台風接近

またまたとってもご無沙汰していましたcoldsweats01

9月から10月にかけては、毎週末に何かと予定が入り(運動会やら野球の試合やら…)、バタバタと過ぎていきました。そして気がつくとナツが発症&入院した10月4日も過ぎました。

ナツが発症してから丸5年が過ぎました。いよいよ6年目に突入ですshine

今年の10月4日は、市の陸上競技大会の日でした。ユウが初めて公式な陸上競技大会に出ることができました。結果は…まだまだ満足のいくものではなかったのですが、(6人で走って4位、優勝の子とは1秒も遅かった)秋晴れのすごく気持ちのいい日でした。

あの頃はまだ保育園児だったユウもホントに大きくなりました。そして5年後にナツがポンプをつけているなんてあの時は夢にも思わなかったなぁ~~confident

今日は朝から台風接近でお天気が崩れています。朝のニュース番組で「近畿上陸は2004年以来5年ぶり」なんて話していたのを聞いて、

ナツが発症した年やんsign03

そうなんです。ナツが発症して入院していたときに台風が何度も上陸しました。

今でも覚えているこわ~~~~~いエピソードをここで書いてみたいなと思います。

ナツが注射も測定もできるようになって、短い時間からすこしずつ外出許可が出ました。最初は食事から食事の間の2時間、そして食事も挟んでの5時間、そして週末一泊などなど。

そんなある日、10月19日の朝になって、看護師さんから個室を他に使う必要のある子がいて、大部屋に移って欲しいと要請がありました。でも個室での快適な生活に慣れきってしまって今さら大部屋sign02と思ったので、それならもう退院させて欲しいと切り出してみました。

結果、退院の手続きが間に合わないのでとりあえず3泊外泊の許可が出ました。そして4日目に戻ってそのまま退院という運びに…。なので身の回りの荷物はもう全て持って出ることにしました。実質の退院です。

さぁ大変、1人で荷物を全てまとめ、突風の中、駐車場に止めていた車に運び、バタバタと帰りました。

そして帰宅したら、主人から電話。電車が止まってしまって家まで帰って来れないので途中の駅まで迎えに来て…と。

風も雨もどんどん強くなっているのに…。そしてその駅というのはわたしは今までに一度も行った事がない。駅に隣接しているショッピングセンターがあって、そこの駐車場に何とかたどり着けばよいのですが、ナビだけど頼りに出かけました。もちろんナツも一緒。そして持って帰ってきたばかりの測定器、注射器、補食のセットも一緒。

視界も悪く、道も川の水が氾濫していて道と田んぼの区別もないような道。しかもナツに3時にホットケーキを焼いて食べさせてまだまだ手探りで超速効も打っていたsign03

もし今低血糖になったら…補食は持っているけれど意識がなくなったら、救急車さえ呼ぶこともできない、呼んでも今自分が走っている道もわからないのに…。

それを考えるとぞっとしました。ナツには何度も動く車内で測定をさせました。今考えても怖いです。

無事にたどり着いて主人と会えた時には心底ホッとしました。そこから家までは主人に運転してもらいながらまたまた後ろの座席で測定をしつつ家に帰りました。

いきなりだけど、今思うとよい経験だったのかなぁとも思います。何かあったら困る時は高めにコントロール、そしていつでも補食は持ち歩く。生きていく中で非日常や予期できない事は多分これからもいっぱいいっぱいあるんですもんね。

しかし…それ以来台風は少しトラウマです。

今日も実は落ち着きません。朝から家の周りの飛びそうなものを全て片付けて、何とかみんなが無事に家に帰ってきますようにとひたすらそればかり考えていますhappy01

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その後のユウ

 その後のユウの話です。

念のためにと受けた関節液の培養検査の結果は-でした。いくら大丈夫と思っていても聞くまでは少し不安でした。

「もう全然痛くない」とは言っても、病院であっちやこっちにひねられたり曲げられたりすると、時には「痛い」という事もあって、

「まだ炎症が残っています。もう一度月曜日に来てください」と言われました。

「じゃぁ学校はsign02

「まだ無理です。薬が効いているから痛みがないだけかもしれません。痛み止めをやめて様子をみます。」

転院を決めたわたしはそのままユウを学校に行かせました。わたしの医師に対する不信感は頂点に達していました。

これが先週の木曜日、一週間前のことです。

そして原則送り迎えをして、学校では絶対に走らないように言いましたが…

痛みがないのでそりゃぁ走るでしょうcoldsweats01

夜にはまた少し痛み出したようで…

ネットで調べた隣市の病院に土曜日に連れて行きました。

その病院の先生は、股関節が専門でスポーツドクターの認定医でした。

いつから運動ができるのか、その確認をしたかったからなのですが、今までの経過を説明して、

「そろそろbaseballの練習を再開させたいのですが」と言ったら、

baseballなんてまだまだ無理です。そんな事をしたら、お母さん、この子に一生恨まれますよ」と言われてしまいましたcoldsweats02

その先生の説明では、

「単純性股関節炎は安静2週間、運動ができるまで4週間かかります、普通なら、入院して足を牽引しておくのが一番いいんですが」

看護師さんからも「安静しか治す方法がないんですよ」と言われて、わたしもやっと覚悟が決まりましたshock

エコーで水のたまり具合を見てもらいました。誰でも多少は水が貯まっているものなので、異常のない左足と比べます。

かなり右の方が多いです。発症して10日、本当ならもう少し減っているはずなのに…つまり治りが遅いweep

原因についての説明も前の病院とは少し違いました。

前の医師は、「普段動き回りすぎるような子が、特に激しい運動をした時になる病気」

今回の先生は、「本当は幼稚園から小学校の低学年に多い病気」だけど、ユウは背も低く、体格的には低学年並み、骨もまだまだ軟骨が多いみたい、なのに高学年並みの激しい運動をそれも他の子以上に行なうから、無理が生じた…ということでした。

これにはわたしも納得できました。これから少しずつ体が出来てきたら再発も防ぐ事ができるからpunch

そのドクター曰く、最近の整形外科医は高齢者の関節痛や膝、腰の痛みを診る機会は多いけれど、子どもの整形を専門としている医師はとても少ないそうです。

最初の病院できちんとした治療計画を相談していれば、こんな事にはならなかったのに、と言われました。

それでも、学校に行きたい、いかせたいという気持ちは尊重してくださって、松葉杖を貸してもらえることになりました。

日常生活でも、例えば椅子に腰掛ける場合と正座に座る場合では股関節にかかる負担や圧が全然違うそうで、そういうことを少しずつでも注意して生活するのとしないのでは、治り方も違ってくるのです。

そういうわけで、今ユウは松葉杖を使って学校生活を送っています。送り迎えはわたしがしています。もちろん運動は全て無理。

家では楽しそうに杖を使っていたユウですが、月曜日に一日学校に行っただけで、爆発しましたbomb

「もうこんな杖使わへん、重たいしみんなと同じように歩かれへん。それにこんなことしても自然学校行けるかどうかもわからへんし…」と大泣きされました。

わたしもちょっと凹みました。

でもね…どんなに今は大変でも、ユウの抱えているものは有限なんだよ。

いつかはきっと治る、いつかはきっと走って野球もできる。それまでの辛抱。

終わりのないナツたちの生活に比べたら、絶対に乗り越えられる。

色々な話をして、ようやくユウも今の状態を受け入れることができたようで、

「もし松葉杖が嫌なら、またしばらく学校休んで家にいてもいいよ」と言ったのですが、また火曜日からは元気に登校していきました。

「表情が変わった」と担任の先生も言われました。

嬉しいこともあります。

同じクラスの野球部の子から、「監督がすごく心配して待ってるよ、ユウが野球部をやめちゃうんじゃないかなって心配して、色々聞かれたよ」って言われたそうで。

それだけ必要とされているんだよね。戻れる場所があることって何だか嬉しい。

学校に送っていって色々他の先生たちと話をすると決まって最後にはこう聞かれます。

「なっちゃんは元気ですかsign02」って。

ありがたい事ですよね。

それにしてもナツの自然学校の時、(もう2年前か…)も、出発までやきもきしていたけれど、ユウはな~~~んにも問題ないから楽だわって思っていたのに、こんな事になるなんてびっくりです。

何とか無事に全てのメニューを消化して楽しんでこれますようにheart04

そしてまた以前のようにbaseballをしているユウが見れますようにshine

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1000人に1人の確立

今日はユウの話です(でも少しIDDMに関係ありますが…)

月曜から学校も再開し、火曜日から朝の陸上練習も始まり、毎朝1時間早く登校して、短距離や高跳びや幅跳びの練習をしていたユウが、「足が痛い」と言い出しました。

単なる筋肉痛よsign01と深く考えないで午後は友だちとbaseballをしたり、火曜日には体操教室にも行っていたのですが、

木曜日、帰宅した時にはちゃんと歩けないほど痛がり、足を少し引きずっていました。

筋肉痛じゃない、もしかしてひびが入ったとかsweat01

さすがに「病院に行かなきゃ」と思ったのですが、以前に行った整形外科は木曜日で休診、仕方がないので違う病院に行きました。

レントゲン、問診、触診などの後で言われた病名は

『股関節炎』でしたsweat02

「大体押さえても痛くないのなら筋肉痛のはずがないのに…痛がるのに運動なんてさせるから」とひどく叱られてしまいました。

そして

「今日から丸1日、ベッドの上でずっと過ごしてください、学校もお風呂も駄目、トイレは…できればお母さんが抱いてでも連れて行って、とにかく絶対に動かさないようにdanger」と言われてしまいました。

そして

「99%は『単純性股関節炎』ですが、稀に1000人に1人ぐらい『化膿性股関節炎』のこともあります。微熱もでていることだし」

えっ微熱sign02

そういえば測らされた体温は37.4度でしたが、ユウは平熱が高いので熱が出ていると思われたようで、

「この子はいつも平熱が高いんです」と言ったのに、聞いてもらえなかったweep

で、それを調べるには血液検査や関節液穿刺検査など大そうな検査をしないとわからないと言う説明を受けて、とりあえず薬をもらって帰りました。

帰宅して主人に話したら「そんなに安静にしていなくても普通に生活して運動さえしなければいいやん」と言われたし、ネットで病名を検索してもそんなことは書いてなくて、ほおっておいても10日間から2週間運動を控えたら自然に治るなんて書いてありました。

それでも言われるままに安静にさせながら、(さすがにトイレは自分で行ったし、食事もテーブルに座って食べたけど…)翌日、また病院に連れて行きました。

痛みはかなり楽になっていたけれど、そんなに完全に1日で治りきるはずも無いのに…

まだ痛みが残っているからという理由で、その大そうな検査を受けさせられてしまいましたcrying

待合室でちょっとトイレまで歩いていただけなのに、

「ふ~~ん、痛みが楽になったら自由にさせているんだ」っていやみを言われるし…

この時点で嫌な医者downと思ってしまった。こんな病院来なければよかったpout

そして

「昨日あれからまた熱はでませんでしたかsign02

「熱は全くありません。もともと平熱が高いんです」って言ったのに無視されたsad

そしてまた同じ説明sign03

1000人に1人の確立で『化膿性股関節炎』の可能性があります。もしそうなら2、3ヶ月は安静にしていないといけなくなって大変な病気です。血液検査の結果、炎症反応を示す数値が少し高いようなので、その確立が少し高くなりました。

扁桃腺炎を起こす最近が関節に入り込んだりすることが原因のようで、

喉を見て、「少し腫れているし膿が付いている」なんて言われたり…。

でもいくらこどもでも膿が出るほど扁桃腺が腫れていたら、普通に食事なんてとれるはずもないのに…。

このあたりで完全に医師に不信感を持ちました。

でも

1000人に1人の確立をあり得ないと思えない情けない自分がいる。

家に帰って主人に話したら、

1000人に1人だろう、絶対にそんな病気のはずないよ」と言われました。

でもじゃあナツは何なのsign0210万人に1人の発症率なのに…

普通の人なら絶対にそんな事ないsign01って思うんだろうかsign02

わたしはナツのことがあるから、真剣に心配してしまうんだろうかsign02もしその病気のほうだったら、1ヶ月後に控えている自然学校には参加できなくなってしまう。baseballの夏の大会にも参加できない。ついつい悪い方の可能性を考えてしまう自分がいた。何だかナツの発症時のことを思い出して滅入ってしまった。

でもね…

ネットで今度は『化膿性股関節炎』のほうを調べてみると…

もしそっちならもっと高い熱がでるし、見た目に腫れていたり、穿刺の検査でも膿が確認されたり…となんだか違う

ナツの発症の時にはネットで調べれば調べるほど、あまりにもナツの症状に似ていて、単に母親の勘ですが、悲しいぐらい当たっていると思ってしまったので、今度はやはり勘だけど、違うはずと思いました。

仮に万が一(イヤ、千に一ね)そうだとしても、手術を受けて3ヶ月入院したら完治するわけで、それなら別にそんなに怖い病気でもないやんと思って…

少し安心しましたcoldsweats01

結果は月曜にでます。その結果を聞いて、『単純性股関節炎』の方と診断されたら、そのまま学校に行かせようと思いました。

もしそうでも違っても、結果さえ聞いたら、もうこんな病院には絶対に行かないpunch

それと今回思ったのは、ユウの場合、症状がとれることが全てではなくて、また以前のように運動ができるのか、陸上はsign02baseballsign02 再発の可能性はsign02

そういうことも含めて相談できる病院にかかりたかったなぁとつくづく思いました。

よい勉強になりましたconfident

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親がかり

 ユウがスポ小の野球部に入って1ヶ月になります。最初は雨で練習が中止になったり、新入部員なので低学年と一緒の練習メニューだったり、、、でしたが、先々週あたりからいよいよ本格的に練習できるようになりました。

土曜日は半日練習です。(午前だったり午後だったり)

日曜日はお弁当riceballを持って朝の9時から5時まで丸一日練習です。お昼の休憩はしっかり1時間とってくれます。

ユウが初めて丸一日練習に参加した日、たまたま夕方から保護者ミーティングがあって行って来ました。

その場で色々耳にしたこと。

まず、子どもたちの持ってきているお茶の量では全然足りない。急に暑くなったせいもあるのですが、

「新入部員の子たちも急に増えて、まだ自分の子どもさんの必要量がわかっていらっしゃらないせいもありますが、お茶が足りない子が続出して、役員さんに急遽ジャグを用意してもらいました。」

「お昼のお弁当も食中毒には一切責任はもてませんので、できれば11時ごろに届けてもらえたら一番いいんですけど、、、、朝からもたせる場合はしっかり保冷剤を入れてもらって、、、」

「着替えを一式持たせてください」などなど。

まったく知らない世界に入っていくって色々わからないことが多すぎます。本当なら親がもうちょっとまめに練習を覗きに行ってやればよかったのでしょうが、ついつい面倒でほったらかし。

お茶が足りなくなった子って、まさかcoldsweats02

はい、うちの子もでした。

「お母さん、オレを殺す気かsign02」と言って帰ってきました。

2リットルでは一日もたなかったそうです。

言い訳ですが、4月ごろから入っていたら少しずつ飲む量が増えて様子もわかるのですが、急にこんなに暑い時期から入ったものでcoldsweats01

他にも水筒が空っぽになった子も多かったようで、アクエリアスの差し入れがなかったら倒れていたかも、、、だそうです。

ふむふむ、つまり朝送り出して、お昼前にお弁当を届けて、午後にはお茶が足りているかチェックに行って足りない分は補給してやって、5時ごろに迎えにいってやる。これが平均的な親の役目のようです。

うちの場合は歩いても近いので一人で歩いていきますが、ほとんどの子たちは親が送迎します。もちろん全員が校区内なので、普段は歩いて登校している距離なのに、、、

スポ小がこんなにも親がかりとは知りませんでしたweep

それでも「練習で初ヒットを打った」とか「監督に誉められた」とか「今日はフライを捕った」とか何かしら毎日喜んで帰ってきます。

昨日はやっとユニフォームがもらえて(背番号は18番)嬉しそうに眺めていました。

わたしも昨日はちょこちょこ覗きに行ってやり、少しずつですがスポ小の母親になりつつあります。お昼も同級生の子たちと嬉しそうにお弁当を食べていました。暑さで練習中にダウンする子がちらほらいる中で、元気だけがとりえのユウは、まだ緊張しているせいもあるのでしょうが、今のところは休まず頑張っています。

しかし、暑いsunsun

ちょっとグラウンドに顔を出すだけでも暑くてたまらないのに、こんな中で長いズボンをはいて一日中練習しているってすごいshine

さてさてナツは、、、というと、今までともすれば自分が中心のような家族の中で最近はユウの野球の話題でもちきりで、ちょっとご機嫌斜めのようです。

「わたしもグローブ買ってとか、バット買ってぇ~」とかうざいangry

週末は朝寝坊もできず、お弁当まで作らないといけないし、週明けにはバテバテです。水曜、木曜あたりにゆっくりお昼寝でもしてエネルギーを蓄えてまた週末は頑張りますhappy01

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目指すは…?

 今日の記事はユウのことです。

6月の中旬のことでした。ユウがいきなり「野球部に入りたい」と言い出した。小学校のスポーツ少年団(略してスポ小)のことです。

ユウたちの小学校のスポ小はサッカー、バレーボール、そして野球baseballの3つ。もともと人数が少ない学校なので、何年生からという決まりはなく、上の子と一緒に1年生から入っている子もいる。でもほとんどの子が3年生か4年生ぐらいから入部。

そんなだから正式な入部説明会なんかもなく、随時受付中で、時々体験とか部員募集とかのチラシをもらってきていたんだけど、、、、

ちなみにユウたちの学年は10名ほどの子が3年生の時にサッカーsoccerに入りました。ユウにも何度か「サッカー入ったら~」と勧めたのですが、首を縦には振らなかった。ちなみに野球部は2名だけ。友だちはみんなサッカー部のほうです。

もとより、自分から何かをしたいということがあまりない子だった。(ゲームは別だけどね)

ECCも体操教室もいろんな夏のイベントやサマースクールもあれもこれもしたいというナツとは正反対に自分からやりたいがなかっただけにちょっとびっくり。そんなユウが友だち誘って、体験に行きたいと言いだして、普通なら親が監督やら団長やらに色々聞いて手配しないといけないはずなんだけど、同じクラスに監督の子どもさんがいて、その子に時間やら持ち物やら聞いて申し込んできたようで、、、わたしは当日付いて行くだけbleah

で、午後から2時間ほど体験で練習に参加させてもらって、終わるやいなや、入部を決めてしまいました。

まぁいいか、本人がやりたいのならと反対する理由もなく。実はお母さん仲間に特に親しい人がいないのでちょっと心細い(わたしがね)でもそんな事は言っていられない。

で、早速ユニフォームやら、帽子やらバックやらを買い揃えに奔走し、忙しくしています。で、毎晩遅くまでキャッチボールにつき合わされ肩は痛いし、指はつき指するし(グローブはめてるんですけどcoldsweats01

ユウには野球部に入るために条件を出しました。。とにかくしっかり食べること、好き嫌いをしないこと、練習までに宿題を済ませること。今のところちゃんと守っています。

日曜日に卒業した子からお古のバットを譲ってもらって、それ以来毎日嬉しそうに振っています。

毎朝、起きたら素振りを50回。夕食済ませたらまた素振り。

昨日は図書館で借りてきた『野球が上手になる本』というのを喜んで読んでいました。

今まで家でゲームばかりの休日と違ってこれからが大変です。暑くなるし、練習も段々厳しくなるし。でも男の子だから体力もつけて欲しいし、よかったかも、、、と思っています。

バットにボールが当たるのだ嬉しくて毎晩バッティングピッチャー役のわたし。もう肩が動かないbearing

でもって目指すは、、、sign02プロ野球sign02甲子園sign02

なんて大それた事は言いません。

何とかレギュラーにしてもらって試合にでること、ついでに活躍すること。

2年後が楽しみshine

でも少しだけ、ユウが遠くに行ってしまったような、わたしからこうして段々と離れていくんだろうな、家にいる時間も一緒に過ごす時間も減っていくんだろうなと淋しさを感じてしまうのです。

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言葉が足りない

 今朝のことです。

ナツたちの学校は町ごとに登校班で集団登校します。ナツの町は人数が多いので、住むところで2つに分けています。上班、下班と呼んでいます。上班はナツたちの下班の集合場所を通って学校へと向かいます。いつも上班が早く行きます。

今朝、たまたま窓から見ていたら、いつものように上班がやってきました。が、よく見ると旗を持って先頭に立っているはずの班長の姿がないcoldsweats02最後尾についているはずの副班長の姿もないcoldsweats02

もしかしてふたりとも欠席sign02でも様子が変、通り過ぎないで下班の集合場所でたむろしてる。みんな集まって道のど真ん中でなんやらかんやら。

仕方がないので、行ってみました。上班の子たちが口々に言うには…

班長と副班長がふたりで学校と反対方向に歩いていってしまった。なので仕方ないから、みんなでここまで来た…というわけ。

何それsign02sign02

話が全然見えないので、下班の元気な5年生の男の子がランドセルを置いて、上班の集合場所に走って戻ってくれました。そこから学校方向に反対のほうまで行ったら、ちょうど班長と副班長が戻ってくるところだったので、一緒にこっちに来ました。

話を聞いている時間がないので、とにかくそのまま学校に行きましたが、…

何だか頼りない今の6年生。ナツも含めてそうだけど最上級生の自覚がないんだよね。

実は一週間前には、下班の班長が集合時間を15分すぎてもこなくて、その時も窓から何気に見たら、まだボーーーーーっと待っていて、仕方がないから出て行ったのです。

ちなみにナツは下班の副班長です。班長が来なかったら呼びにいくなりしないと駄目じゃない…とコンコンと言いました。結局その時は時間がなかったのでわたしが携帯で電話をして、先に班長を残して登校させました。

今回の場合でも…どうして下級生に「先に行っておいて」とか「ここで少し待っていて」とかそういう一言が言えないんだろう。勝手にふたりで行ってしまうと残されたものは不安になるよね。そういう気持ちがなぜわからないのだろう。事情はナツが帰ってこないとわからないけれど、ちょっとした声賭けがあれば、こんなことにはならないはずなのに…。

最近の子どもたちって、何となくこういう声賭けができない気がする。いらない事はいくらでもしゃべるのに。

実は、我が家の姑はこういう声賭けのできない人で、多分自分の方が目上だから言う必要ない…そういう態度にわたし、何年嫌な思いをしてきたことか。だから今回みたいなこともなぜか無性に腹がたつ。自分たちは最上級生だから下の子になんか一々言わなくてもいい。そんなことないのに。

同じ家に住んでいるのに、どこに出かける時も黙って行く人。行き先も帰る時刻も何にも言わないで、夕飯を食べてくることも言わないで出かける人。さすがに泊りがけの時だけは言いますbleah

結婚した時に最初に姑が言ったのは、一々誰とどこに行くとか言わないでお互いに干渉しないで自由にしましょう…的なこと。お互い干渉しない、自由にnotes聞こえはいいけれど、それって家族って言わないよね。

わたしが玄関の横で洗濯物を干していて、その横を通って出かけるときにも一言も言わない。ここまでくると自由を通り越して無視sign03だよね。

夕食を食べてくるときも前もっては言わない。急に食べることになった…という顔をして帰ってくる。1年ほど前にわたしが切れてそれ以来言ってくれるようにはなったけど、いつも直前、もう夕食の買い物も済ませた頃にしか言わない。

究極は義妹親子が来たときに、お墓参りに行くわと言いながらでかけてそのままラーメンを食べてきたsadお墓は家のすぐ近くなんですけど。

そんな姑が育てた主人は…というと、やっぱり言わない人、言葉が足りない人。

今朝いつもの時間に起こしたら、何となく様子が変、起きる気配がない。

ピンときたflairそっかあ、世間はGWなんだ、多分今日は休みをとっているんだ。だったらちゃんと言ってよ~~poutpoutpout

子どもたちにはちゃんと言葉をかけることの必要性を教えて育てようhappy01

いつもながらまとまりのない文章でしたhappy02

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新ケータイ^^

少し前にもちょこっと記事にしましたが、携帯電話を新しくしました。これで、4台目の携帯になります。

3台目まではナツ父(某電話会社に勤めている)が、勝手に機種も色も決めてしまっていたので、今回は初めてわたしの希望も取り入れてもらってhappy01

と言いたいところですが、お財布事情もあり、ちょっと型落ち、で色はピンク在庫切れでちょっと時間がかかると言われ、無難な白に落ち着きました。(内心、また白だbearing

3月19日のことです。主人から電話。

「今日の午後っていうか、もしかしたらもう今でもケータイつながらないと思うけどいい?」

いい?ってもうそうなってんのなら仕方ないやんと思いつつ、「うん、いいよ」

「今日新しい携帯もって帰るから」

やった~~~heart04お願い、今日は飲まないで帰ってね。(網棚にでも忘れられたら困るhappy02

急に話が変わりますが、今わたしが習っているトールペイントの先生が、年に数回、某有名デパートで、製作された作品の即売会というのをされています。いつも来てね~~と言われるのですが、今までに一度も行ったことがありません。なぜならその辺の地理に疎いので、運転に自信がsad

ナビで何とかたどりつけても駐車場に入れるとかが不安。

で、ちょうど今回は3月18日から21日までだったので、20日の祝日に主人に乗せて行ってもらいました。

そしたら先生、ちょうど今回は携帯電話のペイントもされていて、その場で(と言っても20分ほどかかる)携帯電話に好みの図案、色でペイントをしてもらえるのです(1台1,050円ねtulip

すごいラッキーshine昨日手に入ったばかりのケータイ、あと2日主人がもって帰ってくるのが遅かったら、間に合わなかった、しかも色も白にしておいてよかった。もちろんピンクや赤でもそれなりに映えるのですが、やっぱり白が一番素敵になります。

しかもお値段少しおやすくしてもらっちゃった(大きな声では言えません)

で、こんな風になりました。130_3076

実はこのケータイちょっと変わった材質になっていて、ちょうどペイントしてもらったところが、レザーのようになっています。なので定着はよいのだけど、逆にペイントはすごくしにくいのです。もちろんわたしの腕ではまだまだ無理です。

う、嬉しいsweat02大事にしなくっちゃheart04です。

でも肝心の中身のほうですが、とにかく機能が豊富で今までのように使いこなせません。まず着信音と待ち受け画面をさくさくと変えて…と言いたいところですが、ここでつまずいた。

登録の着メロとか画面が今までのようにない。っていうよりも、自分でダウンロードしなきゃ駄目みたい。これがなかなかsweat01

折角のデコメールも宝の持ち腐れと思いきや、ナツが適当に触って打ってくれるようになりました。バカみたいに大きな文字もやっと普通サイズに直してくれたしweep

子どもにケータイ操作教わるようになるなんてgawk

何はともあれ、ナツ発症以来、家では肌身離さず身に着けている携帯ですが、今回のが一番軽いかもeye

どうかこの携帯から、ナツが低血糖で…なんていう連絡は聞きたくないからね。これからもナツが6年生、そして中学入学、1年生2年生とよろしくね、携帯ちゃんheart02

追記、

我が家の下の子チワワのチョコくん、昨日で満1歳になりました。昨年9月に迎えてからはや7ヶ月、すっかり家族の一員です。これからもよろしくねdog

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今日は…

 今日はナツの11回目の誕生日です。おかげさまで11歳になりましたshine

「ナツもやっと11歳になったね」loveletterクラスメートからのお祝いメールにちょっと不機嫌gawk

いつもいつも一番最後にやっとみんなの年齢に追いつくナツです。

デモね、ナツ。お母さんは春の気配を感じるこの素敵な季節にお母さんになれたこと、今でもとってもとっても嬉しく思い出すのです。一生涯で一番幸せな日でしたannoy

ナツの産まれた日のことを思い出していたら、元気だった頃の両親のことを思い出しちゃって、ちょっぴり淋しい今日です。ナツを最初に抱いてくれたのはわたしの父でした。初孫だったので、わたしの両親にとっても大きな大きな記念日でした。あの日から、まだ11年しかたっていないのに、こんなに早くいなくなるなんて思わなかったなぁ。

ナツを産んだあと、わたしはナツと一緒に1ヶ月実家で過ごしました。退院の日は両親が迎えにきてくれて、ナツを連れてそのまま実家に帰るはずだったのですが、ここで義母から注文がcoldsweats02

「退院したら、一度はこっちの家に帰って欲しい、それから実家の方に行けばいいのでは…」と。でも、病院から我が家と実家は正反対の方向、産まれて1週間の赤ちゃんを車に乗せて、1時間以上かかってしまう。そのまま実家に向かえば20分で帰れるというのに。しかも運転するのはわたしの父です。

しぶしぶ、直接実家に帰ることは了解したものの、それならせめて主人が会社から病院へ行って、一緒に実家に行くという条件付。

でも主人の仕事の時間繰りがつかず、病院で主人が来るのを散々待った挙句、「やっぱり間に合わないので先に帰っておいて」との連絡(当時はまだ携帯もなかったなぁ)。もう~~~~~angryって退院の日からぶつぶつ言いながら帰ったんだよね。

今となっては笑い話です。でも両親は文句も言わず、嫁に出した娘だからと、婚家のいうことにしたがってくれたのでした。そして実家に着くなり、おなかをすかせていたナツは大泣き。それ以来、いつもいつもナツに振り回されている母です。赤ちゃんの頃は、よく泣く、あまり寝ないという典型的な育てにくい子でした。ゆっくりコーヒーを飲んだのも、ゆっくりお菓子を食べたのもナツがうんと大きくなってからのような気がします。それでもそうして新米母はゆっくりナツと一緒に成長できたんだよね。

この11年間は本当に本当にいろんなことがありました。おかげでわがままで未熟だったわたしも少しは大人になれたんだよね。

今日は特別な事は何もしません。実は密かに2日前にに3人で神戸に遊びに行ってきたのです。

コースはいつも大体同じ、「ユザワヤ」で可愛い文具をゲット。そのあとはハーバーランドで、今回お天気がすごくよかったので観覧車に乗りました。海もとってもきれい。久しぶりに思いっきり楽しんだ気がします。

そしてもちろんケーキcakeもしっかりと…。130_3095

今回ナツは珍しくチーズケーキを食べました。

楽しい1日でした。

が、houseについてからびっくりすることが。

なんと使った針のキャップだけあるのに中の針がありませんsign02

この日打ったのは3回。当然3個の使ったあとの針。キャップをつけてはずしてポーチに入れたはずなのに、1個は中身の肝心の針がないのです。でもそんなに簡単にはずれるはずはないのに…。しかもキャップだけ残っている、つまりキャップのない状態の針を落としてしまったということ。拾った方、知らずに触ったら針が刺さったかもcoldsweats02

こんなこと初めてsign03

改めて気をつけないとだめだなと反省です。すみませんshock

それにしても、いつもrvcarで移動することの多い子どもたち、公共の交通機関は苦手です。

行くときは座ってゆっくり行こうと快速で…そしたら、「まだ着かないのsign02、あとどれぐらいbearing」ってうるさいし、駅で電車を待ってると、「まだ来ないの~sign02」ってぼやくし。帰りは新快速に乗ったら「すわるとこ、ない~~bearing

思えば、切符の買い方も自動改札の通り方も教えないと当たり前だけどわからないわけで、こうして電車で出かけることも必要だなとしみじみ思ったのです。

田舎で暮らしていると、海も見えないし、高層ビル群もマンションも目にしない。エスカレーターの左にはじっと立っていてはいけないこともわからないわけで、大勢の人込みも経験しない。

そんなわけで長期の休みにはなるべく神戸に出かけるようにしています。少しは満員電車にも慣れてくれて大阪のDM VOXにも行けるようにならなきゃぁ。っていつのことやらhappy01

取り留めのない長い長い日記になってしまいましたが最後までお付き合いくださった方、ありがとうございますheart02

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風邪?花粉症?

 昨夜、寝る前から鼻がぐすぐす。花粉飛んでるんだぁ~、布団なんか干さなきゃよかったbearingと思いながら寝ました。

朝起きると喉が痛い。えっもしかして風邪引いたsign02

思えば花粉症とのお付き合いは相当長いのですが、いまだに、風邪なのか、花粉症なのかがわからない時があるのです。自分の身体ながら情けないですsweat01

見極めポイントone喉の痛み…でも最近では花粉症の時にも喉の奥がひりひりするような感じがするし、

もうひとつのポイントtwo全身症状。倦怠感とか食欲とか…朝食が全然おいしいとは思えなくて、やっと風邪ひいたんだぁって思いましたgawk

もちろん熱が出たらもっとわかりやすいんだけど、そこまでひどくならない風邪の方が多いです。

今週は不調です。

↓の記事で日曜に食べたバイキング、なぜかわたしだけ身体に合わなかったようで、その日の夕方からお腹がシクシク痛み出して、約1日腹痛に悩まされました。食事も取れなくて近所の医院へ。点滴してもらったからすぐに元気になれたんだけど、どうやらそこで風邪をもらってしまったようです。

実は珍しく今週は何の予定も入っていない1週間です。こういう時って気持ちが緩んで風邪ひくんですよね。

仕方がないので、カーボカウントの勉強をしたり、家の片付けしたりしながらまったり過ごそうと思います。

『かんたんカーボカウント』の本をこの前の外来の時に貸して貰いました。「患者さんでまわして読んでもらっています。もし興味があったら、買ってもらってもいいんですけど、必要なところはコピーしてもいいんで、一度見てみてください」って借りてきました。

半分ぐらい読み進んで、少しずつですがカーボ取り入れていこうと思います。前回の食事指導の時はナツ、まだ7歳だったので、隣に座って聞いていてもまったく興味はなかったようです。でも今回は少し興味も持ってきているようなので、まずはわたしが勉強してちょっとずつ教えていこうと思いますgood

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入学お祝い

 お見舞いの次はお祝いです。先週の日曜日、姪っ子(主人の妹の子)の大学入学のお祝いをもって、家族5人で出かけました。

姪っ子、仮にAちゃんとします。Aちゃんは一人っ子です、そしてナツとユウにとってはただひとりのいとこです。思えばわたしが結婚したのは、Aちゃんが幼稚園の時でした。結婚式にはピンクのワンピースを着て、花束贈呈をしてくれました。それ以来、小学校入学、中学入学、高校入学、そして今回は大学入学のお祝いです。(今度持って行くのは結婚のお祝いかなheart04

小さい時から見ているので、本当に大きくなったものだなぁと思います。秋には早々と推薦で合格し、この春から片道40分かけて車で通学するそうです。この話、最初に聞いたときはちょっと驚きました。ただ電車の便が悪い地域なので、いっそひとりでマンションでも借りて暮らすか、またはこんな風に車で通うかsign02どっちにしても親は心配だと思うのです。

そして…何より大学入学、ただでさえお金yenがかかります。その上、自動車学校だの車だの、一体いくらかかるんだろう、気が遠くなりそうbearing

しかもAちゃんのお父さん、昨年の秋に退職して、起業してまだそっちのほうが軌道に乗っていないので、家のローンやら何やら、さぞ大変だろうなと思っていました。当然、おばあちゃんであるうちの義母が相当援助しているのは、うすうす感じていました。

仕方がないというか、当たり前というか、別にかまわないんだけど…。

義母が経済的にひとりで自立して暮らしているのなら、どれだけ援助しようが自由です。わたしたちには関係ない。

でも、そうじゃなくって、義母は現在我が家に、1ヶ月24000円入れてくれるだけで、実際のところ、主人が扶養しています。内職程度の仕事をしているけれど、それだって家に帰ったら、夕食が目の前に出てくるんだから(わたしが用意しているので)、働けるのです。

しかも義妹の家が、明日の生活にも困るというぐらい困窮しているのならまだしも、それなりに…というか、我が家よりははるかにリッチな生活を送っているようです。

だから、なんとも嫌な気分がするんですよね。

そんな義母を乗せて車で約35分、久々に5人で出かけました。気の重いわたしとは正反対にナツたちはご機嫌でした。お昼前について、一緒にお昼ご飯restaurantを食べることになっているからなのです。

そしていざ、義母がお祝いを渡したら、Aちゃん、ちょっと驚いて、「えっおばあちゃんからは、この前お祝いもらったよ」

coldsweats01正直ですよね。

そしたら、義母はとってもあわてて、「あれは…あのぅ合格した時のお祝いよ…こっちは入学のお祝いで、…気持ちだけやから…ほんとに気持ちだけ…ね」としどろもどろcoldsweats01

「おばあちゃん、お金なくなっちゃうよ」と言いながら受け取っていました。

それなら、「わたしは、もう先に渡しているから」って言えばいいのに…って言うか、渡していることを隠しておきたいぐらいの額をあげたから、そういうお芝居しているってバレバレです。

いっそ隠し通したいのなら、Aちゃんに事情を話して、口裏を合わせておけばいいやん。横で見ていた義妹夫婦は黙っていました。

どうりで、お祝いをいつ届けるかということを話したときも全然乗り気じゃなくって、4月に入ってからでもいいし…なんて言ってたわけだgawk

お昼は、そこから車でさらに20分ほど走って、とあるホテルのバイキングを食べに行きました。(これは義母のリクエストです&総勢8人分、義母のおごりです)

バイキング、嫌いではないんだけど、実はわたしちょっと苦手かも…その話はまた機会があればdespair

ナツもちょっと苦手かも…炭水化物があんまり食べれなくて、いつもは8単位ほど打つのにこの時は5単位しか打ちません。

でも、2時間後のBS105でしたnotes

ナツが大学に入学するのはまだ7年後です。でもその時困らないようにしっかりyen貯めとかなきゃと思いながら帰りました…でもわたしの場合、子離れするほうが、大変かもwink

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お見舞い

 先日、近所の方が入院されてお見舞いに行ってきましたhospital

わたしたちの住んでいるところ…というかどこでもそうだと思うのですが、町内会(または自治会)の中に小さな単位があって、それを『隣保』と呼んでいます。実はわたしは今でもこの呼び名が嫌gawk

どんだけ田舎sign02というかいつの時代sign02あっ、でももし同じように呼んでいる地域があったらすみません。って多分ないと思うけど。ちなみにわたしの実家では、『班』と呼んでいました。

話がそれました。

で、その隣保内で取り決めがあって、結婚、出産、お見舞い(ただし2週間以上の入院)に関しては隣保長(1年毎の当番制)が、1軒2000円ずつ集めて、包んで持っていくと。そしてうちが、今年は隣保長だったので、お見舞いを集めて届けたという次第です。

この制度、かなり以前からあったものですが、今となっては賛否両論あって、同じ隣保といっても親しい親しくないは様々、それにどうしても不公平感があるようなsad

ちなみにわたしたちの隣保は全部で8軒。快気祝い(または内祝い)はしないという慣例です。だから、14000円もらえるという事です。

ナツが発症した時にも、入院は3週間を超えたので、このお見舞いをいただいたわけです。ちょうど2週間を超えた頃、当時の隣保長さんが家に届けてくださいました。が、しかしナツはしょっちゅう外泊して家の周りをうろうろしていたし、とっても見た目は元気そうなので、「えっ何で?入院してるんじゃなかったの?」って思われていやしないかと変に気を遣いました。そして正式に退院してきてから、1軒1軒お礼を言いに廻りました。

当然、話は病気のこととなり、まさか治って退院したとも言えず、大した病気じゃなかったとも言えず、バカ正直に仕入れたばかりの病気についての説明をしたものでした。

もちろんそれを聞いた人たちの反応は様々でした。

で、ちなみに今回のお見舞いのお相手はわたしより若い(でも子供は年上)のお母さんで、ソフトバレーをしている時にアキレス腱を切って手術、入院されたのです。

「○○さんが入院したよ」と同じ隣保のママ友から情報をもらって、「2週間、2週間」とカレンダーに印までつけて、様子を見ていましたが、退院された様子もなく、集金&お見舞いとなりました。(あとから知ったのですが、全治1ヶ月だったそうです)

しかし、こんなに個人情報がどうとかこうとかいう時代に、なんともプライバシーがないですよね。わたしなら、いつ入院しようが、どんな病気だろうが、いつ退院しようが大きなお世話だよ~~と言いたい。お見舞いなんていらないと言いたい。

でも…。

いろいろな人がいます。

「えっ入院hospitalは2週間以上だったsign02うちの主人、この前一週間だけ入院したのよ。そんなんならもう一週間おいといたらよかった」

「うちのおばあちゃんも昔、2週間と1日入院したのよ、でもねその時の隣保長さんは○○さんで、お見舞い集めてくれなかったんよ」

「うちはいっつも出すばっかり。一度ももらうことなんかないわ」などなどsad

わたしも主人もそんなお見舞いいらないわ、そ~~~っと入院して、誰にも知られないでそ~~~~~っと退院したいという考えです。ナツのことがあるから余計にそう思うのかなthink

入院されてる方、とっても元気そうでした。だって足だけだもんね。3番目の末っ子の娘さん、今年卒業なのに式にも出席できないそう。凹んでいるかなって思ったけれど、案外淡々とされていました。どんな状況でもそれなりに受け入れてそれなりに明るくしているってこと、大事なことですよね。

きっとわたしがその立場なら、愚痴ばっかりこぼしてしまいそう。だってベッドの上で1ヶ月なんてweep

見習わなきゃなって思いました。

それにしてもアキレス腱ってあなどれません。わたしも主人も定期的に運動するんで、あっもちろん子供たちも…だから、気をつけなきゃいけないなって思います。

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チワワンと携帯の話

 なつきさんからいただいたペンギンさんのストラップがはずれちゃって修理をお願いしていました。(使い方荒いんだよ~~~(x_x)いつもごめんねぇなつきさん)

で、昨日そのストラップと一緒にとっても素敵なビーズの「チワワンのウエディングカ130_3037ップル」を作って送って下さいました。なつきさん、ありがとうねぇ^^大事にしまぁす♪

なつきさんのビーズはとっても素敵。何だか見てるだけでホッとするんです。きっとなつきさんの人柄が出てるんだよね。時々手芸やさんとか覗いて見るとビーズの製品なんかも並んでいるんだけど、全然違うの。なつきさんのビーズの方が断然素敵、色の合わせ方とか…素人のわたしにはよくわからないけど、うん!きっと愛情がこもっているんだよね。

で、わたしの携帯に戻ってきてくれたペンギンさんです。

130_3036 実はこの携帯はかなり古いデザインです。今はどんどん新しいのがでてくるもんね。確か2005年の10月に買い換えた3代目の携帯です。ナツが保育所に入った4月に買った1代目から大体2年毎に買い換えています。ちょうど電池がなくなって充電のペースが早くなってくる頃かな…。

この携帯にはいろんな思い出があります。なので本当は買い換えたくないんだけど、もう電池の寿命も尽きる頃だし、貯まったポイントが3月の終わりで有効期限になるのでそのポイントを使って新しい携帯に変えようかなと思います。

が、ナツ父は某電話会社に勤めているので、携帯はその関連会社の『ド○モ』しか使えません。今までの3台の携帯も全てナツ父が勝手に機種もデザインも色までも決めて、注文してきたものばかり。

「○日だけど、午前中って家にいる?」ってナツ父から電話。

「うん何も予定ないからいるけど…何で?」

「お母さん(わたしのこと)の携帯、買い換えたから、その日に宅配で送ってくるよ、あっそうそう○日は、○時から○時まで携帯つながらなくなるけど大丈夫?」とこんな感じ。

で、宅配で届いた包みをあけてみると、自分の携帯に出会えるというわけ^^;

が、しかし…色ぐらいわたしだって選びた~~~~~~い(*-゛-)

で、この前ちょこっと「ねぇお父さん。わたし今度の携帯ピンクがいいわぁ」って言ってみた。

ピンクなんかやめとけよ」とナツ父。

「お母さん水色がいいよ」とナツ。

ピンク…冗談よ~でも色ぐらい選びたいってこと!まさかこの歳でピンクの携帯が持ちたいわけじゃないけど(ってもしピンクの携帯持ってる人がいたらごめんなさい)少しぐらいわたしの希望を聞いてよって事。

そしたらやっとやっと鈍いナツ父にもわたしの気持ちが通じたのか、今朝わたしが6時の目覚ましで起きようとしたら、何気に目を覚ましたナツ父が、

「お母さん、今度買う携帯どんなのがいいか考えといて…」と寝ながらしゃべった。

(えっもしかして寝言)と思いながらも、「うん、わかった、機種は何でもいいんだけど、色決めとくね」

やったぁ~~~~~~!やっと念願の自分で選んだ携帯が手に入るんだぁと喜んだ母でした^^

ところでうちのチワワのチョコはもうすぐ1歳になります。9月に我が家に来たときは、毛ぶきもまだまだで、スムースに間違えられそうな子だったのに、どんどんチワワらしくなってきました。最近はカーペットを裏向けて裏についている滑り止めのぼっちをはずすのがお気に入り。悪い事はマロンと共謀してします。130_3039

春が恋しいです。暖かくなったら、広~~い芝生の公園に連れて行ってあげるから思いっきり走ろうね。(うん、新しい携帯持って…)

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目薬ばっか^^;

 土曜日のことです。我が家の愛犬、チョコの目が何だか変(x_x)大きなお目目がちょっとしょぼしょぼ。眠いのかなって思っていたけど、片目だけがしょぼしょぼ。実は少し前から気になっていて、でも大丈夫だろうとほおっていたのですが…。さすがに普通ではないと思って獣医さんに行きました。

そしたら、「角膜に傷がありますね」とのこと。ほおっておいたら、本来血管のない角膜に傷を治そうと血管が集まってきて、視力が落ちてくるとか。ひどくなったら元の状態に戻らなくなってしまうそうです。2種類の目薬が出されました。この目薬、さす順番が決まっていて、一番のをさして10分あけて2番をさす。で、普段は冷蔵庫保存なんだけど、さす時に冷たいと嫌がるので、さす少し前に冷蔵庫から出して温めてからさしてあげてくださいだって。め、面倒!

何でも傷が出きて最初の2日間が大事だそうで、2日間は3時間おきに、そのあとは5時間おきぐらいにささないといけないそうです。

えっでもちょっと待って、2日間って多分もう2日以上たってるはず。でもとにかく頑張って治してあげなきゃ(x_x)

3時間おき、結構大変です。しかも嫌がって暴れるんで。それでもナツやユウに手伝って押さえておいてもらって頑張って土、日とさしました。

月曜の朝にはかなり見た目は治った様子。目薬も何とかわたしひとりでもさせるようになりました。

やれやれ^^;

と思ったら、3時に帰ってきたユウが、

「お母さん、なんか気がつかへん?」とじっと見つめてきます。

じっと見つめ返しても、わかんない(*-゛-)

「何?」

「こっちの目、変やろ?」ええっ~~~~~~~。でもそんなに変でもない。

「こっちの目、赤いやろ?」

そう言われればそうかな。

「どうしたん?」

「こっちの目がよく見えへんねん。こうやって片目を押さえたらぼ~~~~~としか見えへんねん。」

ちょっとそれって一大事やん。しかもそんな日に限って友だち呼んでくるし、帰るなり2階でみんなで遊んでるし~(*-゛-)

で、2階に上がっていって「病院行こ」って言ったら、「いやもう大丈夫」って言うし。診察券を見てみたら、午後は6時までになってた。次の日は社会見学があるから遅刻できないし、やっぱり今日連れて行こうと思って、5時半にはみんな帰ってもらってね。それから病院に行くからということに。

で、「何したん?」と聞くと、休み時間にサッカーしてて目にボールが当たったとか…。で先生にはいわなかったん?保健室にはいかへんかったん?と聞いたら、「先生は大丈夫?って何度も聞いてくれたらしいけど、大丈夫って言ったから、保健室には行かなかった」らしい。

ナツたちの学校では、5年ぐらい前に、廊下で友だちとぶつかった子が、ちょうど目のところが当たって、片目が失明するという事故がありました。それ以来、学校でも廊下は走っちゃ駄目、目も大きな事故につながるっていうことでピリピリしていたはずなのに…。ユウの担任の先生はもう長いのでその時の事はよくご存知のはず、聞いたわたしたちでさえ、目は怖いという思いが強いのに…。

友だちが帰ってから、病院へ向かいました。

「で、そのボールをけったのは誰?」って聞いたら、「わかるやろ?3年生。」

「誰?」としつこく聞いて、はは~~~~~~んと全てが飲み込めた。ちょうど今日遊びにきていた近所の同級生のRくん。スポ小でもサッカーをやっている子です。何でもボールがキーパーエリアに入ってきたのでそれをとりに行ったユウ(ユウはキーパーです)と同時に走りこんでそのボールをさらにゴールキックしようとしたRくん。結局ちょっと早くボールに到達したRくんがキックしたボールが1メートルの至近距離でユウの目を直撃。不思議と顔面ははれていなかったけど、その分もろに目を直撃されたんだろうな。

で、担任の先生が、「大丈夫?」って聞いたときもそばにRくんがいたから、「大丈夫」というしかなかったんだと…(*-゛-)

気ぃ遣いぃぃなんです。こどものくせに…。しかも帰ってくるなりRくんが遊びに来たもんだからその状況をわたしに説明することもできず、もって回ったような言い方してたんだぁってやっと気がつきました。でも今思えば当のRくん、そんなに気にしていなかったような。

で、やはり、目の中に出血が起こっていました。瞳の前のところには、本来は透明な液体で満たされているんだけどそこに出血があるから、にごってぼやけて見える。その出血を抑える薬を2種類させば、1,2日で止まるそう。まずは安心。

でも問題はどこから出血が起きているかということで、もし網膜にダメージが言っていたら、ちょっと厄介だそうで、その検査は2日後に行なうそうです。

でも視力も1.5あったし、そんなにひどくはないようです。

で、だされた目薬、2種類。今度は順番はどうでもいいんだけど、やはり1本さして10分あけてもう1本。1日4回、冷蔵庫保管。

はぁ~~~、もしかして同じ目薬かもね。

家に帰って自分でトライしたユウですが、「あかんわ、3滴も無駄にしちゃった」というので、結局わたしがさしてやることに…。

チョコとユウ、仲良く目薬です。ふたりあわせて1日に20回ほど、目薬をさしてやらないといけない。め、面倒~~~。

そのうち、間違うかも…^^;

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ナツ家のお正月

 大変遅くなりました。今年は少しまめに更新しようと思ったのに年明けから早速この有様ですが、そんなナツ&ナツ母を今年もよろしく^^です(ついでにユウも)

独身のころは大好きだった大晦日&お正月ですが、嫁いでからは大嫌いな行事になってしまいました。それもそのはず、ナツ家は三世代同居ですから^^;

去年の大晦日なんて紅白はまったく見ず、子どもたち&主人にテレビを取られ、除夜の鐘も聞かず、11時には寝ました。ちなみにナツ家では、年越しそばは夕食に食べてしまいます。

元旦はいつものように家族揃って朝食をおせちとお雑煮で祝い、あとはダラダラゴロゴロと過ごします。今年はチョコとマロンが来てからのはじめてのお正月。頑張って元旦から1時間もお散歩しました。これでナツのBSも下がるはず…だったのに、歩いたのはわたしとユウとマロンだけです。

そして2日。いつもはわたしの実家に家族揃って行って、両親、姉夫婦と一緒にお鍋を囲んでいたのですが、今年はそれもありません。ちょうど父の月命日なので、お寺で待ち合わせをして、姉たちと一緒にお墓参りをしただけです。子どもたちはここでお年玉をもらえるので喜んでいましたが、なんとも切ない気持ち。

思えば、初めてナツが自分から低血糖を訴えたのは3年前のこの日でした。その時もちょうど実家に行っていて、もうすぐ夕食という時に

「何だか変、下がったのかも…」そして測ったら35。危なかったぁ~。病院もやっていないし、ましていつもの主治医のいる市民病院から遠く離れたところでもし気がつかずに倒れていたら、考えただけでぞっとしました。でもそんな風に実家でお正月を過ごしたのは実はこれが最後になってしまったのです。

去年もその前の年も両親は既に施設にいました。それでもそこで買ってきたものを囲んでささやかに新年をお祝いしていたのですが、今年はその両親ももういません。本当に今ある幸せっていつまでも続くものって思ってしまうけれど、いつかは必ずなくなっちゃうんですよね。改めて淋しさをしみじみ感じてしまった。

そして3日は、義妹夫婦が我が家に来て、みんなですき焼きです。もちろんお肉は義母のおごり、とっても高いお肉でした。おそらく1年に1回しか食べられないような^^

姪っ子は来春から大学生。もしかしたら、お正月におばあちゃんの家にこうやって来るのはもう最後になるかも…。初めて会ったときはまだ幼稚園児だったのに。

その姪っ子ですが、春から通う大学は電車で行くと、乗り継ぎ、乗り継ぎで2時間半もかかるとかで、車で通うことになったそうです。えっ車!ということは新車を買うんだろうな(いえ、中古車かも知れませんが…)、ガソリン代かかりそう、それより今は大学に学生用の駐車場なんてあるの?いい時代だな。わたしなんて片道1時間半もかけて、神戸の短大に通ったのに…。

確かに義妹の住んでいるところは電車の便はすごく不便で、ほとんど車がないと動けない町です。わたしたちのところもそうですが、JRの本線に少し近いのでわたしはナツが大学生になっても自宅通学で電車でいける範囲の大学を考えていましたが、もし一人暮らしなんて事になったら、または車で通うなんてことにでもなったら、きっと毎日低血糖の心配で胃が痛くなりそう>_<

まぁまだ少し先の話なので、ちょっとおいときましょう。

こんな風にナツ家のお正月は過ぎて行きました。気になる血糖の方は、もちろん言うまでもなく散々です>_<

1年に1回のお正月なので仕方ないと目をつぶりましょう♪

今年は、穏やかな年でありますように、心楽しく暮らせる1年でありますように。そんなことを思った年頭でした。

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来年度の役員選出会

 12月16日に子ども会のクリスマス会が無事終わりました。とっても盛況でした。これでわたしたち役員の仕事もほぼ終わりです。しかし、その記事をアップする暇もないほどこの1週間は忙しかった>_<>_<

なぜって…?来年度の役員を決めるお仕事(これは決して会長の仕事ではない!)が残っていたのです。本来、この仕事をする役員さんが、いつもなら11月ごろから、根回しをして該当する人を説得して大体決めた頃、12月の上旬に役員選出会を開きます。

ところがその役員の人は、今離婚問題でごちゃごちゃし、既に家を出ています。それで連絡のとりようもなく、唯一聞いている携帯さえわたしがかけてもでてくれない。メッセージを残しても連絡ない。メールを送っても返信ない!どうしようもない!!!

クリスマス会で会ったら、今度こそきちんとお仕事をしてもらおうとみんなで言っていたら、とうとう来なかった。

でも、でも、来年の役員を決めないではすまないし、既に学校関係の役員は期日までに決めて報告しないといけない。そんな中、仕方がないので会長をしているわたしたちが、この役をすることになりました。

期間は一週間、あちこち説得に回り、寒い中で立ち話、メールもじゃんじゃん。でもすんなりは決まりません。

そもそも子ども会のメインは会長と会計ですが、はっきり言って雲泥の差ほど会長の方が、大変でしんどくて責任が重くて、拘束される時間も長い。でもちょっと以前まではみんな遅かれ早かれ会長も会計もしないといけなかったので、大体子どもの年齢順にみんな受けてそれなりにこなしてこられたのに…。

最近は子どもの人数が増えて、うまく行けば、会長か会計のどちらかひとつをすれば済むという事態になっています。そうなるとみんな当然会計で済ませたいわけで、今回も会長選びに泣きました。そして会計なら受ける、会計ならしたい、会計をぜひぜひやりたいと言う人が3人もいて、混戦しました。

そんな中でつくづく思ったことは、みんないかに楽に済ませるか、仕事の少ない役で済まそう、できるならしないで済まそう…そんな気持ちがありありで、意外な人の本心みたいなものが見えて、すっごくしんどかった(*_*)

デモね子ども会に10年もいて、行事には参加して子どもは楽しませてもらって、いざ会長を…という時にできませんってそれは何?って思う。

声をからして、早くから準備して最後まで後片付けして走り回っているわたしたちは何なんだ~~~~~って言いたくなってしまう。

もちろん聞いていると、主人が学校の先生をしているママ友は、パパの帰宅は毎日11時過ぎ、夜中まで仕事して、土、日はクラブの顧問でずっと出かけて子どもとは週に1度会えたらいいほうなんだと…。そういうのを聞くと確かに子ども会の会長なんてする時間は取れない。気持ちはわかるけど…。

そうかと思うと子どものサッカーの応援には行っているのに、会長はできないなんて勝手なことを言う人もいるし、居留守を使って話も聞こうともしない人、言い訳ばかり並べる人もいて、結局真面目な人にしわ寄せがいってしまった。なんか人間不信に陥りそうな日々でした。

そして何より、これってわたしたちがしないといけない仕事じゃないやん!

引継ぎ用のフロッピーをやっと手に入れて資料を作り、何とか落ち着くところに落ち着いて、22日に無事選出会を終えました^^;やれやれです。

終わってからも、後味の悪い思いが残りました。役員会の日に出席できなかった会計をしたいっていい続けていた人は、わざわざその日の夜にメールまでしてきました。

「どうなった~?」

「すんなり決まったよ、会計は○○さんになりました」

「えっわたしは?何に当たったの?」

「来年はのんびりしてください」っていう感じ^^;

そんなにやりたいんなら会長をやってよって言いたい。そこまで気になるなら時間やりくりして出席して立候補したらいいやんって言いたい。とってもいい人だと思っていただけにそのしつこさにうんざり。計算高い人、自分のことしか考えない人、いかに楽するか考えてばかりの人。

でも、でもね…。

わたしも人のこと言えないかも…。

ナツが、小2のとき、ユウの保育所役員を避けたいばかりに、ナツの小学校の役員引き受けたんだもんね。ユウはその年に受けなければもう卒園で、絶対に役員は回ってこない。その点、小学校は絶対に避けられない。それなら小学校受けてしまえば楽かも…って。

だから人の事は言えない。

そしてその半年後、ナツがIDDMを発症し、そのまた半年後、実父にガンの宣告。そして相次いで両親をなくした。そしたらそんな役員がどうのこうのっていうことが、何だかすごくちっぽけに思えた。

人生の中で損とか、得とか、運がいいとか悪いとか、結局最後にはみんな同じような気がする。

もちろん人にはみんな向き、不向きがあって、会長にむいている人なんて、ごくわずかで、例えばマイクを持ってみんなを指揮したり、裏方で、台所を仕切ったりなんてわたしも主人も苦手です。でも1年間何とか終えることができて感じるのはそれなりの達成感、満足感。何とかなるもんだなという思い。得た物もいっぱいあったように思う。

何より、子どもたちの楽しそうな顔を見ることができたら、疲れも吹っ飛ぶ思いでした。子どもがいてよかった、子ども会に入れてよかった。こんな楽しい1日が持ててよかった。そう思ったのでぜひぜひみんなこんな思いを体験して欲しいなと思うのですが、なかなかむずかしいです。

今日は長々と愚痴でした。

そうそう、クリスマス会もナツは慣れたもので、平気で人前でインスリンを打ってました。もちろんこういう日は高めコントロールです。でもどれだけ食べたか、何を飲んだか、全く把握できない母でした。ほんと、忙しかった^^

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母のシックディ

 ちょうど一週間前の今日、ナツに腸風邪をうつされたわたしがダウンしました>_<

甘かった~~。もっとマスクして完全防備しておけばよかった。思えばナツが保育所に入った春に初めてうつされて以来、何度となく経験したけれど、今回が一番きつかったかも…。いや、単に歳をとったからきつく感じただけかな。初めて夕食が作れなかった。もちろん買い物に行くこともできず、ただただ寝ていました。

同居していた義母はちょうど火曜から木曜まで旅行でした。もしかしてそれで気が緩んだのかな。

火曜の夜はほとんど一睡もできずに、水曜の朝、病院へ行きました。点滴をしてもらって少し楽になったけれど、夕方まできつかった。水分以外は何も口にできず、点滴1本で1日持たせました。木曜はナツの社会見学の日でお弁当を作らないといけないし、最悪は主人が冷凍食品をチンして、詰めてくれることになっていましたが、何とか起きて作ることができました。峠は越えたかな^^

なんと結婚して12年、初めて主人にゴミをほかしに行ってもらいました^^;(ただし、ユウとマロン、チョコも一緒にですが)

それでも食欲はなかなか戻らず、いつもの半分も食べられない。すっごく不思議でした。いつもは食事のすぐ後に別腹でお菓子は入るのに、こんな時にはそれも欲しくない。でも食べる楽しみがないと何だかとってもつまらない。

金曜日、少し食べられるようになったものの、まだイマイチ、頭痛もするし、身体もだるい。なのによりによってこの日は主人の会社、忘年会でした。夜に最終電車の着く駅まで30分運転して迎えに行きました。家に戻ると真夜中の2時でした>_<

もう~~~~~。ちょっとよくなるとこれだから~~>_<。

そして土曜日はナツとユウのマラソン大会の日!

寝不足であまり食べていないし、体力ない。ずっと寒い中で立って見ていられるかなって思っていたけれど、がんばるナツを応援しに行かないわけにはいきませんから、頑張って行って来ました。

結果は…。ナツはビリでした。練習の時からずっとそういっていたので、諦めてはいましたが、持久力ないんだなぁ。

それでも大差なく、ナツを含む女の子3人ほどが、ほぼ同時にゴールしました。もうちょっと頑張っていたら抜けたかも。まぁ来年に期待しましょう。

そしてユウは堂々の3位。しかもちょっと余裕。来年は2位を目指してほしいな。

そんな感じの先週1週間でした。

病気になって思ったこと

ナツとユウにもっと家のこと、掃除の仕方、日頃から教えておかないといけないなぁ。しんどい時にお風呂の掃除の仕方やお米の研ぎ方なんてレクチャーするのは大変でした。そしてそして、血糖コントロールをやっぱりナツがひとりでできるようにしておかないと困ります。

家族がいるってとってもありがたいなぁ。たまに喧嘩すると離婚して子どもと生きていくのもいいかもなんて思うけれど、今回は主人の存在がとってもありがたかったです。

病気になってわかること。普段の何気ない日常のありがたさ、元気でいられることの嬉しさ、そして何より食べる楽しみ。わたしには絶対に大事です。

残り少ない今年1年の日々、大事に大事に過ごしていきたいなって思いました^^

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ナツ家の10月

 朝夕めっきり寒くなってきました。わたしたちの住んでいる町は、1日の気温差が激しくて、我が家はもうすっかり冬支度です。

10月の季候って…初めと終わりでぐんと違うのです。半袖で扇風機が出ている10月初め。しっかり厚手の長袖で暖房器具を取り出す10月の下旬。同じ10月なのにすごく違う。ナツが発症して入院した10月。わたしたちが結婚した10月。ナツやユウが体験保育にいった10月。10月は思い出がいっぱいです。

で今年はというと…我が家が会長をしている今年の子ども会。10月は行事がいっぱいあって毎週末、出かけています。極めつけは11月3日に子ども会バス旅行でUSJへ行きます。そんなこんなでバタバタしています。

案内を配ったり、会費を集金したり、そのためのチラシを作ったり…と珍しくパソで仕事をしています。このバス旅行が終わったら、今度はクリスマス会の準備、そしてそれが終わるといよいよわたしたち役員の仕事も終わりです。

おかげでブログの更新も滞りがち、ブログめぐりもぼちぼちやっていますが、相変らず読み逃げ^^;125_2561

そうそうもうひとり、わたしの邪魔をする子がいました。そうです。我が家一番の寒がりさん&淋しがり屋さんのチョコ。マロンは去年も家の中では服は着なかったのに、チョコはこの間から、寒くて家の中でもブルブル震えています。あわててオークションで服を調達。こんな感じです。125_2559

そんな中、ナツのコントロールは、よくもなく、悪くもなく、ぼちぼちやっています。ランタスも今のところ、あれから問題なく入ってくれるようだし、学校では相変らず、低血糖にもならず、保健室のお世話にもならず頑張っています。

そう言えば、一度だけ給食前にすごく下がったらしく、ブドウ糖の個包装の空き袋が7個ほどかばんに入っていてびっくり。どうしたの?って聞いたら、食べても食べても上がらないからどんどん食べたらしい…^^;

そういうときのためにジュースもクッキーも一応は用意していたんだけどなぁ。しかも1年ぐらい前からかばんの奥に突っ込んでるブドウ糖なので、粉っぽくなってつぶれているのもあったのに…>_<

最近ファッションに目覚め始めたナツ、服の好みもうるさくなってきて、それなりに流行を追っかけています。友だちともそういう話で盛り上がるようで、通販雑誌を一緒に見たりしながら、最近はひたすら、「ブーツ買ってぇ~~~~」とわめいています。

ブーツ~~~?いくらこの辺は寒いといっても雪が降るわけでの氷点下になるわけでもないので、ブーツは要らないでしょう。

あっもちろん単なるファッションなんですけど。125_2551

そんな感じの我が家の10月の風景でした^^

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心が狭い?!~最近腹が立ったこと

 わたしって心が狭い?…最近腹が立ったことについて書きますね。

1週間前の運動会での出来事。わたしと主人は観覧席のうしろにに折りたたみの椅子を出して座っていました。折角怪我までしてテントを立てたのですが、テントの中ってお年寄りや小さな子どもばかり。それにいちいち靴を脱がないと入れないので、みんなこうしてキャンプ用の小さな折りたたみ椅子を持ってきます。

同じように隣にも同じような椅子がずらって並んで、みんな適当に座っています。主人がタバコを吸っていると、主人の隣に座っていたあるお母さん。

「すみません、あの~タバコの煙が…、目が痛くて…」

「あっすみません」と主人。タバコすえなくなっちゃいました^^;

しかし、いくら知らない同士とは言え、小さな学校の事、案外友だちママの友だちだったりしてどこかでつながっていたりするので、普通、よほででない限りこういうことって言えないものなんだけどなぁ。しかもその人は、3年前に本部役員をしていた頃、同じ役員メンバーの一人だったので、わたしの顔も主人の顔も知っているはず。もう忘れてしまったのかな、ちょっと悲しかったです。

その人は椅子をふたつ並べていたけれど、なかなかご主人らしき人は現れず、お昼前になって、やっとこられたご主人は、Yシャツにネクタイというなんとも場違いな格好。まぁお仕事を抜けてこられたんでしょうね。

それはいいのですが…。そのご主人らしき人、椅子に座るなり、タバコをぷか~~~。

ええっ~~~~~~~~~何それ?

人の主人には注意しておいて自分の主人は黙認なの。ちょっと呆気にとられました。

「すみません~。タバコの煙で目が痛いんですけど~」って言ってやりたかった~~~!

心の狭いわたしです^^;

話は変わりますが、ユウの友だちでいつも遊びに来るYくんは、最近わたしがあまりジュースを出してやらないので、(だってそりゃぁそうでしょう、毎日5人も6人も来る子たちにジュースやスポドリ出してやってると、我が家は破産です)自分で500mlのマイペットをもってくるようになりました。

えらいやん!

ところが、それを全て飲んだ後の空のペットボトルをいつもいつも残して帰ります。あっ忘れて帰ってると思ったら、なんと空、つまりゴミだから置いて帰ってる(*_*)

この前なんてわざわざキャップと中身、別々にこっちの部屋あっちの部屋においてる。

それをいつも中身を洗って、ラベルをはがして、リサイクルに出します。3回も続くといい加減に腹がたつ。

「ちょっとゴミぐらい持って帰ってよ~」とは言えないわたしです。

心が狭いのかな?単に小心者?

最後にマロン兄さん。最近やってきたチョコくんに振り回されています。昨日はガムを巡ってすごい争奪戦を繰り広げました。わざわざひとり、いえ1匹に1個ずつあげているというのに…^^;

「ちょっとマロン兄さん、心狭くない?」124_2440

「マロン兄さん、おいしそう~僕にも頂戴」

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「じゃあ、仲良く一緒に食べよう」

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とられてるやん!

124_2451 ふて寝してます。ちなみにマロンに乗っかっているのはゴールデンのぬいぐるみです。

「もう黒い子は嫌!」

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9月に入って…

 9月になってカレンダーをめくってびっくり。わたしの予定がぐんと少なくなっています。(主婦になってから手帳ではなくてカレンダーにわたしの予定は書き込んでいます。)

今までは1ヶ月に2、3回はあった母の通院など、実家がらみの予定が、8月でほぼ全て終わり、あとは月命日にお墓参りに行く程度。急にわたしは暇になりました。5月に母が亡くなって本当にバタバタ。やっと落ち着いたと思ったら夏休み。

その夏休みも終わって9月に入って、とても暇になりました。

皮肉はものです。両親の介護に追われていた頃は、からだがいくつあっても足りないって思うぐらい忙しくて、自分の自由になる時間が欲しい。いつになったらそんな日がくるのかなって思っていたのに、こんなに急にしかも早くこんな日がくるなんて…。

そうしたら、あの頃もっとああしてやっていたらとかこうしてやっていたら…とか、今だから言えることをついつい考えてしまって、淋しくなるので、あまりボ~~~っとしていないで、忙しく動き回るつもりです。

早速あんなに行きたかったスポーツクラブに通いつめています。しかし体力がついてこなくて、定期を買うほども行かず、相変らず回数券で週3日程度のペースです^^;

122_2298 久しぶりにパンも焼いています。強力粉もイーストも既に賞味期限切れですが、おいしく食べています。

ハムロールとウインナーロール10個は、この日遊びにやってきたナツとユウのお友だちで完食です。

そして、最近ちょっとはまっているのがミシンです。

実はこれは母が3年前に買ったもの。結局体調が悪くほとんどつかっていませんでした。かなり高価なものだったようです。「いずれはナツにあげるから…」と奮発したようですが、これもこんなに早くわたしたちのものになってしまうなんて…。

最初はナツのインスリンポーチ&補食入れの手提げを縫ったのですが、これにはまってしまって、かわいいキャラクターものの布地を通販で仕入れつつ、色々仕上げました。

123_2303 ナツとユウの手提げ。今日も学校に持っていっています。縫い目はなんとも粗いのですが、布地がとってもかわいいと評判だそうです。田舎では、そんなに布地も売っていませんから^^;

そしてナイトメアの紺色の布でユウのためにリュックを作ったら、これも好評でナツがわたしも~~~~>_<

結局色違いのおソロを作る羽目に…(はやっているんですね、知らなかった)

早速おたしています。中にはマロンが@-@123_2301

縫い目粗いんで、破れないかな~と真剣に心配しました。

そして最後のニュース。前々から計画中の2匹目チワワを迎える準備をちゃくちゃくと進めています。

9月に入って、ナツ家はこ~~~んな感じです。

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救急車に乗っちゃいました。

 とっても意味深なタイトルです。

IDDMママのわたしが書くと、読んでくださる方は多分ナツが低血糖発作を起こしたから?と思われるでしょう…が、乗ったのはユウです。

日曜日の出来事です。この日も母の逮夜でお寺にみんなで行っていました。そしてそれが終わって3時ごろ、主人とユウが草刈に、そしてわたしとナツと姉夫婦と一緒に両親の住んでいた家の片付けに行きました。

この草刈、話せば長いのですが、そもそもわたしの実家は兼業農家でした。家族が1年間食べられる量ぐらいのお米を作っていました。わたしが嫁いで5年目ぐらいに、父の体調不良のために、休耕にしてそれ以来、お米は作っていません。でも農地は残っています。草が生え茂っています。

ちょうど母が亡くなる一週間前ぐらいに、市の環境科のほうから、「このままでは害虫の発生、ゴミの不法投棄など環境の美化、ひいては近隣の住民の生活に支障をきたす恐れがあるので草刈など、農地の管理をして欲しい」という手紙が来ました。

母は、業者に依頼して管理をしてもらうつもりでいたのですが、母も亡くなり、その事を相談したら主人が自分たちでするしかないだろうと言い出したのです。

そして友だちから草刈機を借りてきて、日曜ごとに草を借り出したのです(わたしは反対したのですが)

話が長くなりましたが、その草刈のそばで遊んでいたユウの耳の中にが入ったのです。

思えばわたしたち、無防備すぎました。草は主人の背丈を軽く越えています。市からも指摘されたように、虫が発生し、しかも急に人間や機械が入ってきたものだから驚いて飛び散ったのでしょう。ユウは帽子も着ず、半袖半ズボンでそんな中で遊んでいたのですから。

主人が、ユウの耳に虫が入って痛がっているから、どこか病院に連れて行こうと言ってきました。車の中には、半狂乱で耳を叩きながら泣き叫ぶユウの姿。

「今日は日曜だから病院なんてやってないじゃない、救急車呼ばなきゃ」

わたしはユウのその姿を見てパニックになりました。もし毒虫だったら…もし蜂だったら…虫と言ってもあなどれません。第一、いくら昔住んでいたとは言え、知らない場所で当直を調べてそこに連れて行くなんて気が遠くなりそう。とてもそんなこと言っていられない、そう思ったのです。

近所に住む叔母の家に飛び込んで電話を借りました。もちろん携帯はもっていたけれど、多分携帯からかけるより固定電話の方が、いいだろうと咄嗟に判断したのです。

結局わたしの判断は正解でした。

救急隊の方たち、ちょっと懐中電灯で照らすと虫が出てくるだろうと思われていたようです。でもその気配もなく、救急車は、その日の当直の耳鼻科へと向かいました。市内ではなく幹線道路を通って、普通に走ると40分はかかる距離です。救急車でも多分20分はかかったと思うのですが、わたしにとっては1時間にも思える長い時間でした。虫がじっとしている時はユウも痛がりません。でもその虫が中で動き出すとそれはそれは痛がります。

このままショックで気を失うんじゃないかな、鼓膜が破れたらどうしよう、耳を聞こえなくなってしまったら…悪いほうに考え出すときりがないのです。最後には痛みのせいで目をつぶりぐったりとして、やっと病院に着きました。何とか歩いて病院に入ることができました。

ここまでの状況をご存知ないので、不思議なぐらいのんびりしている先生や看護師さんたち。でもやっとホッとしました。

診察台に座るとわずか5分で虫は出されました。ユウの話では、虫がすべるような薬を耳に入れて、そしてピンセットで引っ張りだしたようです。耳に入る虫の中ではかなり大きいほうだそうです。大きいので、耳の中ではUターンできず、奥へ奥へ行こうとして、鼓膜にへばりついてしかも暴れるのです。

「よく頑張ったね。これは痛かったやろうな」と言われました。少し鼓膜が傷ついているようで、抗生剤が出されました。プールも2日間は入れません。でも嘘のように元気になったユウでした。

しかし…

その時は気がつかなかったのですが、夜になってユウの耳たぶの外側が何だか濡れています。なんとあまりの痛さで耳を引っ張ったり叩いたりしたので、裂傷をおこして耳の外側が切れて汁のようなものが出てきているのです。しかも反対の耳もでした。それぐらい痛さを我慢していたということなんだなぁって見ていて辛くなりました。

消毒して薬を塗りながら、様子を見ています。プールどころか、すれただけでも痛がるので体育の授業も見学です>_<

実は前の日に、「どこにも連れて行ってもらえないから、宿題の日記に何を書いたらいいかわからない。書くことがないから書かない」とっていたユウです。

「よかったねぇユウ、日記に書くこと見つかったやん」

ナツもユウもこのことを宿題の日記に書きましたとさ^^;

おかげで小さい学校のこと、ユウの虫の話はあっという間に広がったようです。

「ユウ、日記に書くようなと特別なことなんてないほうがいいでしょう、平凡な毎日がいいよね。」

これって実は自分自身に言っていたりして^^;

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娘として、母として。

 2年前のちょうど今頃からわたしの介護生活が始まりました。それまでは何とかふたりで生活を送っていた両親。ちょうど2年前の6月の終わりに母が体調を崩し、そして7月に入り、父も体調を崩し、否応なく、実家への片道40分の介護生活が始まりました。時には毎日、少ない時でも週に一日。おかげでわたしのムーヴはもうがたがたです>_<

そんな生活も呆気なく2年間で終わりました。10年間も親の介護をしたなんていう話を聞くと、ただただ頭が下がります。わずか2年間でもわたしにとっては本当に大変な日々でしたから。

しかもナツがIDDMを発症して8ヶ月しか経っていなかったこともあって、余計に大変でした。いつも思ったのは、両親のこととナツのこと、天秤にかけないといけない時がきたらわたしは一体どっちを優先したらいいんだろう、そんなことを考えながらの2年間でした。

今思えばナツのことがあったから、頑張れたのかな、ナツのことを受け止めることができたわたしたち家族だから今度もきっと乗り越えられる、そう思えて頑張れたのかな…。

でも正直、この2年間の中でナツがIDDMでなかったらよかったのにって思うことも色々ありました。

両親のことで手がいっぱいの中での、ナツのサマキャン。身体がふたつ欲しいって何度思ったことか…。

父の退院の日に、学校からの電話。「ナツさんがお昼ご飯を食べられないと言っています。」当時はミックスだったので本当に焦りました。何とか保健室に置いている補食で持たせることができました。父を家まで送っておいて、学校に戻ったら、元気に遊んでいました^^;

父の主治医の先生との大事な話の最中にいつも「低い~~」とナツ。あわてて看護師さんが椅子を持ってきて座らせてくれたっけ。

体調が悪くて学校は休んでも、わたしの車で実家へ行くふたり、おかげであの子たち、どんなに熱があっても車に乗るのは平気。

葬儀の読経の中で、そっと口にしたブドウ糖。肌身離さず持っていたインスリンポーチ。

そしていつも携帯の呼び出し音におびえていたわたし。

母として娘として、本当に大変な2年間だったなぁってしみじみ思います。

今は、もう両親のことで心を悩ませることも痛めることもなくなって、そして同時にナツももうすぐ自立していきます。

大変な時期って重なるのかな、もう少しどっちかにずれていてくれたらよかったのに。

あっそうそう、嫁として役割、まだしっかり残っています。姑はまだまだ元気ですから、でもいつか、また介護生活が始まるかも…。

妻としての役割、もうとっくに放棄してま~~~~す^^

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あなたの大変とわたしの大変

 ナツたちの学校は欠席する時には連絡帳に理由などを書いて、同じ町内のお友だちにことづけます。そして先生のお返事が書かれた連絡帳が届きます。

母の通夜、葬儀の時には、ナツもユウも2日間、忌引きで学校を休みました。その事を書いた連絡帳には先生からのお返事が書かれていました。

ちょっと引っ掛かるのがユウの担任の先生の言葉。

ユウに対しては、「かわいそうですね。忙しくて時間がなかったり、疲れていたら宿題はできなくてもいいですよ」

わたしに対して、「私事ですが、叔父が亡くなり、ちょうど同じ日、わたしも通夜、葬儀と走り回っていました。大変ですがお母様もお疲れが出ませんように」

ねぎらいの言葉は嬉しいのですが、叔父が亡くなるのと、実母が亡くなる大変さは雲泥の差。叔父さまが亡くなられても、所詮お香典を持ってお式に出ればそれで終わること。

母の場合、特にわたしには男兄弟がいないので、喪主は姉婿。そして姉夫婦とわたしたち夫婦が親族席に立ちました。亡くなったその時から、遺体の搬送、会館への申し込みに始まって、祭壇を決めたり、通夜席の食事のこと、斎場でのお弁当の数から焼香順、お弔電を読む順番まで決めなければならないことが山積み。いざ開式の時間になるとこられた方たちへ挨拶をして回り、終わったら終わったで、また挨拶をして回り、そして後々の親戚付き合いのことまで根回しして…と気が遠くなりそうでした。

あなたの大変とわたしの大変を一緒にしないでって思ったのです。

実はこの先生、ナツの発症時の担任です。そうです、例のお見舞いに洋菓子の詰め合わせを持って病院へこられた先生なのです。(もうその事は根に持っていませんが)

その時にもこんなことがありました。お見舞いに来られて帰る前になって、ふとわたしの付き添い用のベッドに目をやられ、

「お母さん、毎日病院で泊まられているのですね。わたしも子どもが入院した時は一週間、病院で泊まってそこから職場に通いました。大変ですよね。」と…。

その時も思ったのです。たった1週間で退院できる病気ぐらい、今のナツの状況と比べたら、雲泥の差。同じ付き添いでも治って退院できるのと、これからこの病気と付き合っていく覚悟を決めるための付き添い、あまりにも大変さのレベルが違うでしょうって。

だから、連絡帳の返事を読んだときには、あぁ変わらないな、この先生って思いました。

わたしもちょっとこの先生と似ているところがあるので、気持ちはわからなくもないのです。

わかるよ、あなたの大変さって言いたい気持ち。何となく人生の先輩風吹かしたい気持ち。でも大変さって人によって絶対に違うもの。軽々しくわかるよなんて言って欲しくないものなんだなぁ。これからはわたしも気をつけなきゃって思った出来事でした。

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ひとり暮らしのおじいちゃん

わたしたちの市では、ひとり暮らしの高齢の方が誕生月に花のプレゼントをもらえるという制度があります。主催は市の『社会福祉協議会』、協力が市の『子ども会連合会』ということで、同じ町内の子どもがその花のお届けをするのです。

実は今年は子ども会の会長を引き受けていて、この花が我が家に届くことになっています。それに子どもの手紙を添えて、ひとり暮らしのおじいちゃん、おばあちゃんのお家に届け、可能なら子どもとのふれあいの時間を持ちましょう、そして子どもたちはその経験を感想文にして市の方に報告するというシステムです。

その最初の分が先週末に届きました。(年間で対象者は5人です。)

6月に誕生日を迎えるあるおじいちゃんの所に鉢植えの花(かなり高そう)と子どもに手紙を書かせ,それを持っていきました。

実はこのおじいちゃん、ちょっと変わり者で通っています。7時過ぎに行ってみると留守でした。「留守のおうちには置いて帰ったらいいのよ、気になるなら後でちゃんと受け取ってもらえたか見に行けば…」って今までの会長さんから聞いていたので、そのとおり置いて帰ってきました。

そして8時過ぎに電話を入れると、

花なんかいらんのに、わしは百姓や、花なんかいらん。どうせもらってもからすだけや。もう来年から持ってこんでいい、死ぬまで持ってこんでいいからな」

ただただ受話器のこちらで頭を下げて「すみませんでした」と謝るしかありませんでした。そして子どもたちがこのセリフを聞かなくてよかった。もしあの時、留守でなくいらっしゃったら子どもにもこういう言葉を浴びせるのだろうか。

ナツとユウにお手紙書いてって頼んだら張り切って書いてくれました。同じ町内といっても見たことも会ったこともないおじいちゃんです。

「なんて書いたらいいんだろう。『元気で長生きしてね』って書いたらいいの」

うう~~~~~ん。わたしはよく使われるこの『長生きしてね』という言葉が実はあまり好きではありません。『頑張ってね』という言葉と同じような感覚で誰にでも使っていい言葉とは思えないからです。

ナツは「暑くなるので身体に気をつけてください」と書き、ユウは「僕は自然がいっぱいのこの町が大好きです」と書きました。

この子どもたちの手紙もくずかご行きになったのでしょうか。なんともたまらない気持ちです。そしてふと思いました。もし実父が生きていて、こういう体験をしたら、喜んで受け取っただろうか。そのおじいちゃんには子どもも孫もなく、奥さんはかなり以前にガンで長患いの末に亡くなられたとか…。

実父も気難しい時がありました。体調の悪い時なら、見ず知らずの子どもの手紙、欲しくもない花、喜ぶとは思えません。もちろんそういう人ばかりではないはず。この日を心待ちにして暮らすお年よりもおられるかもしれません。

でも高齢の一人暮らし、決して穏やかな生活ばかりではないはず。それに淋しいでしょうから花をあげましょう、子どもを行かせましょう、癒しになるでしょうという行政の考え方。ちょっと甘いと思うのです。両親のことで、老後を迎えるという現実をまのあたりにしてわたしが感じたことです。施設で暮らすお年寄りの生活を見て感じてきたことです。

市の方への報告の手紙にはわたしがありのままを書いて、この制度、もう一度考えられたらどうでしょうと書きました。

さぁ来年、この方のところに花は来るのでしょうか、来年の会長にはこのことをしっかり引き継いでおこうと思いました。

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びっくりさせられました(*_*)

 先週の金曜日のことです。学校から帰ってきたユウのランドセルとあけてちょっとチェック。そしたら、なにやらたいそうな封筒。ぴっちり糊付けされた茶封筒。ビニール張りのところから、中身の部分が見えるようになっていてそこには、

3年 ○○ユウ 保護者殿

という文字が、見えています。

いや~~~~な予感。子どもたち、4月の新学期以来、学校で色々検診を受けています。それが引っ掛かってもらってくる封筒っぽいのです。

なんだろう。耳鼻科検診?眼科?歯科はまだだったような…まさか尿検査?

「ねぇユウ、この封筒もらったのユウだけ?」

「ううん、みんなもらってた」

「えっみんな?」(じゃぁ違うのかな)

ちょうど遊びに来ていた子も、「うん、僕ももらったよ」

何日か前にもらってきた「保健室便り」には、わざわざ手書きで、書かれていました。

「色々な検査や検診が行なわれていますが、異常がある児童にのみ結果の紙をお渡しします。異常がなければ特にお知らせはしません」

今までもずっとそうでした。多分1年生の保護者からでも問い合わせがあったので、わざわざそんなことが書かれていたのでしょう。そう思っていました。

だから持って帰ってくる=何か異常があったということ。

まぁとにかく開けてみました。結構ドキドキします。

『検査結果のお知らせ、あなたの受けられました検査の結果は次の通りです。』

尿検査とぎょうちゅう検査の結果でした。

糖(-)蛋白(-)潜血(-)そしてギョウチュウ卵(-)

でした。ここまで見てホッとしました。よかった。異常ないじゃない。

しかし、

この紙、どこにも「正常」とか「異常なし」とか書かれていない。かといって「再検査」とも、「異常あり」とも書かれていない。もちろん見ればわかると言えばそれまでだけど、ちょっと不親切なんじゃない。しかも異常がある児童にしか渡しませんと書いておいて、矛盾してない?

安心してホッとしたら、なんだかこんなことに振り回されて逆に腹が立ってきました(*_*)

それで学校に電話しました。

そしたら担任の先生、この封筒のこと、全くご存知ない。どうやら担任の先生がいない時に、養護教諭が配ったらしい。それもどうかと思う。

「調べて電話します。」

そして数分後、

「やはり、わたしが教室にいない間に○○先生(養護教諭)が配られたようです。そして○○先生も封筒の中身については全くご存知ないんです。今は個人情報の保護とかがうるさいので…。全部の学年に配られたようで、チラホラ同じような問い合わせも入っています。」

そりゃあそうでしょう。誰だってそう思う。でももしかして、わたしユウの尿検査にはちょっと神経質かもしれない。あけた瞬間、無意識に糖という文字に一番に目が行った気がする。遺伝じゃないし、兄弟で発症というケースは少ないけれど、やっぱり気にしていないといえば嘘になる。だから余計に今回のこと、無性に腹が立ってきて、嫌だった。

そしてそうしている間にナツが帰ってきました。

「ねぇナツ、こんな封筒もらわなかった?」

「うんもらったよ」

やった~~~。ナツも全て(-)でした。

でもよくよく考えたら、尿検査は1次検査で引っ掛かったら2次検査のキットが配られるんでした。それをもらっていないんだから、異常なしのはずなのに、そんなこともすっかり忘れていました^^

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ムカッ!

 1週間ほど前の話です。朝からとってもいいお出掛け日和。子どもたちとマロンを連れて車で20分のとっても大きな公園に行ってきました。思いっきり遊んで、買い物も済ませ家に戻ったのが1時、さぁお昼ご飯にしよう!とポストを開けてみると、なにやらB5サイズの用紙が一枚。

何、これ?って見てみるとびっくり、いきなり目に飛び込んできたのは「介護保険料未納について」の文字。

そして次に目に飛び込んできたのが左上に書いてある○○様というところ。うちじゃなかった^^;

そこには主人と同姓同名(読み方が同じで名前の漢字が違う)の方の名前がフルネームで書かれていました。

もう~~~~びっくりするじゃない、いくら身に覚えがなくてもいきなりこんな紙を見ると、何かの手違いで未納になっているのかもって真剣に心配しちゃった。

その手紙というか文面の内容はこうです。

『介護保険料が未納になっています。何度も督促状を送っているのにまだ入金してもらっていないので、今日はこうしてお邪魔しました。でも留守なので帰ります。早く振り込んでください。もし事情がおありなら相談に来てください』

といったものです。

その方は、近所のおじいちゃん、1本下の筋の道沿いです。娘婿さんのところに一緒に住まれている方です。だからその方はうちと同じ名字だけど、表札は娘婿さんの姓なので違うのです。それを番地も良く調べないでこういう内容の紙をポストに入れるって一体どういうこと。個人情報の保護がどうのこうのっていう時代にこんな事していていいのってムカッときました。

ただそのおうちが家計が苦しいことは周知のことで、しょっちゅう水道局の方やら電気会社の方がこられています。以前にはサラ金のかたまで…。

でもよくよく考えてみたら、この紙を入れた市の職員に方は、わたしたちの家を見て、「あぁこの家の人、介護保険料も納めていないんだ」て思って見たのかな、それってすごく失礼なことなんじゃないの。決して豪邸とはいえないけれど、またリフォーム4年目の普通の家なのに…。、まぁ最近は海外旅行に行っても子どもの給食費を払わない人もいる時代だけど。

折角楽しい気持ちで帰ってきたというのに、なんとも嫌な気分。その紙に書いてある市役所の介護保険科というところに電話して思いっきりクレームをつけました。

1時間後、市役所の男性が2名、玄関で頭を下げて謝ってくれました。何でも、嘱託の職員さんに回らせているようで、厳重に注意しますからということで帰られました。

話はころっと変わりますが、嬉しい手紙もありました。

なんとわたしたちの市、この4月から乳児医療が小学校6年生まで無料になります。それにナツが該当するので手続きをしてくださいという手紙でした。

やった~~~。

しかも小慢については乳児医療ではまかなえないので、その分を市が負担してくれることになりました。一旦、病院には5750円を払っておいてその領収証を持って市役所に行って手続きをしたら、その分が返ってきます。少し手間ですが、でも嬉しいです。

もちろんこれは小学校6年生までの2年間だけの話です。

ムカッと思った市役所、今度は逆に市役所さまさまです^^

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彼岸の中日

 1週間も更新をサボっていました。ナツとわたし、単純な風邪(←どんな風邪?)をひいていました。今でも喉が少し痛くて鼻声です。ナツは高血糖の連続です。

そんな中でも今日だけは欠かせない行事があります。そうです、お墓参りです。

わたしの実家のお墓は19日に、母と姉とわたしの3人で早々に行ってきました。しかし、家のお墓参り。いつも気が進みません(主人のお父さん、ごめんなさい)

思えば結婚してから11年半、1年に3回(3月のお彼岸、お盆、9月のお彼岸)は、いつも家族5人でお墓参りをするのが習わしです。一度も欠かしたことはありません。ナツたちが小さい頃はベビーカーをお墓まで持って行きました。あぁ私ってなんてできたお嫁さん^^;

亡くなった義父は7人兄弟で、男兄弟も多かったので、お墓にはいっぱい同じ名字の墓石があります。そしてこれは本家の墓とかこれはおじいちゃんのそのまたおじいちゃんのお墓とか…わたし、何回聞いても覚えられません>_<

中には小さな石がおいてあるだけのお墓もあって、おちおち歩いているとつまずきそうなほど。そしてどういうわけか、その全てのお墓にお線香を供えます。お花もここには供えないといけないとかこっちはいいとか…とにかくややこしい。そしてお線香を供えたお墓に、お菓子も置いていくのです。わたし、いつもこれが嫌。

特別おじいちゃんの好きなおせんべいとか言うのならまだしも、100均の一番安くてたくさん入っているような(要はおいしくない)お菓子を袋から出して、あっちのお墓、こっちのお墓と置いてまわるのです。しかもそれは大抵ユウかナツの役目。

以前にテレビで細木和子さんが言っていました。「本来お墓に食べ物を供えるのはタブー、お供え物は家の仏壇に。なぜならゴミになるから、環境を汚すだけだから」と。私もそう思うのです。置いた瞬間から濡れた墓石の上で溶け出して形が崩れていくのはあまり気持ちのいいものではありません。おそらく何日かしたら誰かが片付けてくれているのでしょう。義母でないのは確かです。

義母が仕切る家のお墓参り、いつも気分的にはしんどいです。ともかく終わればよしとしましょう。今回はマロンの散歩を兼ねて私と子どもたちは歩いて行きました。ちょっと寒かったけど、春のお散歩とっても気持ちがいいです^^

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バトン!

 honohonoさんのところからバトンが回ってきました。忘れないうちに、やっておきますね。

まずバトンを回してくださったhonohonoさんは…もう皆さんご存知、IDDMの小学2年生honoちゃんのお母さんで、わたしがまだこのブログを始めて間もない頃から、いつもコメントをくださっています。(←えっそれだけ!?ってつっこまれそうですね^^;)

そして、

1.パパはどんな人?

意外にも我が家の愛犬マロンが一番なついた人です。マロンを伊丹空港に迎えにいって帰ってきて、わたしたちはかわるがわるマロンを抱いたり、トイレシートの準備をしたりしているうちに、主人はリビングのソファーで横になってうたた寝(まぁいつものことです)

そしたらマロン、なんと主人に向かって吠えたのです。(これがわたしたちがマロンの声を聞いた最初の一瞬)そして、主人の寝ている顔をぺろぺろ。ソファーの横で添い寝。呆気にとられるわたしたちでした。

前置きが長くなりました。つまり主人、犬に好かれるタイプの人???です。

2.もしも産まれ変わったら?

あくまでも希望ということで、「医師」になります。そしたらナツのインスリン、通院しなくても手に入るし^^家で点滴できるし^^いいことばっかり~

3.100万円あったら?

旅行に行きます。北海道で家族4人一週間ほど過ごすor沖縄の離島で泳ぎまくるorグアムのコンドミニアムで滞在…何でもいい、どこでもいいから、今の日常生活から離れるぞ~~でも、マロンはどうしよう^^;

という具合でいかがでしょうか。

えっ3人の人にバトンを!?…もうほとんどのIDDMママさんには渡ってしまったので、またそのうちに、ということでお許しくださいね^^

可愛いマロンに免じて 115_1565

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施設さがし

 ことの起こりは2月7日、ちょうどわたしとユウがインフルエンザになり、タミフルを飲んで少し落ち着いた日のことでした。叔父からわたしの携帯に電話。

「今、母が(叔父から見たら姉ですが…)入居している施設が経営難で危ない…」と。

寝耳に水でした。週に2、3回訪ねていましたがそんなことになっていたなんて夢にも思いませんでした。でもそう言われてみたら、納得のいくことばかり。去年の8月から利用料の引き落とし方法が変わったこと、従業員の顔ぶれがコロコロ変わること、最近廊下の電気が消してあること、部屋が空いているのに新しい入居者を入れないこと、そして何より昨年9月に部屋を返した父の敷金返却分がまだ返されないこと。

そして叔父が言うには、従業員も賃金をもらっていないらしいから、そのうちみんなやめてしまうとたちまちそこには住めなくなる、今から他を捜してどこかに転居させてはどうか…と。

その日以来、わたしと姉とで母には極秘で施設さがしが始まりました。今は便利な時代です。ネットと電話があれば家にいても十分捜すことが可能です。でも、ここというところはみつからないのです。わたしや姉からの距離、金額の問題などなど。何より、今のところで落ち着いて生活している母にとって、住む場所が変わるということはストレスになります。もしかすると新天地での新しい生活が、気持ちにはりを与えてくれるかもしれません。でもひとつ間違えば、ストレスから痴呆になる可能性だってあるのですから。

そうこうしているうちに、同じ経営グループの別の施設の利用者からの苦情で県の調査が入り、新聞にまで載り、この問題がおおやけになりました。そして18日午後から、経営者、入居者、入居者の家族で説明会が開かれたのです。

悲惨な状況でした。既に食材会社は未納のために食材の供給をストップしています。電気も電気代未納でいつ止められてもおかしくない状況。もちろんガスも水道も…。そして従業員の人たち、ほとんどタダ働きでした>_<

唯一の救いは同じ経営グループのもうひとつの施設が球団会社のオ○ックスに買い取ってもらって経営を移管したこと。そしてその施設は我が家から目と鼻の先。だから最悪はそこにうつればいいのです。でもできることなら今のところで住み続けたい。それは他の入居者の方たちも家族も同じ思いです。そして急遽、家族会というものが結成されました。

経営者に罵声を浴びせる家族たち。でもここにいるみんな、親と一緒に住むことができないで老人ホームに親を入居させているわけです。こんなことになって何が困るかというと、もし行き場がなくなって一緒に暮らさないといけなくなると困るから…もちろん、悲しいかな、わたしもそのひとりです。

でもよくよく考えてみるとこの施設さがし、実は終わりがないのです。今の施設の経営がいくら安定したからといって、もしこの先、老化が進み、もっと介護度が進むと今のところで暮らすことには無理があります。その時はまた「特養」を捜したり「グループホーム」を捜したりしないといけないわけで、もう安心ということはないのです。

こんな状況でも入居者の方たち、それほどパニックにもならずに落ち着いて生活されています。この先、どうなるかわからないけれど、成り行きに任せ、最悪は転居も仕方ないかなと思っています。しかし…どうしてこう次から次へと問題が出てくるのだろう、でも何事も考えよう。もしこの事態が去年の今頃に起こっていたら、もっと大変。体調の悪い父にとって転居は無理。それを考えると、まだ今までもってくれただけでもよかったということで。

どっちにしても早く落ち着いてくれることを願って、今日はあさってやってくるチワワちゃんの転居に向けての準備に忙しいナツ家です。

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慢性腎炎だって^^;

 恐ろしいタイトルです。でもナツではありません。わたしがです。

話はう~~んとさかのぼりますが、去年の10月に主人の会社の配偶者検診というのを受けました。で、その検診の尿検査で潜血に引っ掛かりました。明らかな陽性です。でもおかしいのはその病院からの検診結果には「要再検」の文字はどこにもなく「経過観察」になっているのです。???一過性のものだろうか?

でも気になったわたしはかかりつけの医師に相談しました。それが11月の終わりの話です。その先生もこれが「要再検」にならないのは変だとおっしゃっていました。そして色々な問診の結果、一番可能性として高いのが「慢性腎炎」ということになりました。わたしは子どものころ「扁桃腺肥大」で、9歳の時に手術で摘出しています。多分扁桃腺炎で熱を出すことが多かったからでしょう。そういうことが大人になってからこういう形で出てくることがあるようです。

そしてその日に再度尿検査と腎機能を詳しく調べるための血液検査を受けました。でも検診の血液検査の項目にも腎機能を調べる簡単な項目は含まれています。それは全く問題がなかったし、その日にそこで受けた尿検査は陰性だったので、やはり一過性のものだったのかなということで、その日は帰りました。

あれから2ヶ月半、すっかり忘れていました^^;

そろそろ花粉症が出始めるのでそのための薬をもらおうと昨日病院にいって、その時の検査結果を聞かされました。

血液検査の結果は間違いなく「慢性腎炎」でした。聞かされたときは少しショックでした。

「慢性腎炎」とは、はっきりした原因はわかっていない。少しずつ進行して腎臓の機能が落ちていく病気。急に進行することは稀。でも進行を確実に止める方法はなく、完治することもない、そういう病気です。

つまり、最悪の経過をたどると、早くて10年後には人工透析。よい経過をたどると、今の状況を寿命がくる日までキープできるかもしれないということ。

先生の指示はこう。塩分を控えた食事を心がける。不摂生な生活をしない。その事に注意していたら、透析まで進むことはないでしょうと。そして半年に1回、検査を受けること。

症状もないけれど病名がつく、薬が出るわけでも、今日からなにかが変わるわけでもない。でもなんなんだろう、この気持ちの重さ。早速腎臓病に関する本を2冊ほど買って帰りました。ナツにとっても、深くかかわりのある腎臓に関する病気。今までほとんど意識することはなかったけれど、この際しっかり勉強してみるのもいいかなって思っています。

そして意外と冷静に受け止めることのできたわたしでした。だってある意味透析の可能性にしても腎臓病のこわさにしてもそれはナツが抱えているものと同じ。だったら、まだまだこれから長い将来のあるナツが抱えている荷物よりも、人生の折り返し地点を過ぎたわたしが抱えている荷物の方がはるかに軽いんじゃないかな。そんなふうに考えたからです。それにこれから先、誰もが年齢とともに身体の機能が弱っていったり失われていくわけで、たまたまそれがはっきりと予測できるということに過ぎないだけ。

そうは言っても最初に病名を聞いた時、やはり心の中で叫んだのは、「何でわたしなの?何でこんな時なの?」ということでした。そう、ナツの病名を告げられた時のように。

夕方、ナツがまた例によって「何で私だけ毎日痛い思いしないといけないんだろう」と言いながら注射を打っていました。その気持ち、今のわたしには痛いほどわかるよって言ってやりたかった。そしてナツがわたしの歳ぐらいになった時、今日のわたしと同じ思いをしなくていいように、合併症とかけ離れたところにいられるように、頑張っていかなきゃと思ったのでした。

まだまだ始めたばかりですが、腎臓病の食事療法は面白いです。低タンパクで高カロリーがいいそうです。何だかこれって糖尿病とは反対のような。フライや天ぷらなど油分でカロリーをとるのがいいようですが、そんなわけにもいかず。一体わたしは何をつくったらいいんだ^^;

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風邪は万病の素

 昨日のことです。朝から担任の呼び出しに振り回されてわたし。午後にはまたうとうとお昼寝をしていました。どうも最近今ひとつ体調が戻らない。歳のせいかな?インフルエンザはそれほどきついってことなのかな?そして退屈しきっているユウにいつも起こされてしまいます。

「お母さん~~~~遊ぼうよ~~退屈~~~」

無理もありません。今日で丸8日間、家でビデオばかり。熱があるときはゲームをさせるわけにもいきません。毎日帰宅後は友だちと遊んでいたのに、この状況ではそれも絶対に無理。かといってわたしもユウの相手は疲れてきました。しかもお昼寝から起きてからどうも寒気が…。背筋がぞくぞくするし、食欲もない。だから夕食もつくる気になれない。でも主婦はそんなことも言っていられず、何とか簡単な物を作り、5時にナツをお習字に送って行きました。そして熱を測ったら38度5分>_<

道理で寒気がするはず。6時にナツをお習字から連れて帰り、ふたりにご飯を食べさせた後、病院へ。火曜日にタミフルをもらった病院です。

わたしの勝手な想像はこう。やっぱりあの時は陰性だったからまだインフルエンザにはなっていなかったんだ。で、今日がほんとうのインフルエンザ。でもタミフルはもうあと2日分しかないし、もしかしてタミフルが効かなくなっちゃうんじゃないかなって。

でも先生の意見はこう。タミフル飲んでいたら、仮にかかっても熱が出るのはおかしいと。じゃあ今度の発熱は何が原因かを探さないといけないということで、いろいろ検査をしました。結果、『気管支炎の疑い』という病名がつきました。でもここで先生。またまた首をかしげて、「でもこの前出した薬の中には抗生剤も解熱鎮痛剤も入っているんだけどなぁ。これを飲んで気管支炎になるということは後は点滴しか方法がないね。それと炎症の程度を調べるために血液検査をします。その結果が明日出るから、それによって点滴を続けるか、飲み薬にするか考えましょう」

わたし、実は出された薬は全部きちんとは飲んでいません。でもまさかそんなこと、言えるはずもなく…。デモね、風邪薬ってもらっても最後まで全部飲まないことの方が多いはず。

「これは鼻の薬です。これは熱を下げる薬です」とかきちんと説明されてしかも丁寧に薬の効能書きの紙までもらったら、普通鼻が止まれば鼻の薬は飲まないし、熱が下がれば熱を下げる薬は飲まないはず。でも問題は、抗生物質なんですよね。ちなみに今回、わたしは月曜に抗生剤入りの点滴を違う病院で受けて、そこでもらった抗生剤は一日だけ飲んだのですが、何とそれ以降、抗生剤は飲んでいません。だから気管支炎になっても無理もないのです。しかも喘息があるので咳が出てもそのせいだと信じていましたから…。

ほんとにわたしって馬鹿だなぁって情けなくて点滴しながら涙が出ました。何にも考えずに病院で出された薬を飲んでさえいたらこんなことにはならなかったわけで…。デモね、病院で出される風邪薬。結構きついので眠くなるし、胃がおかしくなるのでほんとうに嫌いなんです。最小限にしか飲みたくないのです。

それとついついIDDMママのさがで、自分で色々判断してさじ加減をしたくなる。医者任せ、病院任せにはしないでしょう。多分それはそれでいいことなんだと思うけど、今回はそれが完全に裏目に出ました。

点滴が終わって家に戻ると熱は39度にもなっていました。早速熱を下げる座薬を使うと、どんどん下がって37度5分まで下がりました。何とか食事も少しは取れて、そして今度は薬もきちんと飲みました。

そして今朝起きたら何と平熱に下がっていました。やった~~~~^^

本当に本当に嬉しかったです。普通に朝食がとれる幸せ。そしてまた今度ばかりはきちんと薬も飲みました。

昨日の結果を聞きに病院へ行きました。やはり『気管支炎』ということで、もう一度点滴をしました。でも数値はそれほど悪くないので(多分手当てが早かったのでしょう)後は、飲み薬の抗生剤で治りそうです。

皆さん、風邪にはくれぐれもご用心くださいね(ってこんな馬鹿な事をしているのはわたしぐらいでしょうが)

待合室で気になる会話。60歳ぐらいの男性の方、「低血糖や、80しかないからジュースのまなあかん。低すぎるって言われたわ」と言いながら処置室から出てこられました。

「この前なんか夜中に40になってしもて、もう手がぶるぶる震えた」

話しかけられたお知り合いの女性の方、「ええぇ~~そんなん、こわいやん」って。

で、その方が帰られた後、その女性の方ともうひとりの知り合いの方がこんな会話。

「正常な血糖って何ぼ?」   「90から100ぐらいと違う、あの人は薬ではあかんから注射を打ってるねん。インスリンいうてな」

わたしは80でいいんじゃないって勝手に思ってしまった。まぁ、まだインスリンの効きが残っている時間で80なら問題だけど。

こういう話を聞いたり、点滴でたまに針を刺されて痛さを実感したりするたびに、こういうことに毎日向き合って付き合って、文句ひとつ言わないIDDM子(たまには文句も言いますが…)は本当に偉いなぁってしみじみ思うのです。

今回のことはすごくいい勉強になりました。抗生剤、これからは真面目に飲もうと思います^^

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なぜだか嬉しい^^

 先週の金曜から発熱したユウ。日曜には完全とはいかないまでも復活、そして月曜から学校に行くはずだったのですが…。まだ休んでいます。そして今日インフルエンザと判明。

そしてそんなわたしたち、なぜだか嬉しい。だってこれでやっとよくなるんですもの。当然わたしも…。

月曜から親子ふたりで病院をはしごしています。まず月曜日。朝起きてさぁ学校と思ったら、38度8分>_<       ええ~~~~~~なんで?で、病院に行ったら、「まぁ今度の熱はすぐに下がるでしょう」と言われて、お薬が1種類増えました。ほんとならこの時にインフルエンザの検査をしてもらえばよかったんだけど^^;    まだ食欲もあったし、そんなに本人もしんどそうではなかったので…。で、その足でわたしの病院。ちょっとした風邪でも点滴(抗生剤入り)をしてくれて、た~~~~くさんのお薬をくれる病院へ行きました。待つこと1時間半、点滴してお薬もらって家に帰ったら1時でした。もちろんそんなにたくさんのお薬なんて飲みません。こんなのまともに飲んでいたら胃が壊れるよ~~。自分で必要な分だけチョイスして飲みます。

そして今朝、相変わらずしんどい。食欲ない。いつもなら点滴で復活するはずだったのに。で、ユウはというと。朝は37度2分に下がったのに、あっという間にまた38度8分。お昼寝して起きたら39度1分。これでおかしいと直感しました。インフルエンザか肺炎のどっちかだろうなと…。で、午後診に行って検査をしたら見事に陽性。デモね、これでやっと熱が下がるんだ~って思うと正直ホッとしました。2年前の時もそうだったけど、どんなに薬飲んでも安静にしていても治らない。気持ちの上で疲れてしまうのです。原因がわかるほうが、たとえそれがインフルエンザだとしても嬉しいのです。タミフルもらって車の中ですぐに飲ませてそのまま、わたしはまた病院へ。

昨日とは違う病院です。そして事情を話して検査をしてもらったらわたしのほうは陰性。でもそこの先生がおっしゃるには今年のインフルエンザは微熱が続くとか38度ぐらいの熱しか出ないという人もいるらしい。多分わたしもそうだと思う。それに予防注射もしているし、マニュアル通りに高熱が出て…にはならないみたい。で、わたしがその病院を選んだ理由。そこの病院は家族に発症者がいたら陰性でも予防的にタミフルを出してくれるのです。当然わたしも出してもらいました。確実に熱が高くなってから飲んでもいいし、予防的に飲んでもいいと言われました。わたしは、夕食後から飲みました。

これでやっとわたしもユウも楽になれそう。

そして問題はナツです。

今のところ大丈夫ですが、時間の問題でしょうね。もちろんできるだけ予防しなきゃって思うのですが、わたしたちが治って3日間経つまでにナツが発熱したら間違いなくインフルエンザだそうです。しかもナツは今年は予防注射も1回しか受けていないし、でも受けていてもかかるんだから、この際同じかな^^;

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ユウがダウン

 2年生になってから一度も休んでいなかったユウが今日はとうとう欠席しました。昨日までいつもと変わらず元気に遊んで、寝る直前まで食べまくっていたというのに…。寝るなり咳が出始めました。

「あれ、風邪?喘息?」と思いながらも朝まで寝ていました。

そして朝起こすなり「しんどい」と一言。この一言がなかったら多分普通に学校に行っていたかも…。それぐらいいつもどおりだったのに、熱は38度2分もありました>_<

体温計壊れてるんじゃないって思うぐらい、普通に朝ごはんも食べたけれど、さすがにこの熱では休ませるしかありません。本人は「学校いきた~~い」って叫んでいました。

産まれた直後からよく泣いて手のかかるナツと正反対に、ユウは本当におとなしくて手のかからない男の子でした。病気らしい病気もしないし、風邪も年に1回か2回ぐらいです。風邪をひいてもぐずぐず言って眠れないナツと違って、ユウはコンコンと眠ります。だから回復も早いのです。

免疫力…よく言われる言葉です。ナツのIDDMにしても、免疫力が強すぎて、自分の膵臓の中の細胞を壊してしまった発病説があります。ナツもそうですが、多分ユウもこの免疫力が強いからだと思います。だから風邪もひかない。そしてこれはどちらかというと主人の家系のようで(実際に主人の親戚の中にIDDMの子がいます)主人にしても、義母にしても、風邪をひいて寝込んだのはこの10年の中で1回だけですから。

でもそんなユウもたまには風邪をひきます。もちろんこの冬になって初めての風邪です。そんなわけで、9時過ぎ、かかりつけの小児科へ。幸いユウたちの学校にはまだインフルエンザは一人もいません。なのでおそらく普通の風邪でしょうということで、お薬をもらって帰ってきました。夕方、あまり熱が上がるようなら、また連れてきてくださいと言われました。

12時ごろ、何か食べさせなきゃと思ったら、テレビを見ながら寝てしまっていました。わたしもすることもなく、お昼ご飯を食べてから、一緒にお昼寝。そして2時過ぎ、やっと起きてきました。最初の一言が「お腹すいた」

そして6枚切りのブドウパンを1枚、ぺろっと食べました。熱を測ると39度1分。この熱でこの食欲。信じられません^^;薬が早速効いたのか、咳も減って、ほんとにいつもどおりです。でもこの風邪がナツにうつるとこうはいかないでしょう。何とかうつらないで、週末には復活して、また来週から元気に学校に行ってくれますように。

今日は関西ではこの冬一番の寒さ、夕方には雪も降りそうですが、ユウの風邪のおかげで、一日中暖房の効いた暖かい部屋でふたりでのんびり過ごせました。こんな冬の一日もいいかな^^

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「あの日」から12年

 早いものです。「あの日」から今日で12年が過ぎました。ほんの一瞬の地震が多くの人の命を奪い、そして多くの人の人生を変えてしまった。実はわたしもその人生が変わったひとりです。平成7年の1月に地震が起き、その年の10月にわたしは結婚しました。会社の先輩や上司からは、「あの地震がなかったら、○○ちゃんは結婚していなかったよね、きっと。今でもこの会社で働いていたかも」と言われています。ハイ、否定はしません。

だからあの地震がなかったら、ナツのお母さんになっていなかったかも。当然IDDMという言葉も知らずに、今頃何をしているのでしょう。そう思うと人生ってつくづく不思議なものだなぁって思うのです。

「あの日」まで、わたしは小さな旅行会社のカウンター業務をしていました。三宮の駅の中に事務所がありました。大好きな神戸の町でわたしにとっては天職と思える仕事に就けて、毎日がすごくすごく楽しかった。気がつくと適齢期という年齢を超えて、その頃から段々仕事もつまらなく思えていました。待遇のこと、お給料のこと、人間関係、将来のこと、煮詰まっていました。ストレスから色々病気にもなりました。

それでも結婚相手が見つからない以上、会社を辞める勇気もなく、マンネリの中で生きていました。そんな中での地震。前日まで働いていたビルは4階部分がぺっちゃんこにつぶれ、見るも無残な有様。電車も止まり、職場も失い、その日からどこにも行けずに家で過ごしました。そしてあの日から2週間後、正社員という立場ではなかったわたしには、解雇の通知がたった1本の電話でありました。

涙も出なかった。でもその時、少しだけホッとしたのです。これでやっと新しい一歩が踏み出せるんだって思いました。それから通信教育で始めていた医療事務の勉強をやり終えて、一応資格も取りました。平行して、レセプトのパソコン業務を習える学校にも通いました。とにかく親のすねをかじっているわけにもいかず、何とか収入を得ようと必死でした。

そんな3月の初めに、人を介して今の主人と知り合いました。結婚ってタイミングだと思うのです。もし仕事が楽しくて仕方がないときに出会っていたら、結婚に踏み切れたかどうかはわからない。ちょうど自分の人生を見つめなおす時に出会えたということが、タイミングがよかったということかもしれません。地震を経験したことで、誰しも人生って?家族って?っていう問いを自分自身に問いかけていたのかもしれません。だってもしあの地震が昼間に起こっていたら、今頃わたしは死んでいたかもしれない。電車に乗っていたら…、そう考えるとぞっとします。生かされている、家がある、水が出る、電気がともる、そして家族がいる、そんな当たり前の幸せに目を向けさせられるきっかけになりました。

地震の後、電車が通りだすと何度か神戸にも足を運びました。実は主人も神戸に会社があったので、6時に待ち合わせをしてよく食事もしました。瓦礫の町、火事の後、あちこちにお花が供えられている道、そういうものを目の当たりにしながら、いろいろなことを考えました。

「座りたいとは言わないけれど、せめて電車の中で新聞が広げられるぐらいのスペースが欲しいな」付き合っていた頃、超満員電車での通勤に疲れていた主人が言いました。

「働ける職場があるうちが華よ。満員電車でも行ける会社があるだけいいじゃない。わたしなんてもう行きたくても行く会社もないもん」

そんな会話をしたことをなぜか変にはっきり覚えています。それまでわたしには居場所があった、これでも会社では頼りにされていた、顧客もたくさん持っていた。でもそれもこれも地震で職を失うと同時に失ってしまった。会社の人が色々電話で仕事の事を毎日のように聞いてきました。でも、段々と日にちが経つにつれそれも必要なくなっていったのです。自分が誰からも必要をされていない、そんなむなしさを感じていました。そんな中でこの人は、そして新しい家族はわたしを必要としてくれる、そんな家族を持ちたいという気持ちが結婚に踏み切らせてくれました。

あれから12年、母として、娘として妻として必要とされているわたしがいます。自分の居場所があるということに決して甘えないで、精一杯生きていきたいなってそんなことを考えた震災記念日でした。

震災を知らない子どもたち、「今日、学校でね。2回も黙祷させられたんだよ」って言いながら帰ってきました。2日続きで高かったナツの血糖はやっと226と普段の血糖に戻りました。

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朝の珍客

 結婚してここに住むようになってから気づいたこと。このあたりってすごく朝もやの日が多いのです。特に冬場の朝方に冷え込んだ今日みたいな日。そして不思議とこんな日は昼間はとってもいいお天気になります。9時ごろから少しずつもやが晴れてお昼は快晴。

でも起きてカーテンを開けた瞬間は、周りがもや~~~としていて慣れるまでは何だか嫌な感じ。それに前方が見えないので、子どもたちの通学も危ないのです。案の定、今朝も我が家の横の道で脱輪した車がありました。ここはよくはめるのです。ちょうどタイヤ1個分のスペースだけ、溝の上のガードがない。だからはまるとなかなか抜けなくて大変。

朝6時40分、我が家のチャイムがなりました。だ、だれ?こんな早い時間に…。まだあたりは暗いし、恐る恐るドアを開けると…いえ、正確には、「ハイ」って返事するなり、ドアが開いて、いきなり

「牛乳屋ですけど、そこの横の道で前輪をはめてしまって…対向車をよけようと思って、左に寄りすぎたら、前のタイヤがはまってしまって、困ってるんやけど…誰か男の人の手を貸してもらわれへん」って言われました。もうあっけにとられました。

「朝早い時間にごめんね」と最後に一言言われましたけど…^^;

その人は義母がとっている宅配牛乳の配達のおばさんでもちろんわたしは別に知り合いでも面識があるわけでもないのですが、まぁ我が家に牛乳を届けるために、そうなってしまったわけだし、そこまで言われてできませんとも言えなくて、主人を起こしに行きました。

最近寒くて布団を出る時間が5分、10分と遅くなってきていたので、朝はバタバタです。7時に子どもたちを起こすまでにわたしが朝食をとって、子どもたちの朝ごはんのおかずを用意しなくてはいけないのに、5分だって貴重なのに。大体なんで牛乳をとっているっていうだけで、そんなこと頼まれないといけないの~~。何度も言います、いえ書きますがとっているのはあくまでも義母でわたしたちじゃないんですけど。

ちなみに主人は3日前から風邪を引いていて、昨夜は珍しく早く寝ました。(だってその前の日は、鼻が詰まって眠れなかったみたい)だから、ぎりぎりまで寝させてあげたかったんだけど(とはいっても、15分早いだけです)。

2階に上がって部屋を開けたら、主人はちょうど起きたところでした。事情を話すとしぶしぶですが、文句も言わず、嫌な顔もせずにすぐに起きてくれました。こういうところは偉いなぁって思う。でもわたしの用事なら絶対に起きないと思う。そしてたまたまお向かいの家のご主人も起きてこられて、ふたりではまったタイヤをかかえあげたそうです。10分で解決して戻ってきました。

その後、1回だけドアが開く音がしたのですが、気に留めずに朝の用事を済ませてしまいました。で、しばらくたってふと玄関を見ると、さっきの牛乳屋さんが、1Lの紙パックのコーヒー牛乳と、コーヒーフレッシュ1袋と、小さな紙パックのブラックコーヒー2個を置いていってくれました。きっと手を止めさせると悪いと思って黙って置いていってくれたようです。

朝からバタバタしましたが、何だかいい事をして嬉しかった1日です。もちろんいい事をしたのはわたしにではなく主人ですが^^

紙パックのコーヒー牛乳なんて久しく買ったり飲んだりしていなかったなぁ。時々無性に飲みたくなるけれど、買っておくとナツが見つけて欲しがるとかわいそうなのであまり買わないことにしていました。ナツが今度低血糖になった時に飲ませてみようかな、それともこっそりわたしが内緒で飲もうかな。

そして起きてきたナツの朝の血糖は、とっても珍しいことに寝る前よりも上がっていました。昨夜は132、なのに朝は190でした。これってナツにとってはすごく不思議なこと。軽い鼻かぜをひいているのでそのせいか?それとももしかしていよいよ成長ホルモンが出始めたのか?実は冬休みの間は一度も朝の血糖を測っていないので、なんともわかりません。しばらく朝の血糖に注意していかなきゃぁ。

9時過ぎ、車を走らせていると、いつものようにもやが晴れて、寒いけれど抜けるような青空になりました。こんな冬の天気も悪くないかなってやっと最近そう思えるようになりました。

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網戸&障子の張り替え

 夏の終わりごろから、はがれて垂れ下がってしまった縁側の網戸、それに床の間の破れてお化け屋敷のような障子紙。もうすぐお正月も来ることだし、思い切って張替えしてみようとHPを散策。網戸の張り替えは何年か前にもしたことがあるのですが、障子は初めてです。で、必要なものをホームセンターで調達してさぁ開始。今はアイロンで貼れる障子紙もあるようで、今回はそれを買いました。

まず午前中に主人が網戸の張り替え、それと平行してわたしと子どもたちで障子紙はずし。障子は、前に貼った糊の部分に水をつけてはがしていくので、新しく貼るのはそれが乾く2時間後からになるのです。昼食の間に乾かして、貼っていくのは午後からの予定。114_1449

昼食をとって片付けてさぁ貼ろうと思ったら、主人がホームセンターに買いものに行こうと言い出し付き合いました。家に帰ったのはもう3時。さぁ貼るぞ~~って思って家に入ったら、何と義母がちょうど障子紙を張り始めたところではありませんか。確か11時過ぎに買い物に出かけていましたが、その時に障子紙を買ってきたようです。あっけにとられるわたしと主人。さすがに主人も呆れて、

「障子紙、ちゃんと買ってあったのに…」そしたら義母は全然悪びれもせず、

「あらそう、そんなの知らないからわたしも買ってきたわ。じゃあそれ使おうか?」ってへらへら笑いながら言うのです。

ちょっと待ってよ、それって障子紙の問題かな。別にダブって買っても腐るもんじゃないから、いいけど…朝から大変な思いしてきれいにはがして、今から貼ろうと思っているわたしはどうなるんだろう。それに障子紙だけはがしたわたしたちが、後は貼らないでほっておくとでも思っているのかな…。そもそも障子紙も買わないではがすわけがないじゃない。そういう人の気持ちや思いを無視する義母のやり方は以前からだったけど、ここまで無神経なことをされるとは思ってもいなかった。正直わたし開いた口がふさがりません。

「今はアイロンで簡単に貼れるものがあるからちゃんとそれを買ってきたのに…」わたしも一言言わずにはいられなかった。

「じゃあそれ貼るから貸して」  「来年使うからいいわ、どうせまた1年もしたらやぶれるし」

「それをもう貼りかけてるんならそのまま貼ったらいいやん」と主人。ちょっとむっとしていました。わたしも言いたいことはいっぱいあったけど、この人に何を言っても無駄…ようくわかっているので諦めました。うちの障子戸は、下半分がガラスになっているので、かなり重いのです。正直わたしでも敷居からはずしたり、はめたりは大変です。それをひとりで全部やっていました。義母はその部屋は自分のテリトリーと思っているようで、わたしが自由にするのが気に入らないのでしょう。確かにその部屋にある仏壇は亡くなった義父をまつっているので義母に任せていますが、それだけで、後はこの部屋はわたしがいつも掃除をしています。それに障子紙が破れているのはもうずっと前からのこと。する気があるのならもっと早くしてくれたらいいのです。まるで、人の持っているおもちゃで遊びたがる子どものようです。

朝から子どもたちとわいわいがやがや作業をしているのはようく聞こえてわかっているのに、その間は知らん顔。その時、顔を出して後はやっておくからと言ってくれてもいいのです。

義母はいつでもそう。キッチンに用事があってもわたしたちが寝静まってからしか使いにきません。わたしが使っている大きな洗濯機を使いたい時もそう。わたしの車が出て行くのを見届けたら黙って洗濯機を使います。正直そういうのにうんざりしてやめて欲しいと言っても、

「あんたは、話しかけにくい雰囲気があるから」と言われました。

ナツは一言。「お母さん仕事減ってよかったやん、そう思えば」

「そうよね、ナツ。どうせお母さんはこれから先、おばあちゃんがなくなったら嫌でも障子の張り替えをずっとやっていかなければいけないんだもんね。できる間はしてもらいましょうか。」

来年から絶対に障子の張り替えはしないぞと誓った年末の出来事でした^^;

本当ならここにぱりっと貼った障子の写真をアップする予定だったのに^^;

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冷蔵庫が壊れた>_<

 夏ごろから冷えが悪いなぁとは思っていたのです。もう11年も使っているんですから…。それで、主人にミ○リ電化に行く度に、冷蔵庫買わない、そろそろ買い換えないって言っていたのですが、主人は壊れない限り買い換えない主義なので、OKが出なかったのです。

2日ほど前から、何となく違和感がありました。冷気を感じないというか、おかしいなぁと思っていたら、ついに昨日、冷凍室が壊れました。幸い冷蔵の方は冷えていたし、冬場なので、開けない限りはそんなに溶けはしなかったのですが、でも猶予はありません。まずアイスは全滅です。冷凍コーンとか夏に大量にいただいて、食べ切れなくて冷凍にしていた枝豆も危なそう。幸いお肉は大丈夫。でもお魚はふにゃふにゃになってしまうし。で、とにかくすぐに配達してもらえるものを選ばないと…。まず倉庫に在庫がないと3日間はかかるとかで、それを第一に選びました。

壊れた冷蔵庫は確か400Lの容量でわたしがお嫁入りの時に持ってきたものです。子どもたちの離乳食作りには大活躍してくれました。なかなか買い物に行けなくて、この頃から買いだめ癖がつきました。こんなにギュ-ギュー詰めの冷蔵庫はないだろうって主人はよく怒っていましたが。でも今度買う冷蔵庫は、これからの10年間使うことになります。子どもたちは中学、高校と食べ盛りになっていきます。今より容量が小さいのは無理でしょう。結局450Lのものに決めました。

実は同じ容量でとってもお買い得の商品があったのです。主人はそれがいいというのですが、現品限りなのです。だから安いというわけ。わたしは色が白だからちょっと嫌でした。だって汚れが目立つ。それに現品限り。全く抵抗がないわけでもありません。でも安さには勝てない。それでもいいかと思ったのですが、この現品限り、品物は目の前にあるのに、配達は手続きの関係で3日後になるそうで、結局諦めました。内心わたしは嬉しかった。これで文句なくわたしが気に入ったものが買えるから^^

高いお買い物になってしまいました。ボーナスが飛びそう。だから…ね、壊れる前に、セールとか、キャンペーンとかを利用して買うほうが絶対に得なのです。ゆっくりじっくり選んで、休みの日に配達してもらって、きちんと計画的に入れ替えして…と、その方がよかったのに…。でもわたしには、大きなクリスマスプレゼントになりました。真新しくきれいな冷蔵庫を前にひとり、微笑んでしまいました。1年間頑張ったわたしに神様がくれたご褒美かしら…^^

さぁこれで頑張ってこれからもおいしいお料理を作りましょう。で、冷蔵庫の中もまめにお掃除しましょう…って誓うのですが、果たして今の気持ちいつまで続くのやら^^;

あっそうそう、今まではまとめて置けなかったナツのインスリンの在庫も今回はドアポケットを1個丸ごと専用にしました。それに解熱用、吐き気用の座薬もそこにまとめて入れました。もうこれで在庫のチェックもばっちりです。

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ダブル歯医者

 今日はわたしと主人、ダブルで歯医者さんへ行ってきました。急に休みが取れたとかで、朝は9時まで寝ていた主人。わたしが9時半の予約で家を出ようとしたときに起きてきました。

「休みが取れたんなら、○○大学付属に行ってきたらいいのに」

前にも書きましたが、主人は今通院している歯医者さんで、歯茎に腫瘍がある可能性があると言われ、○○大学付属病院の口腔外科に紹介状を書いてもらっています。しかしその紹介状は2週間過ぎた今も主人のかばんに入ったまま。気になるわたしは時々チェックしていますが、一向に行く気配はありません。早く行ってすっきりさせて欲しいのに>_<

そしたら主人は、「直接、行ったらいいの?」ってとぼけた質問。もう~~~。これだから健康すぎる人は困る。病院の行き方も知らないんだから…。

「そのために紹介状を書いてもらったんでしょう。それと保険証をもって、直接行ったらいいの。初診の窓口に行くのよ。受付時間は早いところなら11時までで終わるよ。今から行けば間に合うよ」

もう小学生じゃあるまいし、なんでここまで説明しないといけないのよ~。少しガンの怖さもアピールしておきました。そしてわたしはいざ歯医者さんへ。

今日も神経の処置というのをしました。やはりあまりの痛さに我慢できず麻酔をしてもらいました。今日も長かった。診察室に50分いました。それに今日は終わってからも何となくウズウズと痛くて、反対の方の歯で噛んでも痛い。でも痛み止めを飲むほどでもない。先生の話では、年内に型をとってかぶせるのは無理。お正月休みには痛み止めを持って帰ってもらうことになるでしょうとのこと。こんなことなら年明けから治療してもらったほうがよかったかも。だって痛くて我慢できないってわけでもなかったんだから…。

家に帰ったら主人はいませんでした。車もなく、どうやら病院に行ったようです。やれやれです。これで結果はどうであれ、今日中にはっきりします。何だか帰ってくるまでの時間がすごく嫌。と言いながらもしっかり昼食を食べて、昨日とっておいたビデオを見てお昼寝していました。

3時前、主人帰ってきました。お昼ごはんも食べなかったようでラーメン作っていました。

わざと「どこ行ってたの?」    「病院」

「で、どうだった?CTとか撮ったの?」

「いいや、レントゲン撮っただけ。手術した方が、早く済みますけど、どうしますか?って聞かれたから、考えておきますって行って帰ってきた」

ふ~~~~ん、と思いながらそれでも思わず胸をなでおろしました。手術はその部分を切開して膿を出すらしいです。日帰りで1時間ぐらいで終わるそうですが、おそらく主人、しないと思う。そういうの苦手な人だから。いくら手間でもこつこつ今の歯医者さんに通うほうを選ぶでしょう。でも腫瘍とか何とかの話は何だったの?その辺をちゃんと聞いたのかな?

紹介状にもそういうことは書いてあったはずだから、大丈夫でしょう。○○大学付属病院なんだから大丈夫でしょう。膵島移植でも有名な病院です。もし仮に将来ナツが希望すれば、ここに登録することになるはずです。

色々辛いことの多かった1年です。これでもし主人が腫瘍がある、悪性かもしれない、入院だ、手術だなんて事にでもなったら、ほんとに踏んだり蹴ったりの1年の締めくくりになってしまっていた。よかったです。何もなくて…。その事を聞いて以来、頭の片隅に引っ掛かっていたことがようやく解決しました。この際、わたしの歯の痛みぐらい我慢しましょう。こうして最後はハッピーでこの1年を終わることができそうです。

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3人の週末

 この前、ふと思いました。思えば結婚して11年と2ヶ月。わたしは夕食をいつも義母と一緒に食べています。もちろんナツやユウもいますから、正確には4人で食べているわけです。(主人は帰宅が遅いので、週末しか一緒には食べません)

いつ頃からかわたしが義母と話をすることはなくなりました。子どもたちがいるからまだいいのです。今日あった事を、機関銃のように交互に話してくるナツとユウ。それに横から口をはさむ義母。本当はもっともっと子どもたちと学校でのことを色々話したいのに、聞かれるとまずいことや近所の人に関することはここでは話せません。もちろんインスリンのことや単位のことも話せません。義母がテーブルを離れるのを待って、ナツと相談、単位を決めて注射という手順に…。

最近こういう不自然な夕食に嫌気が刺してきたわたし。本当なら家族で過ごす一番大事な時間のはずの夕食タイムは何だか気まずい。特に例の大喧嘩以来、必要以上に料理の事を誉めたり、変に気を使う義母の態度にはうんざりです。

第一、なんで好きでもない人とこうして一緒に食事しないといけないんだろう。どこの家に姑と一緒にご飯を食べたい嫁がいるだろうか、いるわけないと思う。でも義母ひとりをのけ者にするわけにもいかず、毎日が同じように過ぎていきます。

そして昨夕は主人が会社の人とカニを食べに泊りがけの旅行に行きました。そしてわたしたちは、かねてからの計画を実行に移しました。こうして書くとすごくたいそうですが、

わたしとナツとユウで外食したのです。ハイ、たったそれだけのことです。でも今までしたくてもできなかったことです。主人がいたら、絶対に義母も誘うように言うから。でもまさか4人で行こうなんて思いません。猫の鈴はナツがつけました。

「おばあちゃん、今日わたしたち外で食べてくるから、夕食適当に食べてね」

さりげなく言いました。足腰が立たないのならいざ知らず、自分でバイクに乗って買い物にも行けるし、自分の冷蔵庫まで持っているのですから、たまには自分で好きなものを食べてくれたらいいのです。

ああ、何という開放感。おそらく大多数の主婦の人が普通に毎日経験していることがわたしにとってはとても幸せに思えます。そしてわたしたちが向かった先は、ラーメン屋さん。ここのラーメンすごくおいしいんだ。誰に遠慮もなく、しっかり味わって食べられるなんて幸せ。114_1429

ふたりは普通のラーメンを頼み、わたしは、ちょっと毎日食べすぎ気味だったので、「半ラーメン」を注文しました。麺が半分なんです。その分お値段も半分。そして餃子を頼んでみんなで食べました。ユウが残した麺をわたしが食べました。

こういうこと、義母を連れてくると絶対にできないのです。どうして1人前注文しないのかとか、なんやかんやうるさいのです>_<

食べ切れなければ残してもいいから十分に注文したがる義母。残すぐらいなら少なめに頼んで完食したいわたし。いくら11年間一緒に暮らしていても、価値観が同じになることはありません。

ラーメンを食べ終えたわたしたちは、市民会館に向かいました。12月の毎土曜日に、無料のミニコンサートが開催されています。7時からのこのコンサートを聴きに行きました。

この日の演奏は、ピアノとヴァイオリンとチェロの演奏でした。間近で生でこういう演奏を聴くのも、なかなかいいものですが、最初のクリスマスメドレーはよかったものの、クラッシックの名曲には、ちょっと退屈気味のふたりなので、1時間だけ聴いて途中でぬけました。そして市民会館中庭のクリスマスイルミネーションを楽しみました。年々この時期になると、派手になってくるこのイルミネーション。個人のおうちでもされているところが増えてきました。確かに素敵だけど、思わず電気代はどれぐらいかかるのかななんて現実的な事を考えながら、家に帰りました。

主人には悪いけど、親子3人の週末の夜、とっても楽しかったです。

9時にランタスを打ちながらナツが言いました。ランタス打たなくてもいい日があったらいいのになって。そうですよね。ほとんどの人にとって当たり前の注射しない日。ナツにはもし可能ならすごく幸せな日なんですよね。何でもそう。当たり前だと感じない幸せ。でも仕方がない日常。また明日からは、義母と食卓を囲む日常に戻って行きましょう。

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歯の治療

 今日は何年ぶりかに歯医者さんに行ってきました。左の下のかぶせている歯が、何となく調子が悪いなぁと思ったのは、確か父が亡くなった頃でした。でも…歯医者さんってよほど痛くならない限り行きたくないものです。この前のナツの入院騒ぎの後に、「歯が浮く」感じがして、歯茎から出血が続き、とうとう噛む事もできないぐらい痛くなって、しぶしぶ予約を入れました。そして今日が予約の日というわけです。

「歯が浮く」っていう言い方はもしかしてこのあたりの方言?多分歯科医の先生に歯が浮くんですって言っても「はぁ?」って言われそう。疲れた時、肩がこった時、仕事初めで、今まで遊んでいた身体を使い始めた時、歯茎に違和感が…。そういうときによくこう言います。でも虫歯でなければ2、3日で治ります。今回は治りそうもなかったので、覚悟を決めました。

久しぶりなので、まずレントゲンを撮りました。その結果、どうやら虫歯の感じと言われました。まず歯肉炎の検査をし、その後、歯科衛生士さんに、歯石を取ってもらい、いざ治療に…。かぶせている歯は、はずしてしまうとたいそうなので、少し穴を開けて中を見ていただきました。そしたら中は虫に侵食されて、がらんどうになっていました>_<

神経の処置をするために麻酔注射もすることに…。結局診察室の中で1時間半いました。その間、麻酔が効くまでの20分ぐらいは、本を読んでいましたが、かなり疲れました。家に帰っても口を開けるのが、だるい^^;

これだから、歯医者さんって嫌い。でも、なぜか今までほど治療自体は怖くなくなったような気がします。今までは麻酔注射って聞いただけで、びびりまくっていたわたしです。毎日注射を打っているナツの事を思うと、たかが1本の注射なんてどうって事ないじゃないって思えるようになりました。麻酔が効いてしまえば、全然痛くないし、歯を抜くことに比べたら、楽なもんです。

でもやっぱり歯医者さんは何となく嫌。これからは甘いものを止めてしっかり歯磨きしようと誓うのです、今日だけは…。

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わたし、ひょっとして予備軍?!

 1ヶ月前に受けた健康診断で、前日の夜から絶食していたにもかかわらず、血液検査の結果、血糖値が101でした。自動的にHのマークがついていました。十分許容範囲、誤差範囲だと思っているつもりです。本人は…。その証拠にA1cは5.0です。

時々かかりつけのクリニックでも血液検査を受けます。でもいつも急に決まるので朝食は食べてしまっています。そのかわり、食後何時間かを記入していますから、このときの血糖値は少々高くても仕方ないはず…なのですが、「食後3時間にしては高い」とか言われることが多いのです。この前は確か食後3時間で120でした。いつもナツの血糖値を見ているわたしは、たとえ120だろうが、130だろうが全然高いとは思えないのです。

200ぐらいまでならOKじゃないなんて思ってしまいます。でも心配で時々ナツのチップを借りて測定したりもします。当然200なんて値は出ないので安心しています。第一、お砂糖もラカントを使い、食生活にも気を使っているわたしが、2型になんてなるはずないじゃない。標準体重もいかないぐらい細いし…。

でもちょっと毎日の食生活を反省してみると、確かにカロリーを控えた食事を心がけてはいるけれど、多分わたし間食が多いのです。しかもお菓子、チョコ、ラムネ、時にはナツ用のブドウ糖が粉々になっていたら、ほかすのも嫌なのでわたしの口に。

こんな生活をこのまま続けるとやっぱり怖いかも…。食べても食べても太らない体質をいいことに、食後にお菓子、3時にお菓子、寝る前でもお菓子。やっぱりこれでは駄目でしょう。身体のためには、ヨーグルトやチーズ、果物とかを間食にするほうがまだいいのでしょうが、そういうの、嫌いなんです。

思えばナツが産まれてからしばらくの間、1年ぐらいかな、我が家には買い置きのお菓子というものはなかった頃がありました。育児に忙しくて食べる暇がなかったから…。その頃の方が体調もよかったように思います。で、その反動?か、ナツが保育所に入った頃から、お菓子の買い置きが切れることもなく、ついつい手が淋しい、口が淋しいとお菓子や菓子パン、スイーツなんかをよく食べていました。

今回思い切って少しずつですが、お菓子を食べる習慣を止めていこうと決心しました。ただナツの補食用にどうしてもお菓子も買っておかなければいけないので、それを見ながら食べる事を我慢するには相当の忍耐が必要かも…。いきなり全く食べないようには無理なので、量を減らすことにします。どうしてもお腹がすいたら、果物やチーズで乗り切ろうと思います。ついつい主人がタバコを吸うのを見ていると、どうして禁煙できないんだろうと思ってしまうけれど、確かに好きなものを止める、減らすって大変かも。

でもそれで、節約にもなって体調もよければいうことなし。来年の目標に掲げて頑張ります。こうしてブログで公言しておけば、頑張るしかないでしょう^^;

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ちょっとショック!です。

 ナツが退院した次の日のことです。ホッとするのもつかの間、主人から意外なことを聞かされました。主人のことはここではあまり書いてこなかったのですが、それもそのはず。何となく最近歯車が噛みあわないと言うか、会話がないというか、時々頭の片隅に「離婚」なんて文字もちらつくし…。子どもたちも時々言います。

「もしお父さんとお母さんが離婚したら僕はお母さんについていく、でも転校するのはいやだなぁ」って…^^;

怖い会話ですが、こういう風にさりげなく言えるうちはまだいいのかもしれません。もちろん具体的に考えたことはないのですが。多分わたしが両親のことに頭がいっぱいで家の事をあまり考えられなくなっていた1年間のせいかもしれません。それに主人とわたしの両親はあまり相性がよくないので、何かちょっとしてことで意見が食い違ってきます。

話は元に戻ります。夜遅く、そして少し酔って帰ってきた主人の話はこうでした。今主人は虫歯の治療で歯医者通いをしています。虫歯というより歯槽膿漏のような感じで歯茎から膿が出ているようです。で、そこの歯医者さんがおっしゃるには、膿の出る歯が3つ連なっているので、稀に根元に腫瘍ができていてそれが原因の可能性があります…と。それならどんなに歯茎の治療をしても無駄なので、一度大きな病院で検査を受けられたらどうでしょうと。

ちなみに主人はバカがつくほど健康な人で、ほとんど病気らしい病気をしたことがない。かかりつけの病院ももちろんない。イマイチ話が見えてこないようで…、それでも腫瘍ということはガンかもしれないという一抹の不安がよぎって「少しショック」だったようです。家に帰って相談されたわたし。勝手な想像ですが、もし腫瘍が原因としたら、仮に良性であろうが悪性であろうと、手術になるでしょう。そうなったら自宅に近いほうがいい。なのでその先生もすぐに紹介状を書かないで、こちらが行きやすい病院に行くほうがいいと思われたのかなと判断しました。

家から近くで口腔外科と入院設備のある病院。ありました。車で40分。ナツが産まれるまでわたしが医療事務で働いていた病院です。ネットで少し調べてみましたが、結局主人は今かかっている歯科の先生に紹介状を書いてもらって、神戸の病院に検査に行くことにするそうです。

こういう話が持ち上がった場合、頭ではわかっていても最悪の事をふと考えてしまうものです。もし悪性だったら…、入院になったら…手術になったら…って、考えても仕方がないのについつい考えてしまいました。一難去ってまた一難ってこういうことなのかな。

ちなみに主人は酒豪でヘビースモーカーであるにもかかわらず、さっきも書いたように持病の一つもない人です。主人の母もそういう人です。だから…というわけでもないのですが、病気の時の気持ちがわからない人…わたしは、いつもそう思っていました。わたしはどちらかというと、アレルギー体質で花粉症で喘息もある。無理が利かないタイプです。その辺が主人や義母には理解できないようでナツのことにしてもそう。病気を持って生きていくということはおそらく自分がそうなってみないとわからない。そんな気さえします。

そんな主人ですが、今回のことは少しはこたえたようで、少しですが態度が変わってきました。自分の人生がもしかしたら残り少ないから…、まさかそこまでは考えていないようですが、人生とか家族とか、そういうことについて考える一つのきっかけになったことは間違いないようです。今までならわたしの話に耳も傾けなかったのに、少しはきちんと向き合ってくれるようになりました。

ナツがIDDMを発症した時にわたしが思ったこと、ナツのために経済的にもそして精神的にも親は両方がそろって必要なんだから、少なくともナツが結婚するまでわたしは元気で健康でいたい…と。そして主人にもそういう自覚を持って欲しい。もちろんタバコも止めて欲しいし、お酒も控えて欲しい。それ以来、真面目に1年に1回は健康診断やガン検診を受けているわたしです。そして偶然にもその話を聞いた日にわたしもちょうど1ヶ月前に受けていた配偶者検診のドックの結果が届きました。

若い時と違って、異常なしの文字が並ぶことがなくなってきますよね。歳をとると…(って一体何歳?)わたしも少しずつですが、引っ掛かることが多くなってきました。その話はまた今度機会があれば…。今は主人のことで頭がいっぱいになりそうですが、結果が出るまで考えても仕方がないので考えないようにしています。そして考えるのは、離婚なんて物騒な話はしばらく置いておいてもう一度、きちんと向き合ってナツのためにも健全な家族でいたいなということです。

こういうことを考えるいいきっかけになったのなら今回のことも悪くないかなって思いながらちょっとびくびくして暮らしていきます。

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焼き鳥屋さん

 最近気になっていることが一つ。昨日校長先生とお話した時もちょっと愚痴ってしまいました。

「校長先生、どうして小学校の正門の横に焼き鳥屋さんの屋台があるんでしょうね。」って。こんな小学校うちだけじゃないですか。でも、この屋台、(正確には正門の横5メートルのところ)ですが、実はここに引いて来て売っているんじゃなくて、ご自宅の庭に屋台を置いて商売されているわけで、学校としても文句は言えず。でもわたしには色々問題があるように思うんですが…。

さすがに小学生、帰りに買って帰る子どもはいませんが、とってもいいにおいのする横を通って帰ってくるので、家に帰ってランドセルを置くと自分のお財布を持って買いに行く子どもはいます。これって買い食い

さすがにそこで食べる子どももいませんが、たいてい友だちの家で食べているようです。つまり家の人はどこまで知っているのか、許しているのか^^;

ユウが友だちに誘われて2回ほど買って食べました。でもあまり続くのも困るので主人と相談して、我が家の方針は、自分で買って食べるのは駄目にしました。学校の決まりでは、子どもたちだけで自由に行き来していい範囲が学年ごとに一応決められています。我が家からだと3年生以上にならないといくら学校の横とはいえ、自分たちだけではそこへ行くことも駄目なのです。最初はその近くの友だちの家に遊びに行っているときに、その子と一緒に買いに行ったようです。しかもその子にお金まで借りて>_<

屋台の道の向かい側には自動販売機まであります。焼き鳥だけだと喉も渇くので、ジュースまで買って飲んでいました。で、その子のお母さんとも相談して、これからは子どもだけでは行ったら駄目ということで協定を結びました。

なぜなら、焼き鳥1本、80円から100円。たいてい3本ぐらい食べないと満足しないでしょう。それにジュースまで買うと、1回に400円ほど使ってしまいます。いくら自分のお小遣いで買うといっても、お小遣い全てを焼き鳥に使っていいわけがないのです。まだ2年生のユウには計画的に使うなんてことできるわけがありません。

本人は一応納得してそれからは買いに行くことはなくなりました。ところがユウのところに遊びにやってくる3年生の男の子、彼の家は両親とも共働きで家にいません。おじいちゃんおばあちゃんがいます。お小遣いも十分にもらっているようで、ユウを誘います。

「ユウ、今から焼き鳥買いに行かないか?」    「行かない」

「じゃぁひとりでちょっと行って買ってくるよ」という感じ。そして12本ほど買ってきてうちで食べています。部屋中焼き鳥の匂いでプンプン。おまけに食べた後の串や袋まで残して帰っている。その子が帰ってからユウに聞いてみました。

「ユウ、1本ぐらいもらって食べたの?」   「ううん、もらってないよ、だってお母さん食べたらあかんって言ったもん」

オイオイ>_<    それならうちで食べないでよって言いたいよね。匂いだけさせて目の前で食べて…。買いに行ったらあかん!とは言ったけど、食べたらあかんとは言ってないよ、わたし。

そして昨日は遊びに来た同じクラスの男の子。やはり上のような会話の後、ひとりで買いに行きました。そして彼は11本買って3本をユウにくれました。ユウは「○○くんが焼き鳥おごってくれたから食べたよ」ってわたしに報告に来ました。なので代りにジュースを出してあげました。

それにしても11本、1000円ぐらいでしょうか?一体彼はいくらお小遣いをもらっているんだろう。2年生の子どもが親に相談なく一度に使っていい金額なのかな。確かにこの子たちがユウのところに遊びに来るとわたしは多少はお菓子も出しています。だから、その分おごってもらってもいいんじゃないかなとは思うのですが、たかが2年生が、おごってやるとかおごってもらうとかそういう会話自体がおかしいというのが主人の意見です。

デモね、それならやっぱり学校の正門の横に焼き鳥屋さん、そしてその前を通って帰る子どもたち。この状態がやっぱり変なんですよね。何とかしてよ~~って言いたい。

ちなみにお味の方は…というと、確かに匂いのとおりおいしいです。我が家の場合、時々姑が買って夜食にでも食べてと言って持ってきます。夕食の時に出されるとわたしが機嫌が悪いので。だって嫌でしょう、折角作ったおかずに目もくれず、絶対に子どもたちは焼き鳥を食べてお腹を大きくしてしまうもの。そして夜食にといってもらった焼き鳥は15本ぐらいなら、親子4人で食べてしまいます。もちろん焼き鳥のたれにはお砂糖がたっぷり。なので追加打ちを余儀なくされるナツです。

だから、やっぱり焼き鳥屋さんはないほうがいいんだけどなぁ。

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朝から大喧嘩!

 今日は朝から大喧嘩をしました。娘とではありません。主人とでもありません。姑とです。おそらく結婚してから11年と1ヶ月。一番大きな喧嘩だと思います。

きっかけは他愛もないこと、たまたまわたしが朝食の片づけをしていると、姑が畑で採れた野菜を持ってきて流しの横において、「サラダ水菜よ、そのまま食べられるから」って言ったので、「あっ、ハイ」って答えたわたしの言葉が蛇口から出る水の音で聞こえなかっただけ。無視された、返事もしないと勝手に思い込んだ姑が、切れたのです。

「食べないんならほかしておいたらいいわよ」とぶつぶつ言いながら行きかけたので、ちょっとやば~~~って思ったら、戻ってきて、

「何か気に入らないことがあるんならはっきり言って!」って怒り出したのです。以前にもちらほら書いていますが、わたし、日常生活では姑とは必要最小限の事しかしゃべりません。そうなってしまったのには、11年の長い長い積み重ねがありますのでここで書いていても仕方がないのですが、要は話しても無駄な相手なのです。かといって別居するわけにもいかず、ましてや離婚するわけにもいかず、2世帯同居のような形で、お互い干渉せず、ただし夕食だけは一緒にという形で暮らしています。

「人が話しかけても知らん顔して」って言うので、怒ったわたし。

「ちゃんと返事したわよ、水の出る音で聞こえなかっただけでしょう?じゃあ今度からもっと大きな声で言えばいいのね、ハイわかりました。」ってめっちょ大きな声で言ったから、なんやかんやどうのこうのと言い出して収拾がつかなくなりました(*_*)

挙句の果てに、八つ当たりして子どもを叱るとか、なんやかんや言うので、わたしも一つだけ(いやほんとはもっと言いたいことがあったんだけど)、

「夕食だっていつもぎりぎりにならないといらないって言わない、それも悪びれずに平気な顔で、毎日献立考えて作っている身にもなって欲しいわ」って言ったら、

「たまたま急に食べに行くって決まっただけなのに、それも10日に1度あるかないかのことで、そんなに言われるんなら、もう夕食も炊飯器買って部屋で自分で炊くからいいわよ」

でもね、同じ家でそんなの変でしょう。それに主人が聞いたら、また怒るし…

「そんなすねたこと言わないで、キッチンで自分で作って食べたら」って言ったら…前にキッチンを汚した時にわたしが拭きまくったのが気に障ったからそれ以来台所には入らないことにしているって言い出してますます収拾がつかない。そりゃあ拭くよ~~、だって念願のリフォームで全部自分で考えて決めたキッチンよ。それも床にこぼれるぐらい拭きこぼしているんだもん。その時だってわたしが気がついて、先に拭いていたのに…。

よほど、出て行くって言おうかと思ったけど、止めました。だって行くところないもん。

足が震えるぐらい腹が立つ。血圧も上がっていそう。もしわたしがIDDMだったら、きっと高血糖になってるかも…。誰でもそうだけど、自分のしたこと、言ったことがどれだけ人を傷つけているかなんて気がつかない。そのくせわたしはこうされた、こう言われたばかり強調するんだよね。だからこんな状況でいくら話し合っても平行線。少し落ちついて、今夜さぁどう出るか…。

だけど、どんなに自分が正しくても、どんなに言いたいことがあっても言ってすっきるする方が少ないのです。だからこの問題って厄介で複雑。そんなわけで、本当に気分の悪いわたしです。でもそんな気持ちで一日過ごしてもいいことないので、今日は予定通り、ヨーガに行って汗を流してくることにしましょう。こういう優雅な専業主婦の生活はせめてもの同居のご褒美なのです。

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ネットとの付き合い方

 ナツのネットとのお付き合いは加速されていきました。例のメッセンジャーをやろうと誘ってくれたお友だちが、今度はチャットを捜してきました。それにナツを誘って掲示板デビューをしようという魂胆。わたしはあまり賛成じゃないんだけど(だってますますパソコンの取り合いになる)。でもいいこともあって、ナツもすっかりローマ字入力をマスターしました。

特に反対する理由もなく、ふたりは無事に掲示板デビューを果たしました。この掲示板は本当に小学校の女の子向けのようなかわいいというか何というか^^;

毎日他愛もないことをカキコしていました。

「わたし○○です。始めまして。よろしく」ってしっかりHNまで決めて…。そして1時間もすると、同じように「わたしは××です、よろしく」っていうレスが2、3個入る。そんなことの繰り返し。「わたしの趣味は、○○です。みんなは?」ってスレが入ると、「わたしの趣味は読書です」とか「わたしの趣味は、お菓子作りです」といういう具合。

そして「友だちになってください」って書くと、「わたしも…」、「わたしも」ってなって友だちリストに名前を連ねていく。だけど、文章っていうより言葉の羅列。で、一体何が友だちなのって感じなんですが、機嫌よくしばらく続けていました。

ところがある日、ナツとナツを誘ってくれたお友だちふたりのHNを指名して、「○○ちゃんと××ちゃんって、きもい。死ね」というカキコが入ったのです。これにはちょっとびっくり。どうしてこのふたりが友だち同士だっていうことを知っているんだろう。もしかして学校でこの事を聞いた誰かが、この掲示板を探し出して、わざわざそういう嫌がらせをしたのだろうか、それとも偶然?

掲示板は、どこにも何となく暗黙のルールのようなものがあって特に新入りの人には神経質なところがある。そういう掲示板もあります。何かナツたちがルールを犯すようなことをしたのか、何か気にさわることを書いたのか、どっちにしてもまともに相手にしても仕方がないので、とにかくもう掲示板に出入りするのは止めなさいと言いました。

そしてちょうど同じ頃、例のメッセンジャーをしている同じ町の6年生の男の子ともトラブルが…。1週間ぐらいはうまくいっていたのですが…。どっちが言い出したのか、どういう話の展開か、その子が、「4年生って、○○ちゃんと、△△ちゃんと□□ちゃん以外はみんなきもいよなぁ」って書いてきたようで、それに対してナツが、「みんなに言ってやろう」みたいなことを返信したら、その子が「おまえもきもいんじゃ」って送ってきたそうです。

気を悪くしたナツはすぐにログアウトしました。一体どういう考えでそういうことを書くのか、何が気にさわったのか、どこまでが冗談でどこまでが本気なのか、さっぱりわかりません。会話であれば、その場の雰囲気とか言い方とか顔の表情とかでカバーできることが、こうして言葉として画面に出ると、変わってしまう。そういうことがまだ子どもには、うまく操れない。そんな気がして仕方がないのです。大人でも時々メールや掲示板で思わぬ受け止められ方をしてびっくりすることがありますもの。

ダブルで落ち込んでいるナツにはしばらくパソをさわることを止めるように言いました。相手の子が少し反省して考えてくれたらそれでいい。その子のお母さんからは、「くれぐれも人の悪口は中傷をしないように」って話していると聞かされました。でも、それはその子には通じていなかったのか、ナツが悪いのかわかりません。これもいい勉強、もう少し文章力を磨いてから、またトライしたらいいこと。

おかげでまたパソはわたしの使い放題になりそうですが、わたしの方も例の迷惑コメントがまだ続いていて頭が痛いのです。相手のIPアドレスに対して拒否をかけていくのですが、それが既に25件ぐらい行なってもまだ入ってきます。つまりIPアドレスって簡単に変えられるのかな。しかし暇な人がいたもんですよね。一体何がおもしろくてこういうことをやっているんだろう。迷惑メールの方もすごいです。でもネットとお付き合いしていこうと思うとこれもやむをえないこと、そういう風に割り切っていこうと思います。

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続きです…

 前回のスパムの件では色々ご心配をおかけしました。その後…ですが、英語のコメントは、IPアドレスというのを調べて、拒否をかけていきました。そしたらピタッとコメントが入らなくなりました。同じ人が名前を変えて何度もコメントを入れていたのかもしれません。それとも口コミで伝わったのでしょうか?  どっちにしてもようやくあの嫌な気分から解放されました。

そしてナツのメッセンジャーの方は、思わぬ展開になりました。いきなり見たこともないメアドでコメント。それも「誰かわかるか」とか「はよ返事せんかい」とか乱暴な言葉遣いでてっきりいたずらだと思っていました。ところが、その子はナツの学校の6年生のTくんでした。

ナツが火曜日、学校でいつもと同じようにチャット友だちのEちゃんから、

「今日も帰ったら、すぐにチャットやろうね」って言われたので、「最近変な人からいきなりメッセージが入ってくるのよ、怖いからメッセンジャー開けたくないんだけどな~」って言ったら、「それって6年生のTくんかもよ」って言われたというのです。

それを聞いて、「でもTくんがナツのメアドなんて知っているわけないじゃない」とわたし。ナツのメアドを知っているのは、Eちゃんともうひとりのチャット仲間のAちゃんしかいないのです。どちらかが教えない限り他人に知られるはずはないのです。

すぐにわたしはTくんのお母さんの携帯にメールしました。ここでTくんについて少し紹介。ナツの町内には、6年生の男の子が二人います。一人がお隣のHくん。彼は児童会長で頭もいいし、スポーツ万能です。ナツとはおさななじみです。そしてもうひとりが、Tくん。児童会の副会長。スポーツ小年団でずっと野球もしているし、陸上大会でもいつも賞をとっています。小さい頃は、Hくんの家に遊びに来て、そのままふたりでうちにも来たりしていましたが、それほどナツとは親しくはありません。そのTくんがなんでナツにメールを???

Tくんのお母さんに問い詰めてもらってやっとわかりました。Aちゃんには6年生のお兄ちゃんがいます。その子のところにTくんが遊びに行ったときに、たまたまAちゃんとナツがメッセンジャーをしていて、そのメアドを盗んで帰ってきたようです。Tくんのお母さんにはしっかりと叱っておいてもらいました。

そう言えば…「誰かわかるか」というメッセージの後に、「同じ町やったりして」っていう文も入っていたなぁ~。まさかほんとに同じ町の子だとは思いもしませんでした。まぁどっちにしても「ナツのいいメル友になってあげてね」ってTくんのお母さんにはメールして終わりました。

そしてその晩、早速Tくんからメッセージがありました。打つのが早いと思ったのは、顔文字とか文を単語登録しているせいだと思います。しかしスポーツ少年のTくんのイメージからはパソコンの前に座って、メッセンジャーをしている姿は想像もできません。6年生にもなるとパソコンの世界も広いようです。画像や自分の好きな音楽のサイトまで送ってくれます。おまけに「そのアバター、センス悪いなぁ、何とかならんか」とかけちまでつけてきます^^;

ナツはアバターはまだ初心者。それに無料の分しか使わないのでイマイチなのです^^;

送信してもらった音楽サイトはお気に入りに登録して楽しんでいます。このことについては「誰にも言うなよ」、「もし言ったら、わかってるやろうなぁ」って書かれていました。

男の子のそれも関西弁のチャットってちょっと怖いかも…。これがお騒がせのメッセンジャーの正体でした。今、HくんもTくんも修学旅行で京都にいます。お隣のHくん、ナツにもユウにもお土産を買ってきてあげるからねって約束してくれたそうです。Tくんは…さぁどうでしょう。でもこんな風に年上だろうが異性だろうが気負わず誰とでも話ができるナツがちょっとうらやましい母でした。

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お願いです。

 もう2週間ほど前からです。英語のコメントをいただくようになりました。もちろん外国の方からです。不思議と亡くなった父に関する記事にばかりコメントがつきました。そして最近はだんだん色々なコメントにも…。でもちょっと古いコメントにばかりです。

単純なわたしは、海外の方も読んでくれているのかなと最初は思っていたのですが、そんなはずはないでしょう。こんな長い文法もいい加減な日本語を読んでくれるわけなどないのです。その証拠にコメントの内容は、書かれたことにではなくて、例えば10人のブログがあればその10人のブログの全てに書き込めるような内容のコメントばかりでした。

例えば、「なんて素晴らしいサイトでしょう」とか、「わたしのサイトも覗いてください」とか「他の人にも勧めたい」とかそういう内容(わたしの翻訳によればですが)ばかりが延々続くのです。すぐにスパムコメントだと気づきました。それからは、入れば即消すの繰り返し。もう2週間もそんな事をしています。同じ人からばかりなら、その特定の人のコメントを拒否することもできるのですが、それが少なくとも10人ぐらい(もっとかな?)の名前が毎回毎回違って入るのです。時々同じ名前のコメントが続くこともあります。その時はコメントの内容が全く同じだったりして^^;

最近、「このブログはとても更新が早いけど、どこのプロバイダーを使っているの?」っていうコメントや「どうしてわたしの書いたコメントが消されるの」っていった抗議のコメントが入っていたこともあります。ただどっちにしてもわたしの記事に対してとわかるような内容のものは全くない。つまりほんとに読んでいるのかどうかなんてわからない。しかも仮に真剣にコメントをもらったところでわたしは英文でコメントにお返事できるほど英語力はありません^^;

だからどうか、もういたずらは止めてくださいね。今までもスパムトラックバックがずら~~~と入ったこともあったけれど、一度消すとたいていそれで終わりだったのです。

朝起きてメールボックスをチェックしたときに、「コメントが入りました」という内容のメールがココログから届いているのを見るのはとてもとても嬉しいです。でもそれが、いつもの迷惑コメントの方たちからだとわかったときの嫌な気持ち。いい加減にわかって欲しい。もし迷惑コメントでないのなら、わたしの書いた内容に対する言葉を一言でも入れてください。それがなければやっぱり迷惑コメントと判断して消させていただきます。

話はころっと変わります。先日ナツが例によってメッセンジャーをやっていると、突然全く知らないメアドのコメントが入って気ました。

最初は単純なナツは(親と一緒で)新しい友だちが仲間に入ったのかなと喜んでいましたが、どうも変!

そのうち、「誰かわかるか?」とか「はよ、返事せんかい」とかすごく乱暴な文で、それも早い早い、どんどん入ってくる。この時点でわたしは、こんなの4年生の子のできることじゃないよってわかりました。すぐに電源をOFFにしました。ナツもはじめてのことで恐がっていました。それ以来メッセンジャーを開くのが怖いようです。

どれもこれもネットの上では仕方のないこと、分かってはいるのですが、腹立たしい。でもナツにはそれもこれもわかった上でこれからネットと付き合っていって欲しい。今回のこともいい勉強になりました。わたしもちょっと対策を考えようと思います。でないとこのままだとほんとにブロク自体が嫌になってしまいそうで、ほんと迷惑な話ですよね。

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お墓参り

 今日はとってもお天気がよかったので、ナツを連れてお墓参りに行ってきました。父の眠るお墓があるお寺は、県内でもちょっと有名なお寺です。だから今日なんかは観光客も多く、普通は拝観料もいるのですが、わたしたち檀家のものは、無料で入り放題、ちょっと得をした気分。

この前お参りしたのは、確か10月2日の月命日のはず。なのにお花がとってもきれいです。どうやら昨日かその前の日ぐらいに誰かが来てくれたのでしょう。何だか嬉しかったです。父のためにお花を供えてくれる人がいる。

この前もテレビで細木さんがおっしゃっていました。現役アナウンサーの女性ばかり何人か集めた番組の中で、「このまま結婚しないで一生独身で仕事を続けてもいい」という問いに、YESと答えた人の多いこと。その人たちに向かって、「じゃあ、あなたが死んだら誰が線香ともしてくれるの?」って。「自分の死んだ後、お墓に1年に2、3回でもいいからお花を供えてくれる人を作りなさい」って。それ以前に、「女性がみんな結婚しない、子どもを産まない道を選んだら、日本の国はどうなるの?」って言われていました。確かにそう、このまま少子化が進むと、ほんとにどうなってしまうのだろう。介護する人よりされる人の方が、圧倒的に多い世の中って、考えたら怖い。でも普通の人は、自分の老後とかまして死んだ後のことなんか考えないだろうな。

わたしがそんなことを真剣に考えてしまうのにはわけがあります。実は今日、お参りした父のお墓、このお墓にはいずれ母も入るのですが、母以外に3人の叔母たちが入ることになっています。亡くなった父は、8人兄弟の白1点でした。つまり姉と妹が7人います。その中に名字の変わっていない人(わたしから見ると叔母)が3人もいます。ひとりはずっと独身のまま。もう一人は、結婚しないで子どもだけいる人(いわゆるシングルマザー)、そしてもうひとりは、結婚したけれど主人が戦死した人。

この3人の叔母たちにとって父の死はある意味ショックだったと思うのです。父が生きていれば(いわゆる目の黒いうち)は、責任もって父が後の事をやってくれると思っていたはず。その父が先に逝ってしまうなんて。こうなると誰が自分の亡くなった後、葬儀、納骨をしてくれるのか、もちろん残された兄弟、姉妹たちで、誰かがするしかないのですが、じゃあ、もしその叔母が兄弟の中で一番最後に亡くなったとしたら、後はわたしたち姪、甥で何とかしないといけないのです。そうなるといくら結婚して姓が変わったとはいっても、おもや(本家)の娘であるわたしと姉が一番責任があることになります。実際、このお墓もわたしの両親が建てたものだし、お寺のこともわたしたちはよく知っています。住職さんとも懇意です。そして何より、父が亡くなるときに一番心残りだったのは、このことだと思うのです。

そう考えると、少し肩の荷が重いのですが、中でも一番高齢の叔母はもう85歳。今は母と同じ施設に住んでいます。この叔母は一度結婚していますが、すぐに夫を戦争に取られてしまったとかで、でもなぜか名字は結婚前のまま(再婚しやすいようにと婚家の配慮だとか)。そして戦争未亡人ということで、国から相当の手当てを受けています。

この前、その叔母から、「もしわたしが死んだらね、お金はここで貯金通帳はこれで、印鑑はここ…」って教えてもらいました。そして時々わたしと姉に相当のお小遣いもくれます。口にしてはっきりおっしゃらないけれど、死んだ後はお願いねということでしょう。

亡くなる前に父と約束したので、わたしが責任持って、できるだけのことはするつもりでいます。そして叔母の残したものは、他の叔母たちやいとこたち、みんなで平等に分けて配るつもりです。(決して独り占めしようなんて思っていません)

そしてその時にお願いするつもりです。一回でもいいから、この叔母のためにお墓参りをしてあげてねと。さぁ~~~何年先の話でしょうか?でもいつかはくる日のことです。

自分が死んだら、どこのお墓に入るのか、誰がお参りしてくれるのか、ある程度の年齢に達したら、嫌でも考えてしまうようです。そして気になるようです。

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ヨーガ初体験!

 今日は朝から、スポーツジムに出かけ、レッスンプログラムのヨーガに初参加してきました。ヨーガ?昔はヨガと言っていたような、まぁとにかく聞いたことはあってもするのはほんとに初めて。イメージとしては、「○○のポーズ」とか聞いたことがあるぐらいですが、最近ブームだそうです。

10時45分の開始なのに、9時半に着いたら既に列ができていました。定員の決められているレッスンは1時間前から受付なんです^^;

でも無事定員に入れました^^

開始までには1時間あるので、その間にウォーキングorランニングマシーンで少し歩きました。これも使うのは初めてなので、スタッフの人に使い方を教えてもらい、30分ほど歩きました。今のウォーキングマシーンは傾斜までつけられるのです。なかなかGOODです。ちょうど15分間だけのエアロの無料レッスンが始まったのでそれに参加したりして、何とか1時間つぶし、やっと目的のヨーガです。

始まったらあっという間の1時間でした。ヨーガってポーズの形より、その時の呼吸法とかゆるみ方(力の抜き方)とかのほうがとても大事で、終わった後は気分もすっきりでした。最近夏の疲れが取れないわたし。無理もないのですが、ついつい子どもたちにも八つ当たり。これではいけないと体力づくりに励むことにしました。多分無駄な力や緊張感で体が固くなっているから、疲れが取れないんだろうなぁ~と自己分析。ちょっとした力の抜き方とか腹式呼吸とかに気をつけるだけで、とっても楽になるんです。

しかし、終わった後は身体のあちこちが痛い^^;

日ごろ使わない筋肉とか筋とかを結構酷使しましたから…。そう、実はわたしすご~~くからだが固いのです。今日ざっと見た中でもわたしが一番固かったんじゃないかな。でもこれに懲りず、何とか週1回のペースぐらいは続けていきたいなと思います。なんといってもIDDMママは元気でいないといけないのですから…^^

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ついていけません>_<

 わたしがネットオークションに励んでいるそばで、ナツは「YAHOO!メッセンジャー」にはまっています。ほんとになんという親子でしょう。実は主人は某電話会社の社員で、そんなわけで、我が家のネット環境は、随分以前から整っていました。なんせ人にフレッツやら光やらを勧める人が、家でインターネットもしていないと話になりませんから…(しかしまだ我が家は光ではない)

ナツもユウも3歳ぐらいからパソコンをいじくっていました。検索の仕方をマスターしてからは勝手に無料ゲームを捜してきたり、ポケモンやたまごっちのサイトもすぐに探し出したし…。しかし、その頃はもちろんローマ字打ちなど知るはずもなく、かなを探してキーを叩いているのかと思ったらIMEパッドの手書きで一生懸命文字を書いていました。(なんと手間のかかる^^;)

そんなナツがサマキャンから帰ってきてから、メールがやりたい、携帯が欲しいと言いだしました。別にサマキャンで知り合ったお友だちのメアドを聞いてきたわけではないのですが、みんなでメアド交換しているのを見て自分もメアドを持ちたくなったようです。結局パソコンでのメールならOKという事にしたら、クラスのお友だちにメールをやろうと誘い、そのお友だちがメッセンジャーをしようと言いだしたというわけです。最初はふたりで、そのうち一人、ふたりとクラスのお友だちを誘い、今では数人でメッセンジャーをしています。

しかしなぜメッセンジャーなんだろう?通信費がかからないから?メールよりも簡単なのかな?わたしはいつでも送れるメールのほうがいいように思うのですが…。今では、ローマ字うちも少しずつマスターし、顔文字まで登録し(これはわたしが少し教えましたが)、メッセンジャーを楽しんでいます。

ナツがメッセンジャーをしているのを見て、遊びに来ていた6年生の男の子は、「そういえば最近メッセンジャーやってなかったな」ってつぶやくし、2年生の男の子は「それチャット?うちのお母さんもやってるよ」って言うし…。もう最近の子どもたちのネット生活には驚くばかりです。

最近の小学校では1年生からパソコンに触れさせ、自分の名刺を作る授業があったりしてほんとにわたしたちの小学校時代とはエライ違い。でもさすがに、学校では掲示板の書き込みは禁止されているとか…とはいえ、HNで書き込みしていたらそこまで学校でもチェックしきれないはず…。後は保護者の感覚にまかせるしかないでしょう。そういう我が家は…といえば、、新しいサイトを見つけて登録したいって言ったときには、本当に無料なのかという見極めが難しいのでしっかりチェックをしています。オークションは子どもたちもカードを捜したり、これが欲しいって見つけてきますが、上限金額を500円に決め、それを超えたら潔く諦めてもらいます。自分で勝手に入札しないように、最終的にはわたしがパスワードを打ちます。

しかし、今でもこれだから多分中学、高校になるともうついていけないでしょうね^^;

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初出品!

 確か春先からこのブログでも書いていたオークションの初出品がやっとやっとできました。しかも今なら、出品料が無料の期間だし…。そもそもユウがあまり着ていない服を見つけて、オークションに出そうかなって思ったのはかなり以前のことでした。で、まず「YAHOO!オークション公式ガイドブック」のようなものまで買ってきて、読みながら、まずは入札、落札体験をしてみようと、ナツとユウの夏用の服を買いあさり、だいたいのメールのやりとりがわかり、いざ出品!と思ったら、季節が夏。今どきこんな服を出しても誰も落札しないかも…と思い、待っていました。

ちょうどいい季候になってきたので、試しにナツの長袖120㎝の服を昨日出品しました。やっぱり季節のタイミングは大事ですもんね。

しかし何事もはじめての事ってちょっとドキドキです。しかもわたしはネットの世界には疎いし、(以前に掲示板で大失敗してからこりています)、デジカメの操作も下手だし>_<

とにかく売り物なのでしっかりお洗濯して、普段は絶対にしないアイロンあてを念入りにして、重さを測ってみました。(ナツ用に買っておいた電子スケールが大活躍)

しかしいざ出品画面に写真をアップロードしようとしたら、容量が大きす(ぎてできない。そうでした。画像サイズを縮小しないといけないのでした。マニュアル本には「ペイント」をつかって小さくする方法が記載されていましたが、我が家のパソコンには「ペイント」ははいっていないかった。トホホ^^;

しかしここまで来て諦めるわけにもいかず何とか入っていた画像処理ソフトを起動して、適当にさわっていたら小さくできました^^

そして昨日無事に出品終了。自分で検索かけて自分の出品した商品を確認できたときはすご~~くうれしかったです。

そしてわくわくドキドキ。今朝起きるなり、パソを立ち上げて最初に見たのが、Myオークションの出品中の欄。そしたらなんと100円ですが入札されていました。やった~~!

後4日間、最後にはどれぐらい上がるかな、100円のままかな。100円でもいいのです。誰か買ってくれる人がいるって何だか嬉しい。今日はダイソーで早速、送るための封筒、ラッピングペーパーなどを低コストで調達してきました。ここでコストをかけていたら、何やってるかわからないもの。ちょっと自信がついたので、色々引き出しをかき回して、もう小さくて着れない服を探し出したらありました、ありました。

さぁこれを順番にお洗濯して、アイロン当てて、デジカメで写して、紹介文を考えて…と、忙しくなりそうです。こうして貯めたへそくりで何を買おうかな。しばらくオークションで楽しみま~~す。

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いろいろな親子

 この前のボール事件の続編です。ユウといっしょに怒られた3人の男の子たち。誰一人として、自分の口から親には言わなかったようですが…、もう我が家の前ではボール遊びができないという事情といっしょに、わたしから他の子のお母さんにはこの日の状況を説明しました。

まず、家の横が公園という恵まれたお友だち。お母さんは看護師さんです。ちょうどいいタイミングで話す機会があったのでチラッと聞いてみました。

「昨日、○○くん、家に帰ってボールのこと何か話した?」

「ううん、何も…。何かあったの?」   かくかくしかじか…と事の顛末を話しました。

「そうなんだ~。後で聞いてみよう。でも嫌な思いさせちゃって…。」

しばらくここの公園で遊んで~ということで、すんなり話は済みました。一番常識的なお母さんです。

もうひとりの男の子のお母さん、実はこの子がボールを入れた張本人。その日のうちにメールで、「ちょっとハプニングがありました。詳しくは、△△くんに聞いて…気にしないでね。別に△△くんが悪いんじゃないから…」と送っておきましたが、なしのつぶて。今までならいつも返メールがあったのに。もしやわたしのメールに気を悪くしちゃったかなと気になっていました。

そして運動会の日に会ったので、その事をチラッと話題にしてみました。

そのお母さん曰く、「あぁあの事?△△から聞いたけど、あの人ちょっと変なんやろ?あんたたちが悪いんじゃないから気にしなくてもいいよって言っといたわ。」

「そうなのよ、気にしないでね。ちょっと変わってるから…。でももう前の道ではボール遊びはできないから、家の中で遊ぶようにいっているのよ」とは言いましたが、後々から考えると…全く子どもたちが悪くないわけではないのです。逃げたことに関しては、やはりこれからはそういうことがないように、この事をいい勉強材料にして教えるべきなんじゃないかな。それにそもそもボールを入れたのは、△△くんなんだから、いくら変な人が相手だから運が悪かったとは言っても、一言ぐらいお詫びの言葉はないの?わたしはかなり嫌な思いをさせられてしまったわけだし…。

そして昨日のことです。例のお隣の住人さんのお母さん(もう70歳近いおばあさんですが)、今年は班の役員(当番です)をされているので、昨日、うちに集金に来られました。何だか気まずそうにされているのでこちらから、「この前はすみませんでした。」と話してみたら…

「そうよ~、だいたい逃げたりするからうちの子だって怒るのよ。ちょっと謝ってくれたら、黙ってボールぐらい拾って渡すのに…」とまだ怒っている様子。

謝る時間もくれないで、待っていたように怒りに来たくせに…。もちろんそんなことは口にしませんが。本当なら、「ちょっと言い過ぎたわ、もう気にしないで」ぐらい、言うもんじゃないのかな。全くいろいろな親子の関係があります。でも最近の親、ちょっと盲目的に我が子のすることをかばいすぎじゃないかな。信頼してやること、子どもを認めてあげることは確かに大事なことですが。

もちろんわたしも100点満点の親とは自分で思っていませんから、反面教師にして、わたしなら、親としてどういう態度をとるだろう。いろいろな場面で自分に確かめてみたいと思いました。子どもがまっすぐに育つのも、ゆがんで育つのも親のかかわり方に問題のあることも多いはず。考えさせられてしまいました。

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謝るということ

 ボール事件の続きです。その日の夜遅くに帰ってきた主人に事の成り行きを報告しました。主人も考えは同じで、逃げるから悪い、でも謝っても許す気にならないのなら、ほっておくしかないと。主人もこのお隣の男性とは話をしたことがありません。町内の掃除とかで顔をあわせるぐらいですが、しゃべらないそうです。

コンコンと話をして(主人は飲んで帰った日は多弁なんです)、さぁ寝ようかという時になって主人がポツリと一言。

人間って誰でも心の底から悪いと思って謝ることなんて、ないんだろうな」という意味のことを言いました。確かにそうかもしれません。2年生の彼らにとって、謝ったのは本当に自分たちのしたことを悪いと思ってではなく、わたしが謝りなさいと言ったから謝っただけ。多分4人とも、ちょっとボールが塀を越えて、そこの家に入ったぐらいで、どうして怒られないといけないんだろうぐらいにしか思っていないのです。謝ればその場がおさまる、だからごめんなさいと言っただけ。大人でもそうかもしれない。特に営業の仕事をしている主人たちは、何かあるとお客様に謝ることばかりのはず。わたしもそうでした。ちょっとしたミスや手違い、説明の仕方が悪いと言っては怒られ、謝ってばかりでした。でも本当に心の底から悪いと思っていたかどうかは疑問です。多分思っていなかったでしょうね。

今問題になっている飲酒運転。つかまった人は確かに謝ってはいるけれど、また同じ事を繰り返します。本当に悪いことをしたとは思っていないからでしょう。

1学期の終わりに、ナツのことで謝りに来た養護教諭。自分が悪かったなんて全く思っていません。態度にありありと出ていましたから。でもわたしが怒っているから、自分の仕事をなくすと困るから謝っている。そもそも大人の世界ってそんなものじゃないかな。「ごめんなさい」と「ありがとう」は、人が人として生きていく上での潤滑油。心がこもっていようがいまいがいいのかも知れません。でもそれを子どもに教える事はやっぱり難しいかも…

ちなみに、わたしの義母、同居して10年になりますが、わたしはこの人から「ごめんなさい」という言葉、聞いた事がありません。主人にちくっといやみを言ってみました。

「それはそうと、わたしここのお義母さんから、謝ってもらったことって一度もないなぁ」と。

「食事を作ってもらっておいて、外で食べて来て、いらないっていう事?別に謝るべきことだと思っていないからじゃない」と主人。

「ええっ、そうなの?それって謝らなくてもいいこと?」

主人、黙って寝てしまいましたが、義母のすっぽかしは一度や二度ではありません。同居して、家族全員の夕飯を作っているわたしが、一番腹の立つことがこれなのです。例えば、お彼岸にお墓参りに来た義妹と義母が一緒に5時ごろから出かけるわけです。(わたしたちは違う日に既に行っています)。「お墓参りに行ってくるわね」だけで、帰ってくるのは夜の9時です。「ついでにラーメン食べてきたの」…お墓って、家から車で5分です。途中にラーメン屋さんなんてあるわけもありません。最初からその約束で出かけ、食事と買い物を楽しんで平気な顔で帰ってきます。

当然わたしは、義母の分を作り、食卓の上にはおかずからお茶碗から湯のみまで用意して、待っています。わたしたちは適当に4人で食べてしまいますが、片付けは一緒にしようとしばらく待っています。さすがに8時を過ぎると、わたしも大体想像がつくので片付けてしまいます。義母の分のおかずは翌日わたしが食べるか、無理なものは捨てます。

もちろん帰ってきた義母の口からは、「ごめんね」の一言はありません。もしわたしが文句でも言ったら、「明日食べたらいいんでしょう」となるだけです。

何年たってもこのことだけは価値観が違うのか、わたしのストレスのもとで主人にはわたしの怒る原因がわからないようです。もちろん営業の仕事をしている主人は、飲んできたから夕食いらないなんてしょっちゅうです。でも仕事だから、一度も怒ったことも愚痴ったこともありません。ただ義母の場合は話が違うと思うのです。

寝る前にこんな話を延々していたので、寝つきの悪いこと悪いこと。

この日の教訓。夫婦喧嘩は昼間にしよう!済んだことは忘れよう!でも人ってそういうことが頭でわかっていても、なかなかできないものですよね^^;

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ボ、ボ、ボールが…^^;

ボ、ボ、ボールが、飛び込んでしまいました、お隣の敷地に…^^;

とうとう心配していたことが現実になってしまいました。昨日のことです。2年生の男の子3人(うちのユウを含む)と3年生の男の子1人で、家の前の市道でドッジをしていました。いつもなら、お隣(反対のほうの)6年生の男の子を誘ってするのですが、昨日はこの6年生の男の子がいなかったのでその子のボールを貸してもらって遊んでいました。

すると急に2階に4人が駆け上がってきました。この時点でわたしは全てが飲み込めました。お隣の住人の方は気難しくて、今までも時々ボールが入っては黙って取りに行っている事を、うすうす知っておられました。(実はわたしも行った事があります)

お隣の方、わたしと同年代の男性です。そしてお母さん(うちの義母と同年代)と住まれています。実はわたしはこの男性と今まで口をきいたことはありません。そこのおばさんとは気さくに話をします。回覧板を持ってこられて1時間ぐらい話していることはよくあります。だから決してコミュニケーションしていないわけではないのですが…。

普段からお隣の家にはボール入れないように気をつけてね、とよく話しています。そこに愛車も置かれているので、もしあたったら…と思うとぞっとします。もちろん、家のガラスを割っても大変です。しかし気をつけてねっと言っても、ボールは時には変な方向に飛んでいくものです。もし、ボールが入ったら、ちゃんと謝るのよってもっと言っておいたらよかった。子どもたち、ただただ怖くて誰も取りに行かないで逃げてきました。

すると3分もしないうちに、玄関フォンがなりました。降りて行くわたし。もう想像できましたから…。お隣の男性、玄関のドアを100度ほど開けて、ボールを抱えて仁王立ちに立たれています。今までのこともあるから無理もないのです。とにかく謝るしかありません。もちろん子どもたちにも全員降りてこさせて、何度も何度も謝らせました。でも怒りはおさまりませんでした。そして最後に、とにかくこの前の道でボール遊びをすることは今後、一切止めてくれと言われました。もちろん了解するしかありません。

子どもたち、正直ほとんど懲りていません。まだ横で一部始終を見ていたナツともうひとりの女の子のほうが、怖がっていました。

その後、わたしはそのボールを返しに行ってそこの家のおばあちゃんにも今のいきさつを話し、もうボール遊びができなくなったことも言いました。もし、そこの家の6年生の子が入っていたら、おそらく一緒になって逃げたりはしなかったろうし、あの人もここの家には、こんな風に怒鳴り込んだりはしなかったと思います。(色々力関係もあるので…)

何ともやりきれない気持ちでいっぱいでした。そもそも道は市道です。ボールが入ったといっても、何かを壊したわけでもないのです。要は今までも子どもたちが大きな声で騒いで遊んでいること自体がおもしろくなかったのでしょう。ご近所だから、お互い様、迷惑をかけることもあればかけられることもある。困ったときには助け合うこともある。田舎のことだからそういう暗黙の了解のようなものがあったのですが、わたしの考えが甘かったようです。

ユウ以外の男の子たち、このことを家に帰ってから、どうやら家の人には話さなかったようです。一人の子のお母さんにはメールでさりげなく書いて送ったのですが、全く返信はありません。それにその男性もわかっていてその時もおっしゃってくれたのですが、別にいつもいつもユウだけが悪いわけではないのです。ユウが入っていなくても我が家の前で遊ぶことはよくありますから…。でも今までもみんなそうやって黙って取りに入って逃げていったと…。今回現行犯になってしまったのがユウの友だちだから、たまたまうちに怒鳴り込んでこられ、わたしだけが謝る羽目になってしまう。

でもね、こうしてますます今の子どもたち遊び場をなくし、家でゲームばかりすることになるんでしょうね。それだけは何とかして避けたいと思います。今日ユウは、家の横が公園になっている、何とも恵まれたお友だちの家に遊びに行きました。もう我が家の前では遊べないから、今度からは友だちの家に行っていっぱい遊んできてね。いつもなら聞こえる子どもたちの歓声が今日はなくてとても静かな我が家です^^

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自由研究

 いよいよ夏休みも大詰めです。毎年頭を悩ませる自由研究ですが、今年は意外にすんなりといきました。ナツたちの学校の自由研究は工作あり、手芸あり、観察記録ありと何でもありです。それに作るのも親子の合作でもいいし、お友だちとの共同制作でもいいのです。2学期の初めには「夏休み自由研究展」が開かれて、いろいろ賞ももらい、保護者、地域の方向けに公開されます。そんなわけで、できるなら賞もとって欲しいし、頑張っていい作品を作ってほしいのです。ナツは2年前には、学年で一番大きい「児童会長賞」というのをもらいました。すごくすごく喜んで帰ってきました。もちろんかなりわたしの手が…入っています。

去年はまぁ色々と忙しい夏だったので、ふたりとも何も賞はもらえませんでした。それどころか満足のいくものも作れなくて悔しかったのです。そして今年、忙しいのは変わらないのですが、何とかそれなりに頑張りました。

まず、ユウの作品。立体地図を作りました。ベニヤ板に(実はこの板は2年前のナツの作品に使ったものです)粘土で少し凹凸をつけて山、川、海を作り、後はちょこちょこ色を塗ったり、お菓子の箱で家や建物を付けていきました。この粘土がとても高くて3000円ぐらいかかってしまいました。それを除くと廃物利用です。箱に色紙を張ったり、つまようじで木を作ったり割り箸で鉄橋を作ったり、あっそうそう道路の端に立てているのはナツの注射針の小さいほうのキャップです。ほぼ完成ですが、7割近くがわたしの手によるものかもしれない^^;112_1255

この立体地図は実際にある川の様子をヒントにしています。実はこの川、いつもわたしが実家に通うときに通る川の風景です。ちょうどこの川の上流から下流に向かって川岸のどちらかかの道を走ります。最後に川を渡るともうすぐです。約1年間通った道です。冬の荒れた川、菜の花の咲く頃、そして桜、梅雨水かさが増えて溢れそうな川、思えばよくこの川を見ながら運転したものです。だからなぜか今年はこれを作りたかった。ユウにとっても見慣れた景色です。なかなか実際のようには表現できなかったけど、何だかとっても満足な作品になりました。(って、誰の宿題だ~~?)何とか賞は取れるかな?

そしてナツの方は、もう4年生にもなるとなかなか工作では賞は狙えないです。しかもナツは工作が嫌い。そこで、7月の初めに何気なく買った「二十日わけぎ」の球根をナツに見せて、これを植えて育ててその観察日記を自由研究にしてみたらって言ったら、すっかりその気になって、しかもお友だちまで誘ってしまいました^^;112_1208

まぁそこまではよかったのですが、なかなかそのお友だちと日程の調整がつかずに、結局準備の買い物と植えるのが、一緒にできたぐらい…後は、それぞれ画用紙にまとめて最後にこれを綴じるというわけです。わけぎって普通は2月から3月頃の野菜なんだけど、この二十日わけぎは別名「琉球わけぎ」といって沖縄で栽培される野菜で暑い中、わずか植えてから収穫までが20日なのです。しかも採った後もまたそこから伸びてきて、2回ぐらいは収穫できるとか…なかなかいい教材になりました。味のほうは、この辺のわけぎと違ってほんとに癖がなく食べやすかったです。酢味噌和えにしたり、お好み焼きに入れたりして食べました。

ナツにとってはお友だちとの共同制作は初めてでした。いつ電話してもお友だちが留守だったり、逆にこちらにも用事があったりでほんとに調整が難しい。その子のお母さんとはメールでやり取りもできるけれど、あえてナツたちに任せてみました。結果は…もう少しふたりで一緒にできる時間が取れたらよかったのになぁですが、一応形にはなりました。やれやれです。賞のほうは別としてこれもいい経験かなと思います。

こうして無事、ナツ・ユウ家の夏休みは終わりそうです。また2学期が始まります。血糖のこと、補食のこと、そして保健の先生のこと…う~~~ん、考えると頭が痛い。でも42日前のわたしたちと何かが違う、そうです。少しは成長しているのです。だからまた2学期もなんとかやっていくのでしょうね^^   うん、楽しみ楽しみ。

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先祖供養

 わたしは一応、本家に嫁いだことになるのでお盆には色々と儀式があります。まず13日、家族でお墓参り、亡くなられたご先祖様を迎えに行きます。そして14日、午前中にお坊さんが参ってこられます。14日と15日の夕食後に家族で「西国」というお念仏を唱えます。これを我が家では、「けんけんをする」と言います。(鐘をけんけん叩きながらお念仏を唱えるからでしょう)。15日にはこのけんけんの後、鐘と線香を持って近くの川にご先祖様を送っていきます。わたしの実家でも多少簡素化されてきていますが、同じようなことをしていました。もちろん今は施設にいるのでこういうことは全くできません。

本家といっても、嫁ぎ先のご先祖様は主人のお父様一人です。主人が23歳の時に、ALSという難病で亡くなられたそうです。なので、もう20何年(主人の歳がばれる^^;)もたっています。かたやわたしの実家は、延々とご先祖様がおられる家系でした。しかし、わたしには姉しかいません。当然家系は両親の代で途絶えることになります。養子をもらう…という選択がなかったわけではありません。でも両親はそんなにこだわっていなかったようです。そのかわり、わたしたちが嫁いでからはいずれ来る自分たちの死を考えて、お寺の住職さんに相談されていました。両親が出した結論は「永代供養」です。

両親の死後は、法事やお墓参りはできる範囲で行い、基本的には永代供養にしてもらうということでした。おそらくわたしか姉が元気なうちはお墓参りもできるでしょう。でもナツやユウは…そこまで望むのは無理。いずれ実家のお墓には誰もお参りする人がいなくなる。そうなったら、お寺のほうで、お墓も墓地もいいようにしていただけるそうです。

実際、父が亡くなっても、十分に後々のことはできません。毎日親戚が集まってお念仏を唱える。そんなことはできません。決められた法要の日にわたしと母と姉の3人でお寺に行き、法要を営み、お墓にお参りする、それができる全てのことです。四十九日、1周忌、3回忌、どれもそんな感じです。

さて話は戻りますが、我が家のお盆の儀式、ナツがサマキャンに行くようになってからはナツ抜きで行なっています。そして15日の晩、わたしもナツも体調が悪く、お念仏パスしようか…と思っていたら、義妹がお参りに来ました。まぁ義妹からみたら、実の父親ですから、当然と言えば当然ですが。そんなわけで、またみんなでお念仏を唱えることになりました。わたしは喉が痛くて、声も満足にでません。ナツもこの日はくたくたでした。

考えてみたら、ここのおじいちゃんはもう亡くなられて20何年。果たしてわたしの父が、それぐらい経つ頃には、わたしはお墓参りさえままならないでしょう。それを思うと同じ父親なのに、娘か息子の違いで何たる違い。ナツやユウだって本当に可愛がってくれたのは、わたしの父のほうなのに…(主人のお父さん、ごめんなさい)。こうして主人のお父様のための儀式を行ないながら、自分の父のことは何も十分にしてやることができない。本当に本当に胸が痛くなります。

そしてその後、川に送りに行きます。近くといえば近くですが、これもパスしたかったのに、わたしって気が弱いのです。仕方なくついて行きます。義妹は家の前で別れて帰りました。そして川に行って、また鐘を叩きながら、簡単なお念仏を唱えてお線香を流します。

義母が、「おじいちゃんがナツの病気を持って帰ってくれますように…」なって言っています。こんな言葉さえ、聞いていて嫌になります。(心が狭いわたし>_<)

その時、ナツが「しんど~~い」と一言。しまった、下がったかも…

「ナツ、先に帰ろう」って言ったら、主人がすかさず、「ちゃんとけんけんして送ってあげなきゃ…」って言ったもんだから、切れました、わたし。

もう~~~何言ってるのよ。何でも儀式儀式。そんなことどうでもいいじゃないって。

「お父さんが代りにしてくれたらいいじゃない」と言いながら二人で走って帰りました。測ったら56でした。主人は義母と自分のふたりになるのが嫌なのです。なのでわたしたちをひっばろうとするのです。

家に帰って、何とも辛い気持ちで久しぶりに涙が出ました。本当に供養してあげたい自分の父、でも何もしてあげられない。いくら嫁いだって娘にあることには変わりないのに。

この前読んだ本にはこう書いてありました。

「供養はお墓参りや仏壇の前に座ることだけではない、本当の供養は電車に乗っていたってできる、亡くなった人の事を思ってあげる、それだけでも立派な供養になる」って。その言葉に救われながら、今日も父の事を思ってしまいました。無理もありません。1ヶ月前まではまだこの世にいたのですから…お盆、ついつい感傷的になってしまいました。

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ナツがいない2日目

 ナツがいない2日目。何となく淋しいような、静かで嬉しいような変な気分です。サマーキャンプは今年が2年目ですが、昨年のサマーキャンプの時は、わたしの両親がダブルで入院していたため、しかもちょうど1年前のこの時期に父のガンを知らされたり…と、ナツのいない淋しさなんて感じている暇のない5日間でした。さて今年は…やっぱり父の事を思い出したりこれからの母の事を考えたりと、ナツのいない淋しさに浸っている時間はなさそうです。

ナツがいない間に、ナツが食べられないものを食べなきゃぁと思っていたのに、実際のところ、ナツが食べられないものって…ない。つまりそれぐらいわたしたちの食生活って普通なんだろうな。しいて言えば、チャーハン。昔はよく作っていたメニューなのに、発症以来、がたんと作る回数が減ったメニューです。そして久しぶりに作るとナツは嫌いになっていました。そんなわけで今朝の朝食、まずはチャーハンです。

昼食はその残りをわたしが食べて、ユウは納豆、主人は出かけていました。

夕食は、焼きうどん。本当はナツを送っていった日に夕食の支度をする時間がないだろうと思って前もってうどん4玉、買っていました。それを今日しようと思ったら、義母が夕食いらないと言って出かけていきました^^;

1玉だけ残っちゃうよ~~~。しかも消費期限は明日なのに…もう~~~>_<

そんなわけで今日は3人だけの食卓です。さすがにちょっと淋しい。

ところでこの焼きうどん、実はわたしは独身時代にはほとんど口にしたことがないメニューでした。焼き…とくれば、焼きそばでしょう。ところがここでは、焼きそばよりも焼きうどんを作ることのほうが多かったようで、主人の好物らしいです。で、しかたなく何度か作っているうちに、わたしも好きになりました。

ちなみに、我が家では焼きそばも焼きうどんもソース付きは買いません。粉末ソース付きの焼きそばはたいてい3人分で売っていて、我が家では中途半端。だから「焼きそばソース」(マヨネーズやケチャップのような容器に入っているやつ)を買っておいて、ウスターソースとオイスターソースと焼きそばソース、場合によってはとんかつソースを入れて味付けします。そのほうが少し経済的です。

いつもは焼きそばは豚肉を使い、焼きうどんは牛肉を使うのが定番なのに、今日は牛肉がなかったので、冷凍のイカで作りました。キャベツは、3日間ほど家を留守にしていた間に冷蔵庫の野菜室ですっかりしなびていました。でも焼いてしまえば一緒一緒^^;

でもなぜかいつもほど、食欲のないわたしでした。やっぱり淋しいのかな。112_1204

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父の旅立ち

 先日、8月2日、午後3時44分、父が入院先の病院で亡くなりました。享年76歳でした。前日の夜からわたしは、ナツとユウを連れて病院に泊り込みました。最後のお別れが十分にできたことが何よりでした。父の旅立ちのこと、その時ナツは…そんな中でのインスリン生活、本当にめまぐるしく、今日が何曜日、何日?という感じの中にいます。

父の事を忘れたくないから、少し落ち着いたら今回のことを少しずつ書き止めていこうと思います。

いつもブログを訪れたくださった皆様、暗い話題で申し訳ないのですが、読んでいただけたら嬉しいです。

今夜がお通夜です。では…また後ほど。

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医師からの「最後の話」

 昨日はナツとユウが町水泳を終わる10時に学校まで迎えにいってそのまま実家へ車を飛ばしました。父が入院してしまい、ひとりになった母がとても心配です。予想通り、母はベッドに座ってぼんやりしていました。

今、父は直腸ガンですが、このガンになる前に膀胱ガンにもかかっています。5年前の春に膀胱ガンを告知されました。ガンと聞いて確かにびっくりはしましたが、膀胱ガンはそれが直接命をとることはなく、再発を繰り返すのが厄介なガンでした。それ以来1年に1度ぐらいのペースで再発、入院、手術と5回繰り返してきました。思えばこの膀胱ガンに対するイメージが父の中では根強くて、今のガンに対してもそれほど命が亡くなるとは思えないようです。

その頃、母はいつも父に付き合って病院へ行っていました。手術の後は2晩ぐらい泊まり込み、入院中はバスで毎日病院通い。わたしや姉にはいつも「ふたりで何とかするから大丈夫。こなくてもいいから」と言っていました。それに甘えて、わたしは手術の日も入院の日も付き添ったことはないのです。しかし母にとってこの生活、やはりストレスだったようで、昨年父が今回のガンで入院した60日間、病院には1度しか行けませんでした。その頃、母はうつ病にかかっていました。今でも精神薬が手放せません。その事がきっかけで、施設への入居も決めました。

父の発病は誰のせいでもないけれど、母がうつ病になってしまった事、気づいてやれなかった事に対しては、自分を責めました。もう少し手伝ってやっていればこんなことにはならなかった。「大丈夫」という言葉の裏にはいつもSOSが隠れていたのです。

そんなわけで、今回こうして父が入院しても母は病院には行けません、付き添うこともできません。わたしたちが迎えに行ってやれば一緒に病院へ行きます。帰りは一人でタクシーで帰ります(方向が正反対なので)

それで昨日も午後から母を乗せて、わたしと子供たちと母で父の病院へ向かいました。少し元気になったかな、また家に帰りたいって言うかな…でも今回は事情が違っていました。かなり辛そうです。点滴を入れることは、身体に栄養を与えてくれますが、がん細胞も元気にしてしまうのです。そのせいで、痛みが強くなり、出血があり、トイレが近くなり、夜も眠れません。あまりにも辛そうな様子にわたしたちもいたたまれなくなり、帰ろうとすると、担当の看護師さん、

「今日は何時までいらっしゃいますか?主治医の先生とは話をされました?最後のお話を聞かれました?」

「今では駄目ですか?」   「今は手術中ですから無理です。5時には終わりますよ」

「じゃあ7時ごろならもう一度出てきます」   「7時にはもう先生は帰られてます」

「土、日は駄目ですか?」   「土、日は先生は来られません」   (まるでサラリーマンじゃない)

「ちょっと時間を調整しますけど、とにかく今日は無理なので…」といって帰ろうとしたのですが、婦長さんらしき人からも「えっ先生の最後のお話聞かれないの?」と言われ、

「じゃあ今日の5時に来ます」といって帰りました。当然母は来れません。わたしが聞くしかないのです。そして5時、夕食の支度をしておいてまた子どもたちを連れて、病院へ。

「手術が長引いているのでしばらく病室の方でお待ちください」   父は昼間ほどは苦しんではいませんが、時々襲う痛み、吐き気にうとうとしても眠れません。

5時半、「今終わったところなので、ひと段落着けば来られます。」  主人と連絡がとれて近くの駅まで迎えに行きました。戻ると6時。

「まだですか?」    「先生には伝えていますからもう来られると思いますよ」

6時半、廊下で立っていると見るに見かねて別の看護師さんが声を掛けてくれました。

「もし何でしたら、他の日で都合のつく時間を聞いておきますよ」

「だってこっちが7時がいいって言っても駄目でしょう。夏休みなので昼間は動けないし、先生も昼間は手術ですよね。電話では駄目なんですか?」

「電話ではねぇ。あれからまた手術が入ってしまったので、まだもう少しかかりそうです」

ええ~~っ。わたし少し切れかかりました。そもそもこっちがどうしても会いたいって言ったわけではないし、そりゃぁ父の命をあずけているわけだし、しかも前回のいきさつもあるので、わがままばかりは言えないけど、2時間近く時間過ぎてるよ。

ついついその看護師さんに愚痴ってしまいました。

「大人はいくらでも待ちます。8時でも9時でもいい。でも子どもたちは、お腹がすいてくる。しかも、娘はインスリンを打っているので、食事時間が予定より大幅に狂うことは避けたい。せめてはっきり時間を決めてくれたら、食事に行ってまた戻ってこれるのに」

その看護師さん、電話をしてくれました。そしたら10分後に先生は来られました。

最後の話」…ナースステーションの前で10分の立ち話で終わりました^^;

要はこうなのです。父の場合、急変の可能性がとても高い、つまり「危険な状態です」と連絡できるより、「もう亡くなりました。」の連絡の可能性が高い。看護師は24時間ずっと付きっ切りでいることができないのでやむをえない。免責事項を伝えたかっただけなのです。それが困るなら、家族がずっと付き添えばいい…そういうふうにもとれました。

わたしたちの希望は、できることなら最期の時には間に合って、父の最期の言葉を聞きたい。10分でもいい、15分でもいい。母に一言でいい。父の口から、「ありがとう」という言葉を最期に掛けてやって欲しい。その言葉を支えに母は生きていける。今までの長い長い闘病生活を思うとそれだけでいいから、聞かせてやって欲しい。

もし急変がなく、少しずつ症状が進んだ場合なら。最期の日は予測がつくそうです。その日がきたら、母は病院に泊まると言いました。最期は看取ってやりたい、ひとりで病院で死なせたくはない。そう思っているようです。いつの日かはわかりませんが、もうそう遠くないんだなと思いながら、病院をあとにしました。

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最期の入院

 昨日の午後のことです。父の所に行っている姉から電話が掛かってきました。父が入院したいと言っているんだけど。ええ~っ、その前の日にわたしが行った時にはそんな気はなかったのに。今の状況がかなり辛いようです。でも…でもね。父は医師の許可もでていないのに、半ば強引に退院して帰ってきたいきさつがあります。あれから2週間しかたっていません。なのでわたしも母も姉も父の入院には賛成しかねます。だってまたしばらくしたら、帰りたいって言い出す。それどころかまた強引に点滴はずして帰ろうとする。そのたびにお呼び出しではこちらもたまったものではありません。

でも不思議なことに父は自分が入院していたことも帰ってきたいきさつもほとんど覚えていません。そして何より、今の状況はあのときよりもはるかに悪く、在宅でケアできる限界にきています。そしてとにかく父が入院を望んでいる。母の介護にも無理が来ています。夜中に頻回に起きなければいけないことや精神的なことから、母が最近食事もまともに採れません。わたしも夏休みに入って今までのようには時間を割くことができない。ここでもまた苦渋の選択です。

悲しいことに父はこれが最期の入院とは思っていません。1週間か2週間したら少し元気になって帰ってくることができる。そう信じているのです。かといって、治らない、今よりはよくならないということを言うこともできません。

今日は外来予約の日でわたしはまた薬をもらいに行くことになっていました。なので、主治医に今の父の状況と本人の希望を伝え、入院させてもらえることを確認した上で、父を迎えに行きました。9日に退院した時はまだ自分で歩いて車に乗ることもできたのに。今では車椅子へ自分の身体を移動させる事が精一杯。入院準備は体調の悪い母に代ってわたしが全部しました。そしてベッドサイドまで車椅子を持っていって乗せて、わたしの車に乗せる。施設の方も手伝ってくれました。父はおそらくここに帰ってくることはない。そう思うだけでわたしも母も涙が溢れてきます。

しかし1時ごろとはいえ、ものすごい暑さ。この2週間、建物の外に1歩も出たことのない父にはこの移動だけでもかなりの負担です。車で約20分。思えば父がこの病院に入院するのは9回目か10回目になるでしょう。でもわたしが車で送っていったのは今日が最初で最後です。いつもたいてい母と一緒にタクシーで行ったり、救急車で緊急入院したりでしたから。。。

病室は前回と同じ部屋でした。少しロッカーの配置が換わっているだけで広く感じます。そして父は同じ部屋であることも覚えていません。主治医の先生は午前の外来を終えられて、ナースステーションにおられました。少し話ができました。まず一番最初に言われたことは、

「できるだけのことはやりますが、もうあまり長くはありません。もしかしたら今夜にでも、『心臓が止まりました』というご連絡を差し上げることになるかもしれません」という言葉でした。

「もう覚悟はしていますので、よろしくお願いします。」とだけ答えました。荷物を部屋に片付けてわたしたちはすぐに病院をあとにしました。母もわたしもそろそろ体力的に限界にきています。

そんなわけで、今日の町水泳。本当はわたしがプール当番に当たっていました。が主人に代ってもらいました。おそらく主人がプール当番に行くのも今日が最初で最後でしょう(よそのお父さんたちはよく行かれていますが…^^;)

ちなみに今日の血糖。朝少なめに打ったにもかかわらず、9時に低血糖を感じて菓子パンとポカリを補食。集合が10時半。(プールは11時から12時)10時20分に念のため電話を入れると、今測ったら80だそう。なのでチーズを1個食べておいてって言いました。

プールが終わって12時半に帰宅して測ると140だったそうです。やったぁ~~ナイスコントロール!お昼ごはんは早起きしてつくっておいたおにぎり&玉子焼き&ささみの磯辺焼きetcをしっかり食べてくれました。そうなんです。プールに入ると昼食はよく食べてくれます。ついでに血糖値もいい感じ。でも毎日ドキドキで困ります。

そしてこれから、1日に1回は病室に顔を出しながら、携帯電話の手放せないドキドキの毎日が始まります。あとどれぐらいこういう日が続くのか…またまた強制退院して帰るのか、主治医の先生の言葉を借りれば「神様にしかわかりません」

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夏の楽しみ

 働いていた頃は夏が大好きだったわたしですが、ここ何年か…そう子どもたちが大きくなってからは、夏が嫌いです。そんな中でも夏の楽しみを見つけて、夏を楽しみたい、だって夏は短いですもの。わたしなりの夏の楽しみは、アイスクリーム(冬は食べないので)、アイスオーレ、花火、旅行、冷たいビール、ソーメン、冷麺などなど。

そして子どもたちの夏の楽しみは、もちろん夏休み、プール、お祭り、旅行、そして夏の生き物たち…この時期、我が家の玄関周りには、夏の生き物がいっぱい飼われています。特にユウのお気に入りたちですが、ナツも女の子にしてはこういうものが大好きです。(普通の女の子は嫌がるみたい)

去年の111_1145秋から飼っている金魚。1匹亡くなったけれど、後の2匹はすごく大きくなりました。そして同じ水槽の中に、「どんこ」という変な魚。これは近くの川で取ってきたものです。いつもは底の方に寝そべってほとんど動きません。何かに自分のお腹や背中をくっつけていると安心するようです。そして時々猛ダッシュをします。なんとこの魚、水槽から飛んで出ることがあるそうです。

それから、昨日ホームセンターで見つけて衝動買いをしてしまった「ミドリがめ」。まぁ普通は亀なんて衝動買いしないでしょうが…。水槽がこれ以上置けないので、ペットボトルで飼っています。そして今までから飼っていた「くさがめ」。これはほんとにくさいのです>_<111_1146

なぜか生きている(ほとんど忘れられている)ザリガニが2匹。そういえば去年は2回ぐらい、子持ちザリガニを見つけてしばらく飼いました。結局暑さで子どもも親も長くはもちませんでした。やっぱり弱っていたのかも。家で赤ちゃんザリガニを大きくするのはなかなか難しいようです。でも逃がしてやっても、結果は同じでしょう。ほとんどが死んでしまうのでしょうね。そう、生き物の世界は残酷です。

そして近くの山で簡単に捕まえられる「カブトムシ」。一体何匹いるのだろう。昼間はみんなもぐってしまうので数も把握できません。そしてみんなが寝静まった頃に、バタバタ(羽音です)とうるさいったらないのです。夜中の間に昆虫ゼリーが、一晩に10個消えていきます。なのにまた今日2匹もとってきました。多分今が成虫になるピーク時なのでしょう。こんなに取れるのならホームセンターにお願いして買い取ってもらったらよかったかも。一度、ゲージの扉が少し開いていて、カブトムシがそれを押し開けて、夜中に2階まで飛んできたことがあるのです。2階でドアを開けっ放しで寝ているわたしたち(だって暑いから)、もしも顔の上にカブトムシが止まったらどうしようって恐怖で目が覚めました。主人を起こして、無事にしまってもらいました^^;111_1154

後は小さなめだかが1匹とクワガタムシが数匹、ちょっと存在感が薄いです。これだけいると臭いもするし、お世話も大変。今まではうっとうしい存在だったのですが、最近こういうものたちに癒されているのかもと感じています。

とうとう今年も夏に突入、一体今年はどんな夏になるのだろう。決して喜んでばかりはいられない状況の中でそれでも精一杯わたしたちは111_1149、今の生活を送っていかなければなりません。どんなことが起きてもその状況に対応しながら、そんな中でも夏の思い出をいっぱい作って、楽しめる日は心の底から笑っていたい。多分今年の夏はわたしにとっては、忘れられない夏になる、そんな気がします。

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いろいろ思う…

 父の退院手続きのため、昨日は一人で病院へ戻りました。外泊ということでベッドを置いておきたかったのですが、そうすると訪問看護が実費になってしまうとので、やはり退院手続きをとりました。父のベッドがそのままにされている病室に入ると、ここで父は最期を迎えるはずだった…胸が詰まります。。

昨日の一部始終を知っておられる看護師さんと話しました。

「昨日の判断はすごかったですね。偉いな~~~ってみんなで話していたんですよ」っておっしゃってくれました。そうなんだ。普通は患者を説得してでも病院に置こうとするものらしい、家族って。わたしのようにじゃあすぐに連れて帰る、これってすごいことらしい。どうしてだろう、わたしは父の姿を見た瞬間、連れて帰ろうって思った。母にも主人にも相談しないでとっさにそう判断した。ある意味、これは母にとって負担をかける結果になってしまったことになる。連れて帰るといってもわたしは面倒をずっと見てあげられるわけじゃないんだから。でも何とかなる、そう判断した。

よくわからないけど、ナツの発症、そしてこの病気との付き合いでわたしはそういう考え方ができるようになった気がする。確かに不安はあるけど、いざとなれば受け入れてくれる病院がある、救急車を呼べばいいじゃない、そして在宅で最大限に使える薬さえあるなら、病院でなくても医師がすぐに飛んでこれなくてもなんとかやっていけるんじゃないかな、いけるとことまで行こう。最後には助けてもらえる。何より治療の主体は患者本人で支えることができるのは家族。今までわたしたちはこうしてやってきたから。思えばナツの発症時の入院の時も、最終的に退院を1週間も早めて外泊ということで帰ってきちゃったなぁ。あの時の押しつぶされそうな不安に比べると(比べるものじゃないのはわかるけど)今回のほうがまだ楽に思えてしまう。

実際に帰ってみると、なかなか在宅で24時間点滴を打つことは不可能なんだという壁に早速ぶつかった。できれば1日に1リットルの点滴をしてくださいと言われていたけれど、250mlを2回入れるのがやっとでした。それさえ途中で漏れたりして入りきらない。でも、点滴をたくさん入れるとガン細胞にも栄養を与えることになるので最近のホスピスではそんなにいれないらしいと主治医の先生は言われた。何が本人のためになるかは本当にわからない。それに病院と違って、在宅で使っている針は、太くて痛い。これをずっと入れておくことはかなりの苦痛になるらしい。後は経口で可能な限り栄養剤と電解質がどこまで採れるかにかかってくる。今までは点滴の間、訪問看護師さんにはずっとついてもらっていたけれど、今回からは針の抜き方を教わって、わたしか母がどちらかが抜くことにしました。これで少しでもたくさん点滴を入れてやることができれば…

入院中の疲れが出たのか、帰ってきたときの興奮が収まると、父は目に見えて弱ってきているのがわかります。ベッドから身体を起こすのがやっとになってしまいました。本人も漠然と自分のおかれている状況がわかってきているようです。だけど入院していたことも無理矢理帰ってきたことも全く覚えていません。困ったものです。1週間前には、外来を受診することもできたのに、明日の外来はとうとうわたしがひとりで行くことになりました。こうして一つ一つできていたことができなくなる、車の運転も買い物もそうです。

ユウが学校から帰ってくる3時までには家に戻ります。正直家に帰るとホッとします。そしてこういう時なぜかナツの血糖の事もプールのことも忘れています。あと3日でプール授業も終わります。どうか、どうか何事もありませんように…

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緊急退院

昨日の夕方、いつもより早く夕食を食べていると、実母より電話。病院から電話がかかって来て、父が点滴をはずしてしまって、家に帰るといってきかないから家族の方にきてもらいたいという内容。あわてて、食事を終えてみんなで病院へ飛んでいきました。

母が先に到着していました。手がつけられないという状態ではないけど、言っても聞きそうにありません。わたしと母は、父が入院した金曜、そして土曜それから日曜と毎日様子を見に行っています。その時は普通だったのです。ただ主治医の先生とはなかなか話もできず、一体入院期間がどれぐらいかかるのか、元の状態に戻って退院できるのか、今回が最期の入院ということになるのは…何も聞かされていないのです。だから父が病院に対して不信感を持つのもうなずける。きつい薬のせいもあるのですが…錯乱状態でした。

「主治医の先生はどうおっしゃっているのですか?」

「先生は今日は外泊ということにして、明日の午前中には病院に戻ってもらったらいいとおっしゃっています。」    が、父はもうもどる気もなくそれどころか外来に来る気もありません。果たして今の状態が病院を離れたら命にかかわるのか、少しはよくなっているのかさえ判断することができません。強く看護師さんに言ってとにかく先生と電話で話をさせてもらいました。

やはり今回の症状は腸閉塞でした。ただ健康な人がかかる腸閉塞と違い、腸にガンを持っている父の場合、よくなることはなく、今のままの状態でいかに生きるか、つまり点滴を打ち続けるしか方法はありません。敗血症になるかもしれないし、大出血を起こす可能性もある。脱水も心配。つまり主治医の先生は今回の入院をターミナルケアと考えておられました。だったら、なおさら連れて帰ってやりたいと思いました。最期を病院で迎えることは父の本意ではありません。在宅で点滴さえ受けることができるのなら病院にいるのと同じです。ただ急変した場合の処置が遅れる、その結果本人に苦痛を強いること、命の長さが病院にいるよりは短くなることを覚悟しなくてはなりません。

退院後の食事のこと、点滴の量、痛みを抑える薬について、簡単に指示を聞いて緊急退院となりました。先生は明日落ち着いたらもう一度本人、家族も一緒に話をしましょう。部屋はしばらく外泊ということで置いておかれたら…といわれました。どうせ退院してもまたすぐに戻ってくるしか仕方のない状況になる。そういうことかもしれません。でもとにかく父の今を一番優先に考えるしかありません。苦渋の選択でした。

施設に戻ってもしばらくは意味不明の事を言ったり、興奮していて夜中も大変だったようです。母にとってはまた介護の日が続きます。しばらくはわたしも昼間は通わなければなりません。

病院に迎えに行く時はナツもユウも連れて行きました。普段の穏やかなおじいちゃんしか知らないナツはおじいちゃんにはふたつの顔があるのねって言っています。ユウは、おじいちゃんが帰りたいんだったら帰らせてあげたらいいじゃないとのん気です。主人はあの状態ではやむをえない選択だったんじゃない…とだけ。今はこの家族に助けられているわたしがいます。いつか大人になったときにナツやユウは今日の事をどんなふうに覚えているのだろう。家に帰ったらもう9時前、そうそうランタス打たなきゃ、こういう時でも注射と測定、これだけは忘れません。

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父の入院

 昨日の朝の出来事です。1週間で最後の日、金曜日。やれやれです。いつものようにナツとユウが起きてちょうど朝食を食べようとした時、わたしの携帯がなりました。とっさにいやな予感。思ったとおり母からでした。でも電波の状態が悪く切れました。こちらからかけてもつながりません。両親は今、介護付の施設で生活しています。だからこういう時は助かります。そこに電話をしたら何が起こったのかすぐにわかります。

早速電話をして確認したら、夜間に父の吐き気がひどくて朝、7時にタクシーで病院に向かったと…わたしもあわてて朝の片付けや洗濯をしました。そしたらまた母から電話、今度は話ができました。結局入院することになったから…

もうこうなるとしばらくわたしの頭からナツの血糖コントロールのことが離れてくれます。今日はまたプールがあるので朝は少なめに4単位打ってね。入る前にはブドウ糖食べてね。最低限の指示しかできません。もうそれどころではないから。そしてふたりが登校したら、すぐにわたしも病院へ向かいました。最小限の用意は持ってきていましたが、まだまだとりに帰らないといけないものがいっぱいあります。「必要なものリスト」を作って、母と帰宅。そして早速持っていくものの準備。とってもいやな時間です。部屋に一歩足を踏み入れた瞬間、父はもう一度この部屋に戻って生活できるのだろうかという思いが込み上げてくるから…2年前にナツが急に入院した時の事を思い出してしまうから。それでも最近は自分のこういう気持ちをうまく切り替えていくコツを少しずつですが身に着けてきたわたしです。

準備が整ったらまた母を連れて病院へ向かいます。不運にも父の主治医は学会のため出張で、違う先生に診ていただいたのですが、やっとレントゲン検査を受けたのはもうお昼をまわっていました。もちろんこれだけでは原因も治療方針もたちません。「腸閉塞の疑い」ということだけを聞いてわたしたちも帰りました。入院期間も予測はつきません。詳しい検査は症状が落ち着いて来週に入ってからなりました。わかっているのはひとつ、またわたしたちの生活がこれで少し変わっていくということ。今回は第一連絡先にわたしの携帯を書いておきました。ますます携帯の手放せない生活が始まります。

たいして何もハードな仕事もしていないのに、家に帰るとドッと疲れました。今日は不思議とナツのプールの血糖のこともすっかり忘れていました。いつかはこうなることは十分に予測していてもいざそうなると、気持ちは何とも複雑です。退院して帰ってきても以前のように生活ができるのだろうか、また少しでも元気を取り戻せるのだろうか、病院で最大限に苦痛を取り除いてもらうほうが本人にとってもいいんじゃないのかなと考えても仕方のないことを考えてしまいます。全ては検査の結果が出てから…そしてついつい今年の夏休みはどうなるんだろう、ナツのサマーキャンプだけは参加させてやらないと…

子どもたちの前ではつとめて明るく普通に接していたいのに、どうしても持って行き場のない憤りをぶつけてしまいそうになる。そう、いつもより些細なことで怒ったりイライラしてしまうのです。誰もが乗り越えていかなければならない道、頭ではわかっているのに、どうして私たちの道だけこんなにもトンネルが長いんだろう、出口にたどり着かないんだろう。でも進んでいくしかないんだな。。。

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最近の高校生って…

 高校生の男の子が自分の家に放火した事件、何とも嫌な事件でした。実は最初に長男が行方不明って知ったとき、わたしはひそかにその子の犯行じゃないのって想像していました。医師の両親、変に歳の離れた弟と妹。もしかして前妻の子かも…はた目には何もいうことのない家庭が実は問題があったのかなって。それにしても計画性のないやり方、頭はよくても、どこか幼稚。最近の高校生ってこういうものだろうか?

わたしにも高校2年生の姪っ子がいます。主人の妹の子どもなので血はつながっていませんが、やはり姪っ子なので、その子の成長を楽しみにみてきました。ナツとユウは歳の離れたこのいとこが大好きです。小さい頃は歳のわりにしっかりした子というイメージだったんですが。この姪っ子、仮にここではS子ちゃんとします。S子ちゃんは今、某公立高校の被服科の2年生。

被服科なので、製作の宿題がとにかく多いのだとか。そしてそういう時は、その子の親がうちの姑を車で迎えに来て、40分の自宅へ連れて行って宿題を手伝わせます。そう、今日も浴衣を縫うのを手伝ってという電話がかかってきたとかで先ほど、S子ちゃんのお父さんが迎えに来て出かけていきました。3時半のことです。最近はこのパターンが多くて1ヶ月に2、3回。時には宿題の説明と布を持って帰ってきて家で縫っています。それをS子ちゃんのお母さんが仕事の帰りに取りによって持って帰ることもあります。

帰宅は大体9時か10時ごろ。時には11時にもなります。もちろんそれだけではなく話をしたり、夕食をしたりもしているのでしょうが…

最近の高校生って、自分の宿題を73歳のおばあちゃんにさせるの。しかも親がそのために送り迎えをする、これって自然なことなんだろうか。ちなみに姑は昔、洋裁学校に通っていたとか。確かによくミシンで服を縫ったりかばんを縫ったりしていましたが、ナツが保育所に入るときの入所準備にかばんを縫ってやって欲しいなと思った頃にはもう目が見えないとか針が通らないとかで、結局全て市販品を買いました。でも、こんなふうに頼まれるとまた縫えるということなんでしょう。

わたし…別にうらやんでいるわけでもひがんでいるわけでもないのです。かえって親子4人で夕食が囲めるので嬉しいぐらい。それにしてももう少し早く言って欲しい、それは毎回思います。だってもう夕食の買い物も済ませ、ご飯も5人分でしかけてしまった頃に言うんですもの。

ナツが言っていました。おばあちゃんがS子ちゃんの宿題をするっていうことは、○○のおばあちゃん(わたしの実母)が、わたしの宿題のプリントをするのと同じってこと?それって変。どうしてS子ちゃんは自分でやらないの?確かにそうです。その疑問を率直におばあちゃんにも聞いてみたようです。すると姑曰く、「だってS子ちゃんのお母さんは昼間お仕事をしているんだから、そんなの手伝う時間なんてないのよ」

ええ~~~っ、それも変、高校生の宿題って親が手伝うものなの。わからないところがあれば、先生や友だちに聞いたらいいし、どうしても手伝って欲しいのなら週末泊り込んででもうちに来て自分ですればいいんじゃない。今からこれじゃあ来年3年生になると卒業制作やらでもっと課題も増えてくるのでしょう。当然今でもできないのならもっとできなくなってしまう。そんなふうに全部してやることがいいことなのかな。

自宅に火をつけた高校生はお父さんが特別に宿題まで出して勉強させていたとか、S子ちゃんもそうだけど、親のかかわり方がどこか間違っている。そんな気がします。

わたしたち親子は、どうしたらナツに自分のコントロールを自分でできるように自立させていけるかで頭を悩ませているけど、親とおばあちゃんがかりで宿題を手伝うS子ちゃん、あまりにも次元が違いすぎる。わたしがこのことで何となく嫌な気分になるのはその辺が原因かもしれません。でも間違ってもナツは高校生になった時、わたしやおばあちゃんに宿題を手伝わせるような子にはなっていないでね。もちろん間違っても親に殺意を抱くような子にもなっていないでね。

そのためには今日の1日1日が大事なのかな、そんな気がします。子どもとのかかわり方、わたしももう一度考えてみよう、そう思いました。

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母の癒しスポット

 毎日の日常生活に振り回されて、ふっと気づくと心が疲れてる、気持ちがささくれ立ってるって思うときがあります。それを感じたら、私の足が神戸に向くのです。。。

今日もそんなわけで三宮まで行ってきました。実はわたし、結婚するまでというよりあの地震の日まで三宮で勤務していました。十何年かです。(歳がばれる^^;)

それで神戸に来るとすごく気持ちが落ち着くのです。生まれ育った土地以上になつかしさを感じるのです。それに神戸にはその頃からず~~っと通っているかかりつけの病院があって、花粉症のお薬をもらうという目的もあるのです。それに結婚前から使っている化粧品がクリニークなので、それを買うためにも三宮のそごうまで行かないといけないのです。

普段はまずはかないスカートをはいて、ヒールのある靴をはいて、電車に乗ると、独身の頃の自分にタイムスリップします。車で動く事に慣れているので満員電車は今ではすごく苦痛。でも今はやりのファッションを研究したり、いまどきの高校生や大学生を観察できるいい機会。いつかナツもあんな格好をして通学するのかなぁ何て考えたり、ぼんやり窓の景色を眺めていると、最近の悩み事が何だかちっぽけなことに思えてきたりします。ほんのわずかな時間だけど、神戸に来ると"非日常"に浸ることができます。

大体いつも行くのはお決まりのお店ばかり。今日も子どもたちは、3時には帰ってくるので、そんなにのんびりとは行きません。そうそう今日の収穫は、さんちかの輸入食品のお店で、いろいろな粉を見つけたこと。ライ麦粉とか全粒粉、グラハム粉、それにアーモンドパウダーやココナッツパウダー、今はやりの米粉などがありました。最近マンネリのパン作りもこれでしばらく楽しめそうです。まずは手始めにライ麦粉を買って帰りました。こういうものは、なかなか地元の小さなスーパーでも手に入らないので嬉しいです。このお店は独身時代もよく覗いていましたが、外国産のチョコやクッキーなどいろんなものが売られていて、お菓子好きのわたしにはたまらないのです。

昼食は小さなカフェで、クラブサンドとミルクティーで軽くすませて、帰路に着きました。学校からの電話もなく無事に楽しい時間が過ごせてよかったです。

ナツが発症した直後はさすがにこの神戸行きもしばらくはおあずけでした。いつ学校からお呼び出しになるかドキドキで、もし神戸で電話をもらってもすぐに駆けつけられないから、嫌だなって思って諦めていたのです。最近ではもうその心配はほとんどしていませんが…

家に戻って服を着替えると、いきなり日常の雑事が待っています。でもまた、今度出掛ける日まで頑張ろうって思える、こんな気持ちにさせてくれるのが三宮、わたしの癒しスポットです。

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「ありがとう」という言葉

 最近気になること…「ありがとう」って言う言葉知らないの?っていう子どもが何人かいます。ナツの友だちにも、ユウの友だちにも。

遊びに来た子たちに、お菓子やお茶や、たまにはジュースを出してあげるけど、「ありがとう」っていってくれる子はひとりもいません。当たり前のように猛然と取り合いながら食べています。そして帰りしなには、判で押したように「お邪魔しました。」って言って帰る子、黙って気が付いたらいない子、迎えに来たお母さんから、「ちゃんとありがとうって言って」って催促されて言う子…様々です。車で友だちをおくってあげたりすることもよくありますが、降りる時に「ありがとう」が言える子も少ないです。

何だか変、少し気になります。子どもだけではないでしょう。我が家のお姑さん。同居して丸10年半ですが、おそらく面と向かって「ありがとう」とか「ごめんね」とか言われたことは、多分一度もないと思います。例えば、雨が降ってきたから、洗濯物を取り込んであげたとき、2回に1回ぐらいは、「取り込んでくれていたわね」って言われます。どこかに車で送ってあげた時、「助かったわ」とはいいますが、そのあとに「ありがとう」と続かないのです。

急に用意していた夕食をいらないという時も、「ごめんね」はないのです。「また食べるからおいておいて」なのです。気が強い人ほど、こうなのかもしれません。わたしも人の事を批判できるほど、立派ではないのですが、子どもたちだけは自然に「ありがとう」と「ごめんなさい」の言える子に育てる事ができました。だからわたしも子どもたちには自然に「ありがとう」が言えるのです。おそらくこれから先生きていく上で、これはすごくその子にとっていい習慣になると思います。

この前もナツとお友だちと話していて、「○○ちゃんて、『ありがとう』って言わないよね」って言う話題になっていました。折角忘れものを走って届けに行ったのに、その場にじっと立って待っているだけ…ほんとなら、こっちに向かって走ってきてくれてもいいのに。そして渡してあげても、ありがとうはないのです。ちょっと淋しい話です。

急に話は飛びますが、ナツが発症して登校が始まった頃、先生方にいろいろお願いする事があって、わたしはいつも学校に行くと「すみません」と言って頭を下げていました。ナツがある日、ぽつんと一言。「お母さんはわたしが病気になってからいつもみんなに謝ってばかりいるね」って。

何も病気になったのは悪い事をしているわけではないのに、変ですね。それからは「ありがとうございます」と言うようにしています。

ナツの病気に関しては、「ご面倒をおかけしてすみません」ではなくて、「気にかけていただいてありがとうございます」でありたいと思っています。それでも時々思うのは、いつもいつも言葉に出して言わなくても、少しわかって欲しい。心の中ではいつも感謝していますから…たまにいるのです。「ありがとう」という言葉を待っているかのようにアピールしてくる人。わたしはこんなに気にかけてあげているのに…って恩着せがましい人。

おそらくわたしたちが学校関係者の方から、言われて一番嬉しい言葉は、「何もしていませんよ」っていう言葉何じゃないかなって思います。「わたしたちは何もしていませんよ、自分できちんとされていますよ」という言葉。それでもわたしたちはちゃんと気づいています。先生方がどれほど、ナツの事を気にかけてくださっているか。見えない部分で…形には現れないことで、きっと気苦労させているっていうこと。だからあんまりアピールしないで欲しいのです。

今年の担任の先生に聞きました。「○○先生(去年の担任)は、ナツの病気のことをどうおっしゃっていましたか?」って。そしたら、「無事に何事もなく1年が終わりました。」っておっしゃったそうです。もしこの時、「もう本当に大変な1年でした」って答える先生なら、ちょっと??です。でもこの言葉の中に、もう退職されたけれど、去年の担任の先生の思いやりが感じられてとても嬉しかったのです。

今年の保健の先生に言われました。「わたしは、ナツさんが補食を採った後で、口の周りについていたお菓子の粉をティッシュでぬぐってあげたんですよ。きちんとフォローしているんですから…」って。こういうこと言われて、嬉しい親っているのかな、その先生に感謝するのかな、ありがとうって言えるのかな。

「ありがとう」っていう言葉。強要されてまで言われても嬉しくないけど、やっぱり時々は言って欲しいな。

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パンプキンプリンと母の日

109_0989  ネット懸賞で、「お取り寄せスイーツ」のプリンコースが当選して、3月、4月と美味なプリンを食べる事ができました。そしていよいよ5月で最終。いつもは5日ごろには届いていたのに、今回はなかなかきません。そして13日にやっと届いたのは、なんと「パンプキンプリン」でした。しかも、「お母さんありがとう」と母の日用のカードまで入って…そうなんです。遅かったのにはわけがありました。母の日にあわせてあったんです。

予想外のプレゼントは嬉しかったのですが、なんとこのかぼちゃプリン、真空パックで、賞味期限が5日、開封後は2日以内に食べないといけないと書かれていました。まぁそれだけ添加物とかが少なく、自然の材料にこだわったゆえの事なのでしょうが、家族の少ない我が家ではとても食べ切れません。結局お隣さんに手伝ってもらって、遊びに来たナツのお友だちにも出して、ようやくあと2切れになりました。

お味のほうは、…もちろんおいしいです。かぼちゃの部分は、何も手を加えていないただのかぼちゃですが、不思議とかぼちゃの煮物は食べない子どもたちでも、食べてくれました。小さなカラメルソースも付いていて、これをかけるとさらにおいしい。

しかしわたし、しばらくかぼちゃは、買わないと思います^^;

母の日といっても、な~~んにもなく終わりました。去年までは、主人が子どもたちと買い物に行って、わたしのために、そして同居している義母にも何か買っていました。さて私はというと、母は2人とも健在ですが、いろいろな諸事情から特に贈り物はしません。イベントもしません。少しだけ後ろめたい感じはしますが、毎日夕食を作ってあげているだけで、勘弁して欲しいと思います。(これは義母の場合)

隣市に住んでいる義妹が、昨年までは鉢植えとか、帽子とかいろいろ持ってきていたようでしたが、それも今年はなかったようです。もちろんわたしが知らないだけかもわかりません。何となく機嫌の悪い義母でしたが、とにかくこうして今年も母の日は終わりました。

さぁ来年の母の日はどんなふうになっているのかな、1年なんてあっという間だなぁと思いながら、最後のパンプキンプリン、今夜完食したいと思います。

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実家へ

きのう6日は、主人だけテニスに出かけたので、わたしと子どもたちは、実家へ行きました。長~~いお休みなので、やっぱり1日は顔を出しておきましょう。実家といっても、両親は半年前からケア付きの施設に入居しています。だから今ではそこがわたしにとっては実家なのです。

朝は、いつどおりに起きて、時間があったからお弁当まで作ってしまいました。このGWはよく遊んだので家計もピンチです。そうそう外食ばかりもしていられません。それにナツのランタス導入のため、なるべく学校生活と同じ生活時間で過ごそうと連休中は朝寝坊ができないのです。しかもいつも目覚まし時計よりも早く目が覚めてしまいます。おかげで連休が終わってもすぐに生活のペースに慣れるのは嬉しいです。

さて実父は、直腸がんで療養中ですが、少しずつとはいえ状況は悪くなっています。痛みがどうしても強くなっていくので、1ヶ月前から、医療用麻薬(モルヒネ)を痛み止めに使っています。話には聞いていましたが、飲み薬のモルヒネがあるということは初めて知りました。いつも思うことですが、身内がその病気になって初めて知ることってほんとにいっぱいあるものです。最近の父の痛みのコントロールはこんな感じです。

まずモルヒネの痛み止めを朝、夕に服用、それでも痛みが強い時には座薬の痛み止めを使い、さらにそれでもひかない時には飲み薬の解熱鎮痛消炎剤を使う。このやり方の説明を聞いた時、不謹慎ですがわたしはナツの血糖コントロールのインスリンの使い方と何だか似ていてすごくよく理解できたのです。

そして父の場合、既に今のモルヒネの量では、完全に痛みを抑える事ができなくて、座薬を使う回数が増えています。医師からは、モルヒネ(つまりベース)の量を増やす提案をされています。でも、そうでなくても薬の副作用で眠気やふらつきがきついので、これ以上増やす事はためらわれます。

父がその事を医師に言ったとき、担当医は、「眠気が強ければ、寝ていてもいいですよ」との返事。父はその時、「いや、いろいろやりたいこともあるのでね。寝ていては何もできなくなってしまう」って答えていましたが、横で聞いていたわたしは、何とも複雑な気持。確かに医師からみると、現役の若い患者さんならいざ知らず、もう引退して特に何かをしないといけない必要のない75歳の父が、QOLを求める事は無理なのでしょうか。それとももうそれなりのステージに達しているという事かもしれません。やりたいことをやらせてあげる、食べたいものも食べさせてあげるという段階ももう終わりなのかもしれません。後はできるだけ痛みを取り除いてやることだけを考える時になってきているのかもしれません。

不思議な事にモルヒネを使い出してからの父は、それまで長年大好きだったコーヒーが全く飲めなくなりました。とにかく欲しくないのです。見ただけで気分が悪くなるそうです。通販でコーヒー豆まで取り寄せしていたぐらい好きだった人が…つくづく薬は怖い、でも癌はもっと怖いと思いました。それで、今残っているコーヒー豆をわたしが全部もらって帰ることになりました。それに、景品でもらったという小さな圧力鍋も、もう料理もできないからということで、未使用のままもらって帰りました。

さてコーヒーがあまり好きでないわたし。一体このたくさんのコーヒー豆はどうやって飲もう、取り合えず電動のミルがあるので、これでコーヒー豆をひくことはできそうです。コーヒーメーカーを買うのはたいそうなので、小さなドリッパーとフィルターを買って入れてみましょう。もしかして将来わたしも体質が変わればコーヒーが大好きになるかもしれません。

圧力鍋のほうはちょうど欲しいと思っていたので、大助かりです。でもいつかこれが父の形見になってしまう時がくるのでしょう。その時まではこういうささやかな時間を楽しみながら思い出をつむいでいきたいと思います。

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吸入薬の進歩~喘息の場合

109_0955  先週の金曜日、わたしは風邪を引いて珍しく病院に行きました。喉の痛み、鼻づまり、頭痛と久しぶりにフルコースの症状に悩まされましたが、さすがに1週間もたつとうそのように身体も軽く、すっかりよくなりました。風邪のほうは…

というのも、実はわたしは、軽い喘息をもっています。歴5年です。風邪が症状を引っ張ってくることが多くて、特にこんな春先に風邪を引くと決まって喘息が出ます。

今回も風邪は治っているのに、逆に咳が出始めます。症状も毎回同じではなくて、咳が続く時や、咳き込みがひどい時、咳は全くないのに呼吸が苦しくて吐き気までするとき。と様々なので、まだこの病気に関しては自己コントロールが下手なわたしです。でも最近になって少し賢くなって、どうせ風邪を引いたら喘息になるんだからと、予防のための吸入を風邪と同時に始めることにしています。

この吸入はよくテレビとかに出てくる発作をおさめるための吸入ではなくて、気道の炎症を抑えるステロイドの吸入です。だからすぐに効果が出なくて、吸い始めてから4、5日でやっと効果が得られます。もちろん症状が出ると、これだけでは抑えきれないので、気管支拡張剤も必要になってきますが、わたしはぺたっと身体に貼るテープのお薬をもらっています。

この吸入のお薬もこの何年かの間にすごく進歩しました。写真の左が5年前にもらった吸入器です。この中にディスクになった薬剤をセットして吸入します。そして右が、去年の12月にもらった最新の吸入器です。これは最初から薬がセットされていて、使い捨てです。何だかインスリンのキットタイプといった感じです。

朝と夕方に1回ずつ吸入しますが、新しいタイプに変わってからは、吸っている感じが全くなくて、ほんとに薬入っているのって疑いたくなるぐらい。インスリンもいつかはこんなふうに吸入で体内に取り入れることができたら、どんなに楽だろうと思います。もちろん海外では既に臨床に取り入れられているとか…

わたしなりに考える問題点は、薬の単位の設定の問題。喘息の薬だと2種類の量の違うタイプものがあります。そしてさらにその薬も吸入の回数で量を調整しています。

朝1吸入、夕1吸入という具合で、症状が重い人で、一日8吸入ぐらいかな。でもこれをインスリンのように日によって食事によって0.5刻みの調整となるとやっぱり難しいだろうなぁって思ってしまいます。

もう一つは100%吸いきるのは難しいということ。以前使っていた吸入器だと、4回分の薬剤がセットできるのですが、それを吸い終わって交換する時によく見るとディスク内に微量とはいえ、いつも少し薬剤が残ってしまいます。大人でさえこれだから、やっぱり子どもにとってこの吸うというやり方は難しいかもしれません。そんな事を考えると、注射で入れるという方法は、すごく理にかなっているし一番いい方法なんだなと思えます。ただ一つ痛みさえなければ…ですが。大人になって食事しながらテーブルの下でさっと注射というのは、席をはずさなくてもいいけれど、いきなり外食先でみんなの前で、インスリンの吸入っていうのは、きっと目立ちすぎ。そんな事を思うと、大人のIDDMの方たちなら、いくら吸入タイプが出ても注射のほうが楽でいいという方もいるかもしれない。

もしインスリンが飲み薬になったら…飲み薬が大嫌いなナツには絶対に無理、それに吐き気があって飲めない時が大変。

もしインスリンが貼り薬になったら…皮膚の弱いナツだと、かぶれが大変。貼る所がなくなってしまうよ~~

もしインスリンが座薬になったら…絶対、絶対いや。

それに不思議と注射が一番忘れる事も少ないような気がします。他の薬だと絶対に飲んだかなとか、吸ったかなって忘れる事もありそうで、やっぱり注射がいいということなんでしょうね。それならせめて痛みのない注射針の開発をどんどん進めていって欲しいな。

10年後、20年後が楽しみです。でも一番いいのはもう一度自分の膵臓からインスリンが出るようにしてくれる薬が開発されているといいな。喘息の吸入をしながらそんな事をつい考えてしまう母です。

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母のプライド

 自己コントロールが大事なこの病気、毎日のインスリンとの日常生活がそのまま治療だから主治医は患者自身、子どもの場合なら母親、そう思って今まで頑張ってきたから、ちょっと胸を張ってナツの主治医はわたしって言えるぐらい、勉強もしているし頭も使っている、そんな母親のプライドが今日は少し傷つきました。

 昨日の補食はナツの勘違いからブドウ糖を2個しか食べずに、また給食前には低血糖、しかも新しい担任の先生には言えず、特に大きな問題にはならなかったのですが、やはりきちんと保健の先生に補食のカロリーをチェックしてもらおうと今日は学校へ行きました。1時半頃の事です。

職員室を覗くと、ちょうどお昼休みで誰もいなかったので、そのまま保健室へ行きました。保健室のドアを開けてびっくり。ちょうどナツが体温を測っていました。

「どうしたの?」とわたし。それはこっちのセリフとばかりに保健の先生。

「あらぁ~~まだ電話していないのにお母さん、来られちゃったわ。」

結局熱はなかったのですが、今日の10時半の血糖値も47と低く、しかも昨夜の低血糖の話を聞いた先生が、ナツの体調が悪そうなので、今日はもうこれで帰ったら…

(ちょっと待ってよ~~)とわたし。何でそんなことで早退しないといけないの。別に熱があるわけでもないのに。ナツも帰る気なんてなさそう。わたしも思わず横から、あと2時間だけだから、授業受けるよねって、口をはさんでしまいました。

「午前中もほとんど、授業聞いていなかったんじゃない?今度からそういう時はね、朝同じ時間に起きてこなくてもいいのよ。2時間ほどゆっくり寝て、それから3時間目から来るほうが、同じ時間に来て4時間とも授業がまともに聞けないよりはいいのよ」と保健の先生。

(ちょっと待ってよ)とわたし。低血糖のたびに遅刻させたり早退させていたら、この病気の子どもってまともに学校に行けないじゃない。第一病気でなくても前の日に夜更かししたり、遊びすぎて寝不足で体調悪いっていう子だっていっぱいいるじゃない。結局ナツも帰りたくないということで、教室に戻りました。

保健の先生がおっしゃるには、10時半に低い値が出たので、3時間目に様子を見にうろうろしていたら、いつもと違って教室でぼんやり授業を聞いていたし、給食も食欲がなくてあまり食べていないようなので、後で保健室においでって呼んで、話を聞いたら頭が痛いって言ったので熱を測らせた…そこへわたしが急に入って行ったようです。

この病気の子どもに低血糖はつきものだし、それも何か食べるとすぐに回復するし、いくら夜中に低血糖をおこしたといっても、起きたのはほんの15分程度でそれでほとんど眠っていないわけではないのに…ときちんと説明しました。

低血糖の状態っていうのはね…って、逆にお説教されてしまいました。そんな状態だと熟睡していないし、今日は身体にもすごく無理がかかっているのだから、そういう時にはしっかり休養を取らないと…無理に学校に来て授業を受けさせるよりも、少し家で休養させてでも、それから登校させたほうが…結局そのほうが本人のために…今日だって今から家に帰って、休ませてやったら明日からまた元気になって…とこんこんと続く(*_*)

今までナツの身体のことは医学的なことも含めて、医師の次によくわかっているという自信とプライドが…激しく傷ついた。確かに言われることには一理あるし、理想はそうだけど、そんな事言っていたら、学校になんてまともに行けないじゃない。わたしにはナツの状態は確かにわからないけど、親として「甘えやサボりたい気持」と「病気のせいでの具合の悪さ」との見極めはしないといけないし、それをした上で登校させているんだけど。

結局それからも1時間ほど話をして、わたしも今後のこともあるし大人げないのであまり感情的には言わなかったのですが、まだナツと出会ってから1ヶ月の先生に、今まで1年半、この病気と付き合ってきたわたしたちのことが何がわかるのって言いたい。少し母のプライドは傷つきました。家に帰ってきたナツも、

「お母さん、ちょっと怒ってるんでしょう。わたしもあの先生のああいう言い方嫌いなんだ」

ナツのこの言葉に少しホッとしました。でもこれから長い付き合いになっていくのだから、あまり感情的にならずにそういう考え方もあるんだろうな…って思うことにしています。

来週には遠足の事でまた打ち合わせに行こうと思っていたのですが、

「歩いて1時間ぐらいのところだから…わたしが車で行くので、その中で注射も打てるし」

何だか打ち合わせには来なくてもいいということでしょうか。それならそのとおり任せておいてもいいのですが。あ、だめだめ、ちょっと感情的に引きずってしまいそう。こうなったら意地でも打ち合わせに行ってやろうか。やっぱり話すと長いからやめておこう^^;

多分ベテランのこういうタイプの先生は、年下の若い(?)お母さんから、いろいろ指示されるのがいやなのでしょう。いっそ任せておいて、最小限大事な事だけ、お願い(?)するのがいいのかもしれません。でも、事IDDMに関しては子どものことなんだからわたしのほうが多少なりともわかっているのです。そんな母のプライドが深く傷ついた一日でした。

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エアロビクス

 ナツが好奇心旺盛で、習い事大好きなのはおそらく私譲りでしょう。独身時代もいろいろ習い事をしていたわたしですが、結婚してふたりが小さい頃はさすがに諦めていました。

「何をするにもお金がかかるから」といやみを言う義母に子どもたちを預けてまでは、習い事は無理。今考えると託児とか方法はあったのですが…でも待ちきれなくて、ナツが保育所に入ってからはユウを連れて「エアロビクス」をはじめました。そもそも同じ年の子どものいるママ友に誘われたのがきっかけ。

「ええ~~っ、子どもたちはどうするの」って聞いたら、「大丈夫よ、連れて行けば、その辺で遊んでいるわ」とのこと。さすがに一日目は、音楽の大きさに圧倒され、わけもわからず泣き出すユウにしがみつかれて、エアロどころではなかったのですが、何とか1時間ぐらいならひとりで遊んでくれたり本を読んでいたりできるようになりました。それ以来5年間週に一回のペースで続けてきたエアロですが、人数の集まりが悪い、講師の都合がつかない、などで、その時間の教室が閉鎖される事に決まりました。3月の終わりの事でした。

さすがに、ずっと習ってきていた方たちからは、苦情が続出。くって掛かるような剣幕でしたが決まってしまったことは仕方がなく、他の教室を捜すしかなくなってしまったのです。

で、隣の市の「ウェルネスセンター」という施設の中の、トレーニングジムに入会したら、エアロビクスのフリーレッスンのプログラムに参加する事ができることを調べて早速入会をしてきました。今までのような週に一回決まった時間にというのではなくて、チケット制で好きな時間の好きなプログラムに参加できる、しかもトレーニングジムの中のランニングマシンとかも利用できる…というシステムです。料金的には少し高くなりますが、その日の体調に合わせて参加できるし、いろいろなマシンとかは何時間でも利用できるので(その日に限り)案外お徳かも…

入会の手続きでは、システムの説明やマシンの使い方を聞いたり、実際に使わせてもらったり、体重、身長、体脂肪、血圧まで測ってくれます。そしてお決まりの申込書には健康チェックの項目があって、高血圧とか心臓病とか糖尿病とかの既往歴に丸をつけたり。こういう時当たり前ですが、糖尿病とだけ書かれていて、もし将来ナツがこういうところに申し込んだりする事があったら、どうするんだろうってつい思ってしまいます。

こうして「初回講習」というのを受講すると、今度からは好きな時間にマシンを使ってトレーニングしたり、エアロのプログラムを申し込んで参加したりできます。毎日でも来れます。まぁ体力が続けばですが。平日の午後の1時半だというのに、ロッカーもジム内もすごい人。それだけ最近は健康志向が高まってきているのでしょうね。年配の方々も多いです。わたしで、大体平均的な年齢かな。施設内には、プールもあるし、図書館やレストランもあって一日過ごせそうなぐらいです。

さあ明日から頑張って体力作りとシェイプアップに励もうと思います。ナツのためにも少しでも健康で毎日元気に暮らせる母でありたいと思います。

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誕生日に寄せて

 ナツの出産予定日は、もともとは3月25日でした。ところが予定日が近づいても一向に生まれる気配もなく、胎盤の機能も落ちてきていたので25日に入院する事になりました。3月は年度末で仕事が忙しかった主人に、とにかく病院まで車で乗せていってもらいましたが、その後主人はすぐに仕事に。

産気づいているわけでもないので、実家の両親も、同居している義母にも、来てもらわないで、とにかくひとりで頑張ろうと思ってはいたのですが。そこの病院の院長先生の方針で入院したからといって、すぐに陣痛促進剤で産ませるというものではなく、なるべく自然に近い陣痛をよぶような処置が行われました。

1日目、午後からメトロ(風船)という処置を受けたにもかかわらず、子宮口が広がったのはそのときだけ、すぐに陣痛も遠のき、お腹の中のナツも下がってこない。2日目、朝から子宮口を広げるための薬を飲むけど、ほとんど陣痛は来ない。正直この辺に来てちょっと凹みました。毎日、まだかまだかと顔を見せる義母にもうんざり。何だか自分が赤ちゃんも産めない駄目な母のような気分に…慣れない入院生活で夜もゆっくり眠れないし、周りには、無事出産を終えた新米お母さんばかり。プレッシャーを嫌というほど感じていました。主人はこの時点でもう帝王切開しか方法はないと思っていたようです。

病室を覗かれた保健士さんに言われました。

「わたしたちの頃は、そんな薬もなかったからとにかく自分で陣痛が来るように、横になっているより、座る。座るより、立っている。立っているより、歩くようにしていたわ。」

この言葉に奮起され、極力歩き回ったり、立ったりうろうろしたり、夜には、洗面台でシャンプーまでしました。そのかいあって、10分間隔の陣痛がきたのですが、そこからは全く進まず、その日は徹夜で陣痛に絶えました。そして一睡もせずに迎えた朝。あの日の気持ちは今でよく覚えています。さあ、今日こそ産まなきゃ。それから陣痛が遠ざかっている間に朝食。そしていよいよ陣痛促進剤の点滴。

分娩室に入ってからは、わずか20分の安産でしたが、産まれてきたナツはへその緒を首に二重に巻いていました。最後は吸引分娩で出してもらいました。偶然にも、入院してからまだ一度も病院には来ていなかったわたしの両親が、出産のほんの10分前に病院に着いていたのです。そして一番にナツを抱いたのはわたしの母でした。ナツが呼んでくれたのかもしれません。

まだ携帯が今ほど普及していなかったので主人には病院からポケベルにかけてもらいました。夕方会社を早退して主人も来てくれました。とにかく子供が好きな人だったので、ナツを抱かせてあげる事ができた事で、大きな責任を果たした、そんな気持でいっぱいでした。

9年前の今頃、まだナツが将来この病気になることなんて夢にも思っていなかったわたし。

本当に人生ってわからない、わからないから面白いのかも…運命って言う言葉だけで片付けてしまえないほどいろいろな事があったこの9年間。でもお母さんはあの日、あなたを産めて本当に本当にうれしかった。

ナツがIDDMを発症して入院していた病棟は産科がすぐ横にあり、新生児を抱いたお母さんたちとよく廊下ですれ違いました。ナースステーションの横には新生児室があり、時間がきたら上げられるブラインドの向こうには、いつも産まれたての赤ちゃんが何人か寝ていました。入院生活にも慣れてわたしとナツは、よく産まれたての赤ちゃんをふたりでじっと眺めていました。

「ナツもこんな時があったのよ」と言いながら、なぜか涙があふれそうでした。この赤ちゃんの中にも、この病気になる子がいるのかな、まあいないだろうな、確率的には。

そんな事を考えながら、赤ちゃん時代のナツの事をなつかしく思い出していました。あの頃は、7歳になったらIDDMになるなんて夢にも思わなかった、もしわかっていたらもっともっとケーキを食べさせてやっていたらよかったのに、いや、いっそケーキの味なんて教えずに大きくしていたかも。

そんな事を考えながらも、発症してから2度目の誕生日をしっかりケーキも食べて迎えることができました。これから先も、合併症もなく元気で誕生日を来年も再来年も、ずっとずっと迎えさせてやりたいと思います。109_0918

【写真】ナツの誕生日が近づくとあちこちの菜の花畑が満開になります。入院する時に車の窓から見た菜の花もとてもきれいでした。ナツの本名は「奈津美」です。菜摘みからとったわけでもないのですが…ちなみに「なっちゃんオレンジ」「なっちゃんアップル」が出たのは、ナツが産まれた数ヵ月後のことでした。

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父の主治医

 今日も実家の父の外来受診に付き添って病院へ。昨日からまた体調を崩している父は診察の後、ブドウ糖の点滴を打ってもらう事に。その間に会計や薬局に行って戻ってくると、わたしだけ診察室に呼ばれました。

いきなり先生は、

「実は3月いっぱいで異動になりまして…、大阪の方に行くことが決まったので…」

えっ、うっそ~~。確かこの先生、この病院の外科の中では一番新しいはず。いつかはとは思っていたけれど、あまりにも急。まぁ大体異動って急に決まるものだし、仮に早くからわかっていても、患者にはこれぐらいのタイミングで言うものなのかも。

「来週来られた時に、またお父さんにもお話しますが、新しく来られる先生にはきちんと手術のことから経過を引継ぎしますので…」

まさか、こんなに弱っている父を大阪の病院まで連れて行けるわけはないのだから、後任の先生に診てもらうしかないのだけど…

「そうですか、仕方がないですね。」とわたしもそれ以上は何も言えず、何だかとても淋しくなりました。

思えばこの先生とは、初めて会ったのが父が外科に移された8月13日。手術を3日後に控えて、主治医の説明を聞いてくださいと言われ、その時、別の病院に入院している母に代わって、わたしと主人が聞くことになったのが最初。それからは、ことあるごとに、父に代わって話を聞いたりしたけれど。わたしよりは明らかに若いこの先生、どんな質問にも嫌な顔一つせずにいつも誠実に対応してくれた。

残念ながら父の命は救えそうにないけれど、この先生に看取ってもらえるなら、父にとっては最後の主治医がこの先生でよかったと思っていただけに、なんともやりきれない。

わずか半年のお付き合いだったけど、父の命をかけて泣いたり怒ったり、時には随分きつい事も言われたけど、あたっていただけに悔しかったりもした。公立病院には異動、転任は当たり前で、患者は医師を選ぶ事はできないけれど、いい先生でよかったなぁって思っていたのに。

最後にきちんとお礼を言って診察室を出ました。父にはすぐにその事を話しました。

「また違う先生が来られたら、何かいい治療法を考えてもらえるかもよ」と軽く言ったけど、やはり父にとってもまた違う先生と一から信頼関係を築いていくのは、疲れる作業かもしれない。でも、今度もまたいい先生に出会えますようにと思いながら、4月を待とう。

3月はやっぱり何かと別れの多い季節なんですよね。

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お墓参り

 昨年の夏に実父が体調を崩してから、わたしは家のお墓と実家のお墓、お墓参りを2回しないといけなくなりました。

今日は実母を乗せて、実家のお墓参りです。観光地にまでなっているちょっと有名なお寺の中の墓所に実家のお墓はあります。実はこのお墓、私の両親と叔母がふたり入った後は、誰ももうこのお墓に入る人はいません。つまりその代で絶えてしまうということです。

わたしは、姉と二人姉妹なので、跡を継ぐ者がいないのです。このことはわたしと姉が結婚して、というよりもっと以前から男兄弟がいないのですから、わかっていたことです。それでも両親にとってはまだそれほど実感がなかったのですが、最近になっていよいよそれを考えさせられています。実家を引き払って施設に入ってしまった両親は、それまで家で奉っていた先祖の位牌をこのお寺に引き取ってもらいました。永代供養ということです。

お墓参りもわたしが行ける間は可能な限り行くつもりです。両親が眠る事になるのですから…でもその後はわかりません。ナツやユウがおじいちゃんおばあちゃんのためにそこまでしてくれるかどうかは、正直全くわかりません。自宅から近ければまだしも、車でも30分はかかります。お花代といっても馬鹿にはなりません。そこまで求めるつもりはありません。

いつかそのお墓に誰もおまいりに来られていないということになれば、お寺のほうでいいようにしていただけるようです。つまりお墓という形は無くなってしまうのでしょう。そんな事を考えながらのお墓参りは正直淋しくて、何とも複雑な心境です。誰が悪いわけでもなく、どこの家でも子どもが少ないのですから、ある意味社会現象でこういう家はこれからもどんどん増えていくはずです。わかってはいても、自分たちの代で長く続いてきた家の歴史にピリオドが打たれる。少しご先祖様には申し訳ない気分です。

死んでお墓に入ってしまった人にはそんな事はわからないし、成仏できないということもないのですが…そんな事を思いながら、無事にお墓参りを終えました。きれいなお花が供えられ、お線香の煙が漂うとホッとした気分になれます。わたしでさえ、もう自分のおじいちゃん、おばあちゃんの記憶は段々薄れていきます。それでもお墓の前で手を合わせると、ついつい心でお願いするのは、

「ナツとユウとわたしたち家族が健康で過ごす事ができますように…」

風の冷たいお彼岸の1日でした。

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クランベリー入り食パン

109_0916_1 ホームベーカリーで食パンを焼きはじめて、丸7年になるけど、クランベリー入りを焼いたのは初めて。そもそも食パンを家で焼こうと思ったきっかけはこうです。

ユウを出産する時に入院していた病院で同室だった人から、

「わたしホームベーカリーで食パンを焼いているの、子どもにあまり添加物の入ったものを食べさせたくないし、焼きたての食パンってすごくおいしいのよ」って教えてもらった事。

その時は、2人目を産んだばかりで、育児の忙しさはピーク。まぁそのうち手がかからなくなったら、わたしもホームベーカリー買おうかな…ぐらいにしか思わなかったのですが、これが意外と簡単。そして我が家でもホームベーカリーで食パンを焼き始めたのです。

それまでは5枚切りの食パンを買っていたのですが、私と義母が毎朝食べると、2~3日に1度は買いに行かないといけない。ユウが小さくて買い物に行くのが大変だったので、家で食パンが焼けると買い物の手間がはぶけるのが嬉しい。そして、取扱説明書に書いてあるバリエーションを楽しんで、にんじん、かぼちゃ入り、くるみやレーズン入り、とにかくたいていのものは作ったけど、クランベリー入りは今日が始めて。ちょっとわくわく。

最近、こういう乾燥果実がどこのスーパーでも簡単に手に入るようになって、すごく楽です。抹茶やココナッツ、ブルーベリー、アーモンドの粉。食パンに混ぜて焼くのはすごく簡単。味のほうももちろん焼きたては最高。何より湯気が立つ食パンを手でちぎって食べるのは、すごく幸せな気分。このタイミングがおやつの時間にあうと子どもたちにちぎられて1斤のパンがいきなり半分になってしまう事もたびたび。

それに材料費だけなので、経済的。添加物もなくて健康的ということなしです。パンをこねるガチャガチャという音は時々はじめて聞く人を驚かせていますが、当分やめられそうにない母の楽しみの一つです。

ちなみに味の方は、色がすごくきれいなんだけど…目をつぶって食べるとレーズン入りと区別はつかないかも…ちょっと酸味が強いのかな、またブルーベリーとも違う味。

色々なものを入れるのに飽いてくると、またしばらくはノーマルな食パンをせっせと焼いています。段々使い込んで年季が入ってきたホームベーカリー、もし動かなくなってしまったら、やっぱり淋しくて2代目を買ってしまいそうです。

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夢中になれる時間

109_0908 今日は、「トールペイント教室」に出かけ、化粧ポーチにペイントをしてきました。【写真】は、もともとは黒いナイロン製のポーチです。これにアクリル絵の具を使って花の絵をペイントしてきました。

トールペイントは刺繍のように図案があって、塗り方の技法がある程度決まっているので、絵が下手でセンスがないわたしでも、ちょっとしたものが作れます。もともとはママ友に誘われて体験教室に行ったのがきっかけで、かれこれ3年近く習っています。いつもは1つの作品を何ヶ月もかけて仕上げていくのですが、今日は同じ先生の単発の教室なので、生徒さんも1回限りの方ばかりで作品も2時間で完成です。

来られている方たちも全く初対面。中には何年のされているかたや、昔されていたかた、今日は高校生の女の子も来ていました。いつもの教室と違っていい意味の緊張感があります。時間も限られているのでとにかく仕上げて帰らなければ…あっという間の2時間でした。今まではよく木にペイントしていたのですが、ナイロン素材に塗るのは初めて、ちょっとわくわくです。出来ばえは別にして、こういう夢中になれる時間が持てることが大好きです。自分で作ったものには愛着もあります。

ナツが発症して、ともすれば頭の中が血糖のことでいっぱいになってしまうのを助けてくれたのがこういう夢中になれる時間でした。IDDMと付き合っていくということにストレスが全くないとは言えないけれど、それを癒してくれるのもやはり夢中になれるもの。そういうものをどれぐらい持っているかということが、どれだけ毎日を楽しく生き生きと過ごせるかという事につながっていくんだろうなと思います。

ナツにも、生きがいというほどのものでなくてもいいから、何か自分の楽しみを見つけながら人生を歩いていって欲しい、そしたら少々つらいことがあっても、前を向けるし「人生って悪くないな」って思えるはず。そんなことも思いながら、もう次の作品に思いをはせています。

実は今日作った作品は、ナツがもう少し大きくなったら、測定器や注射器を持ち歩くのにはちょうどいい大きさなのです。まだ今はキャラクターのかわいいのがお気に入りですが、もう少ししたらナツのためにかわいい図案でまた塗ってみたいなと楽しみです。

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ティムタム

108_0879 もう何年も前の事ですが、実家の両親がオーストラリアに行ったときのお土産に、「ティムタム」というお菓子を買ってきてくれました。地元で観光案内をしてくれたガイドさんのお勧めのお菓子だそうです。その何年か前にわたしたちもハネムーンでオーストラリアに行ったのですが、全く見かけませんでした。どうやら観光客用のお土産というより、地元の人たちがスーパーで買って食べるような感覚のちょっと人気のお菓子といったところです。

さしずめ日本で言うとキットカットという感じかも。そしてお味のほうはというと、「甘い」とにかく「甘い」。チョコクリームをチョコビスケットでサンドして、チョコレートでコーティングしていると説明には書いてありました。どちらかというと日本は甘さ控えめが主流になってきているのに、やはり外国製。ほんとにこれ地元で人気なの…って思いながら食べたのですが、1年ぐらいでして、神戸の輸入食品のお店でこれを見かけました。

 種類もいろいろありました。ビターとかミルクとか、カラメル風味とか…で、なんだかなつかしさも手伝って2種類ほど買ってしまいました。不思議となつかしい味でちょっと癖になりました。なんかおいしいじゃない。それから神戸に出るたび、見つけては買っていました。

今回のは、真ん中のチョコクリームがホワイトになったもので「クリーミートリュフ」。なんとこれを「トイザラス」で見つけて買ってしまいました。9枚入りで計算したら1枚が100kcal。

ナツの補食にしてもいいかなと思ったのですが、日本のお菓子のようにぱっと見がよくないせいか、ナツは一目見て「いらない」。

わたしは、内心ほっ!これで今日から9日間、1日1枚ずつ紅茶と一緒にこの「ティムタム」を楽しめます。でもあの時は甘~~く感じたティムタムを欲しくなる時って、身体も心も疲れているってことなのかも。ティムタム食べて元気になろうっと。

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他人(ひと)の手を借りるという