全員で記念撮影。その後は、役員さんのひとりの発案で地元で粘土の教室を開いている先生をよんで、粘土教室を1時間やりました。とうもろこしの粘土を使って、「トトロ」や「アンパンマン」のブローチを作ります。子どもたち、思ったより真剣でした。

でも小さい男の子や6年生ぐらいの男の子、なかなか言う事を聞かずに困ります>_<

その間にわたしたち、夕食の用意です。メニューがそうめん流し、唐揚げ、おにぎり。おにぎりはお米5㎏を炊いてみんなで握ります。唐揚げはお肉屋さんで注文しておいて分けるだけ、その量も5㎏です。そうめん流しは、もう3年前からの恒例で、以前は竹を切って半分に割ってつないで流していたのですが、去年の会長さんの発案で雨どいのトユを切ったもので流すようになりました。これもなかなか好評です。

しかしお天気は朝からずっと曇り、しかもちょうどそうめんを流す時間になんと雨が>_<

仕方がないので、先に公民館の中で、おにぎりと唐揚げを食べさせておいて…。そしたら何とかやんでくれました。その後、もちろんそうめんを流して食べました。そうめんは90人分、しかしほぼ完食です。

食べた後は、中で輪投げやらくじ引きやらをさせて遊ばせます。ふと気がつくと、ナツの注射を忘れていた~~(*_*)

あわててナツを引っ張ってきて、打たせました。この日は朝起きてきてから、測定は1回だけ、もちろん夕食前なんて測っていません。しかもそうめん、おにぎりどれぐらい食べたかなんてわかりません。もうこんな日は、とにかく安全第一で高めにキープ、4.5しか打ちませんでした。また家に帰ってから調整しましょう。

輪投げもくじ引きも思った景品が当たってナツはご機嫌でした。最期は庭に出て、打ち上げ花火をしながら、子どもたちはアイスを食べます。あっ、もちろんナツもです。アイスの分は後で追加打ちさせよう。この後肝試しも予定したのですが、道がぬかるんでいて危ないので中止、おかげで少し早く終了しました。

一人ひとつずつ、花火をもらって帰ります。役員のわたしたちには後片付けが待っています。

遅くなることも覚悟で9時に打つためのランタスも持ってきていたけれど、9時半に終わったので結局家に帰ってから打たせました。

9時半に帰ってから測ったBSは339。あわてて2単位追加打ち。そしてランタスはお風呂から上がって10時に打たせました。

バタバタしながらも何とかコントロールできるようになったし、BSを気にせず行事を楽しめるようになってきました。

こういう恒例行事のたびに1年毎の成長を実感します。特に今年はわたしも主人をそれどころじゃなかったので、無事に終わってやれやれです。

そうめんを流すとどば~~~~と群がって食べる食べる。アイスも出すなり、子どもたち殺到。とにかくみんなが楽しめて喜んでくれたら、早くから準備した疲れも忘れます。子どもたちの元気パワーをもらって帰りました。

でもそのわりに、昨日、今日を身体はだるい~。

こういう役目って向いている人、向かない人、色々あります。どちらかと言うと、主人もわたしも苦手なほうかも…。でも子どもがいるかぎりは避けて通れない。半ば順番のようにいつかは回ってくるのです。どうせしないといけないのなら、いやいやするより楽しんでやりたいな…そんな風に思って役を引き受けました。なので七夕会が終わって正直ほっとしています。他の役員さんに助けてもらいながら何とかなるもんだなぁと実感。まだ行事は残っていますが、自分のペースで自分なりにできればいいかなと思っています。

協力してくれたみんなに感謝、労をねぎらってくれた人たちにも感謝、喜んでくれた子どもたちにも感謝。楽しい夏の1日になりました^^

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父の一周忌

 先日の月曜日(海の日)に、父の一周忌を行ないました。本当なら親戚の人を呼んで、座敷を設けて…と言いたいところですが、親戚はみんな高齢だし、何より父の代で家系は終わり、跡をとるものがいないということもあって、ひそやかに行ないました。

1月から日取りを決めていました。住職さんからは、なるべく年忌が浅い間は、亡くなられた日に近い日取りを組むようにと言われたのですが、夏休みになると予定もあって結局2週間も早めて、16日にしたのです。その時はまだ母も元気でした。当日の予定を早くから考えていたようです。でも、この日、母はもういません。

わたしたち親子4人と姉夫婦、そして母の妹夫婦だけでお寺に行って、その後お墓参りをしただけです。本当ならここに母がいて、みんなで終わった後、食事をする予定でした。毎日の日常生活では、母のことばかり考えてはいられませんが、こういう節目節目にいないという事実を突きつけられます。

生きたくて生きたくて、でも生きられなかった父、病気と戦いながら最期まで生への執着があったようで、何回もう駄目だと思ったことか、でもわたしたちの予想を越えて生きました。

逆に、呆気なく本当に呆気なく逝ってしまった母。ある意味では本人が望んでいたとおりになったわけなのです。そして悲しいことにふたりとも最期の言葉というのをわたしたちが聞くことはなかったのです。

全く正反対の両親の最期、だからなのか、なぜかふたりを偲ぶとき、その思いが違うのです。そして夏が来ると、どうしても思い出してしまうのです。父が告知を受けた夏、そして逝った夏。どっちも辛い夏でした。

だから、ね。今年はわたしたちにとって楽しい夏の思い出をどうか作らせてくださいね。子どもたちのためにも、わたしのためにも^^

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自然学校の話②「ツボT」と看護師さんの話

 ナツが自然学校から帰ってきてからあっという間に2週間も過ぎてしまいました。忘れないうちに書いておかなきゃぁ^^;

ナツを迎えに行って6日ぶりに出会ったナツ、なんと腕の内側に点滴or採血の後のようなもの。エエッ~~~病院にお世話になったなんて聞いてないよ。もしかして点滴受けたの?ってびっくり。ちょうど腕の内側に2㎝四方の四角いもの。そしてそれを紙絆創膏でとめてあって、まるで点滴or採血の後のような感じがしました。

「ああ、これね、これはツボTのあとよ、24時間効くからはっとくの」ってナツ。なんじゃそりゃぁ^^;

同行してくださった看護師さんはツボに興味をお持ちのようです。そう言えば事前の説明の時にも、「乗り物に酔いそうだったら、ツボをします。よく効きますよ」って何気なくおっしゃっていたっけ。

早速、行きのバスの中で何人かはお世話になったとか。その子たちを見てナツもわたしと同じことを言ったそうです。

「どうしたの、みんな。何でそんなに点滴や採血してるの?」って言ったら、

「バカね。ツボTしてもらったのよ」ですって。おかげでバスにも船にも酔う子はいなかったようです。そしてナツも眠れなかった1日目、便秘の時、このツボTのお世話になりました。

ツボTをしてもらったらね、すぐに眠れたよ。便秘の時もツボTしてもらったら、部屋を出るなりトイレに行って、いっぱい出たのよ」だそうです。

しかもなぜか、ナツの場合、ランタスを打ちに行くたびにツボTをしてもらったようで、ナツの血糖記録ノートには、BSや打った単位と同じように、「○○時、ツボT」と書かれていました。一体この時のツボTは何に効くためのものなのか?って何の意味なのか?今となってはわかりません。

おかげでナツの洗濯物の服に、あちこちこのツボTなるものがくっついていて、知らずに洗濯機でまわしてしまったら、ちょうど糊のような白いものがあちこちにくっついちゃいました。(あ~~あ)

途中発熱でリタイヤした女の子、お母さんは迎えに行ってびっくり、身体中、あちこちにこのツボTのあとがくっついていて、お母さんはちょっとお怒りでした。

ツボぐらいで、熱が下がるわけないやん」

わたしは、ヨガとか気孔とかを信じるタイプなので、ツボもいいやんって思いますが、別に血糖管理ノートにまで書かんでも…^^;

ユニークな看護師さんだったようです。

いきなり2日目に、「昨日はなっちゃんに付き合って2時まで起きていたから眠いわぁ~、あと5分寝させて~」って嫌味を言われたとか…^^;

「お腹が痛い」って来た男の子を、「先生ね。今しんどいから、あとで来てくれる」って帰したとか。ナツに「もうこんな仕事、はよ辞めたいわ。何で65まではたらかなあかんのよ~。」ってこぼしたとか…^^;

でもいつもブドウ糖をもってナツの近くにいてくださったようで、こちらの希望も通して測定に関しては、一切無理じいもせず、見守っていただけたようです。おそらく大変だったのはナツのこともあってかなと思ったりもしますが、あまり感情移入されないようで、別れ際も淡々とされていました。

今、少し日数がたって、しみじみ思うのはやはりいろんな人たちに助けられてよい自然学校になったんだということ、本当にありがたいことです^^

わたしも少しツボの勉強でもしてみようかな。な~~~んてね^^

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救急車に乗っちゃいました。

 とっても意味深なタイトルです。

IDDMママのわたしが書くと、読んでくださる方は多分ナツが低血糖発作を起こしたから?と思われるでしょう…が、乗ったのはユウです。

日曜日の出来事です。この日も母の逮夜でお寺にみんなで行っていました。そしてそれが終わって3時ごろ、主人とユウが草刈に、そしてわたしとナツと姉夫婦と一緒に両親の住んでいた家の片付けに行きました。

この草刈、話せば長いのですが、そもそもわたしの実家は兼業農家でした。家族が1年間食べられる量ぐらいのお米を作っていました。わたしが嫁いで5年目ぐらいに、父の体調不良のために、休耕にしてそれ以来、お米は作っていません。でも農地は残っています。草が生え茂っています。

ちょうど母が亡くなる一週間前ぐらいに、市の環境科のほうから、「このままでは害虫の発生、ゴミの不法投棄など環境の美化、ひいては近隣の住民の生活に支障をきたす恐れがあるので草刈など、農地の管理をして欲しい」という手紙が来ました。

母は、業者に依頼して管理をしてもらうつもりでいたのですが、母も亡くなり、その事を相談したら主人が自分たちでするしかないだろうと言い出したのです。

そして友だちから草刈機を借りてきて、日曜ごとに草を借り出したのです(わたしは反対したのですが)

話が長くなりましたが、その草刈のそばで遊んでいたユウの耳の中にが入ったのです。

思えばわたしたち、無防備すぎました。草は主人の背丈を軽く越えています。市からも指摘されたように、虫が発生し、しかも急に人間や機械が入ってきたものだから驚いて飛び散ったのでしょう。ユウは帽子も着ず、半袖半ズボンでそんな中で遊んでいたのですから。

主人が、ユウの耳に虫が入って痛がっているから、どこか病院に連れて行こうと言ってきました。車の中には、半狂乱で耳を叩きながら泣き叫ぶユウの姿。

「今日は日曜だから病院なんてやってないじゃない、救急車呼ばなきゃ」

わたしはユウのその姿を見てパニックになりました。もし毒虫だったら…もし蜂だったら…虫と言ってもあなどれません。第一、いくら昔住んでいたとは言え、知らない場所で当直を調べてそこに連れて行くなんて気が遠くなりそう。とてもそんなこと言っていられない、そう思ったのです。

近所に住む叔母の家に飛び込んで電話を借りました。もちろん携帯はもっていたけれど、多分携帯からかけるより固定電話の方が、いいだろうと咄嗟に判断したのです。

結局わたしの判断は正解でした。

救急隊の方たち、ちょっと懐中電灯で照らすと虫が出てくるだろうと思われていたようです。でもその気配もなく、救急車は、その日の当直の耳鼻科へと向かいました。市内ではなく幹線道路を通って、普通に走ると40分はかかる距離です。救急車でも多分20分はかかったと思うのですが、わたしにとっては1時間にも思える長い時間でした。虫がじっとしている時はユウも痛がりません。でもその虫が中で動き出すとそれはそれは痛がります。

このままショックで気を失うんじゃないかな、鼓膜が破れたらどうしよう、耳を聞こえなくなってしまったら…悪いほうに考え出すときりがないのです。最後には痛みのせいで目をつぶりぐったりとして、やっと病院に着きました。何とか歩いて病院に入ることができました。

ここまでの状況をご存知ないので、不思議なぐらいのんびりしている先生や看護師さんたち。でもやっとホッとしました。

診察台に座るとわずか5分で虫は出されました。ユウの話では、虫がすべるような薬を耳に入れて、そしてピンセットで引っ張りだしたようです。耳に入る虫の中ではかなり大きいほうだそうです。大きいので、耳の中ではUターンできず、奥へ奥へ行こうとして、鼓膜にへばりついてしかも暴れるのです。

「よく頑張ったね。これは痛かったやろうな」と言われました。少し鼓膜が傷ついているようで、抗生剤が出されました。プールも2日間は入れません。でも嘘のように元気になったユウでした。

しかし…

その時は気がつかなかったのですが、夜になってユウの耳たぶの外側が何だか濡れています。なんとあまりの痛さで耳を引っ張ったり叩いたりしたので、裂傷をおこして耳の外側が切れて汁のようなものが出てきているのです。しかも反対の耳もでした。それぐらい痛さを我慢していたということなんだなぁって見ていて辛くなりました。

消毒して薬を塗りながら、様子を見ています。プールどころか、すれただけでも痛がるので体育の授業も見学です>_<

実は前の日に、「どこにも連れて行ってもらえないから、宿題の日記に何を書いたらいいかわからない。書くことがないから書かない」とっていたユウです。

「よかったねぇユウ、日記に書くこと見つかったやん」

ナツもユウもこのことを宿題の日記に書きましたとさ^^;

おかげで小さい学校のこと、ユウの虫の話はあっという間に広がったようです。

「ユウ、日記に書くようなと特別なことなんてないほうがいいでしょう、平凡な毎日がいいよね。」

これって実は自分自身に言っていたりして^^;

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自然学校の話①保健室で寝たわけは?

 さてさて自然学校の話です。

金曜日に無事に帰ってきたと思ったのも束の間、土曜日からユウが発熱、夜には40度まで上がりました。「喉にくる夏風邪で、発熱が2日続きます。」と診断され、日曜には37度台に落ち着き月曜から登校しました。

が、疲れて帰ってきているナツにうつらないはずはないのです。月曜は振り替え休日だったナツ、朝からゴロゴロしてお昼を外に食べに出たのですが、なぜか不調。家に帰って測ると、38度ありました>_<

でも今日(水曜)は朝から平熱、久しぶりの学校へ行きました。ということでやっと自然学校の話をボツボツアップしていきたいと思います。

1日目は、ずっと雨だったそうです。でも幸い、この日の予定は「海の記念館」を見学して魚についての勉強でした。だから雨でも大丈夫、そして雨が降ったのは、この日1日だけだったそうです。

血糖の方は、出発して最初に測ったのが午後4時40分。お風呂に入る前です。自然学校中は、毎日5時からお風呂、6時から夕食なのです。つまり我が家と反対。これもちょっと不安でした。でも268でした。補食も追加打ちもなく、入浴。そして夕食。

次は就寝前の9時に測定。255でした。家だと、少し追加で打たせたいところだけど、無難に280までは追加打ちなしで寝るように言っていたので、打っていません。ところが、2時間後、とっくにQは切れているというのに、11時に57です。それでブドウ糖3個、ポカリ1本補食。でも眠れません。

12時172。ちゃんと上がってきています。でも眠れません。それで保健室行きとなったようです。

わたしが最初に「眠れなくて保健室で寝たよ」という葉書を見たとき、すぐに低かったから?って思ったのですが、先生も看護師さんもそうは思わなかったようで、

担任の先生が、部屋にやってきて、「なっちゃん、調子が悪いんですか?」って看護師さんに聞いたら、看護師さんは、手でおうちの形を作って合図をしたとか、

つまりホームシックと思われたようです。

「わたし、1日目にホームシックにかかってん」とナツは言っていましたが、ありえな~~い。だって誰も知っている子もいないサマキャンに平気でいけるナツが、お友だちと一緒の自然学校でホームシックなんて…。

看護師さんは、ナツの自然学校中のインスリンの単位、BS、補食したもの、時間などを克明に記載してくださっていました。

その中に「25日、2:00ツボT」という記載があって、その後、「25日、2:00、入眠」と書かれています。

翌日のBSは5時50分で85でした。やはりポカリやブドウ糖はもちが悪そう。危ないところでした。ブドウ糖1個、食べてから「朝の集い」に行ったようです。

「昨日は、なっちゃんに付き合わされて、2時まで寝られなかったから、今日は眠くて眠くて~」と看護師さん^^;

この看護師さんと、謎の「ツボT」のことはまた後ほど^^

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